8 ライカース支店2・・・ミット
これまで:ライカースの乗り場に支店を作る。大量にある土は北の川の橋に使う。そんな大雑把な計画が形を成した。準備作業を終わらせたミットが町を散歩中、町長の演説に通りかかる。町長をペシャンコにしてしまったミットをハルマーが家に誘った。
そーだ。
「ねー、ハルマー。二人ともちょっと出られるかなー?」
「はあ、特に急ぐ用もないですし、エイミーも休みですから?」
「よーし。うちの支店を見に行こー。今作ってるんだー」
「はあ、支店ですか?場所はどちらですか?」
「町の南ー。乗り場だよー」
20メニほどぶらぶら歩いて乗り場の近くまでやって来た。
手前に余った土の山。道なりに回り込むと5階建ての大きな建物の上半分が見えて来る。そこで右手を見るとそこだけきれいに整地され、木立の間に踏石の並んだ公園のような広い場所。
道の両側は2メル以上も土があるんだから異様な光景だよ。先へ行くと左に転移陣の場所があるけど、こっちもまだ地面が土のまんまだし。
正面には真っ暗な乗り場の通路。その手前右側に5階建て、長さ100メルの威容が見えて来る。まだのっぺりと白いだけのおっきい箱だけどね。
「この白いのが支店の建物だよー」
それでも正面沿いだけは10メル幅で道路を作って、トラクは一番奥に駐めてあった。この建物の前はあたいが作った緑地まで広場にする予定なんだけど、3メル近い山があってはどうしようもないね。
支店の通路と広場の側には大きな窓が各階に並んでいて、出来上がったら眺めは良さそうだ。とはいえまだ透明板は入ってないから薄い半透明の虫の殻で蓋がしてある。
ハルマーたちを入り口から中へ案内すると2階からガタゴト音がしてる。1階は大体になったのかなー?
見て行くと正面にカウンター、左右に棚がずらっと並び、手前に移動式の大きな売り台が6個。
「ここは売店スペースだね。商会では小物もたくさん扱ってるから、ここに並べて買ってもらうんだよー。正面のカウンターは施設の案内もやってるー」
1階は正面広場側に長い廊下と15メルほどの間隔で入り口が並んでいた。
貸事務所みたいな感じかなー?右手に3基のエレベーターと階段室が並んでる。
まだ動くはずもないので階段で上に登ってみよー。
2階は催物会場といった感じでだだっ広い。1階と同じように貸事務所と思しき部屋が廊下を挟んでズラッと並んでいる。シロルがその一室のドアを開けて内装の作業中だった。
次は3階ー。ここは半分が男湯と休憩スペースだねー。奥は宿泊施設になってるみたいだ。
あたいも今朝、図面を見たはずだけど、うろ覚えだった。4階は女湯ー。あとは3階と一緒だよー。さらに5階ー。壁で仕切られて貸切浴場が山側にずらっと並んで、広場側は見晴らしのいい客室ー。高そー。
屋上は露天風呂ー。山側には高い目隠しと屋根があって町の方はよーく見えるよー。広場や道路ができたらいい眺めになりそー。
屋上の屋根はアリスがお日様発電の飾り付けをしてた。
「アリスー。ハルマーとエイミー、連れて来たー。あたいの考えではここの支配人候補ー」
「さっすがミット。もうそんな人材見つけて来たの?」
「急に何を言い出すんですか、ミットさん。俺たちは支店の建物を見せると言うから付いて来ただけで」
「ふーん?で、どうよ、この建物?ここで働きたいと思わない?今なら屋上に家を一軒作るよ?」
「あー、ペントハウスってやつだねー」
「な、何を言い出すんですか、二人とも」
「そうですよ。こんな広い建物をあたしたちが見るなんて、無理に決まってます」
「えー?そうかなー?じゃあ、住み込みの従業員ってことでー」
「うっ。まあ、それなら……」
「ええ、それならあたしもやってみたい」
「3階の奥は従業員用の宿舎にしてあるから、後で見て行って。12軒の場所選びは早い者勝ちね」
「あははー。あと、知り合いにも声かけて貰っていーかなー?こんだけの規模だと最低でも50人くらいいないと回らないからー。本部からみんなが慣れるまで5人くらいは来るはずだけどねー」
一通り案内し見送ると、ハルマーは明日から来ると言う。エイミーは雑貨屋に断ってからだそうだ。2人は仲良く帰って行った。
あたいはアリスがこれから温泉を掘ると言うので見に行った。
「ナックー。アリスねーちゃんの温泉堀だよー」
「ナックに見せても分かるかなあ、山の中だからね。きっと深いよ。まあのんびやろう」
でも水は120メルでいいのが出た。水の穴はそこで止めて、お湯を探して掘り進むけどやっぱり深い。1ハワーも経とうかという頃、炭酸泉が出た。50セッシドは物足りない。こりゃ残業かなー。ナックは退屈して眠ってしまった。
一旦トラクに戻ろうかと考え始めたところでアリスが当たりを引いた。
「来たよ、ミット。温度も湯量も申し分ないよ。この匂いは硫黄っぽいね」
簡単に水とお湯の配管をしてあとは明日だね。シロルのご飯が待ってるよー。
・ ・ ・
アリスに突かれてやっと起きたのに、シルバ隊ペタ班がもう来てるー。あいつらは寝ないから夜中でもへーきで移動するんだ。この間もそれであたいの寝る時間が減って……あれっ?あれはあたいが寝坊したんだっけ?
まあいいや。
朝ご飯はゆっくり食べたいからね。ペタ班には5台を土運び用におっきな荷台に改装させて置いて、あたいは少しのんびりさせて貰うよー。
班長のペタにはシルバから道路の計画図が行ってるしー。とかいってる間に3台は動き始めたよー。せっかちさんめー。
一台は東の街道の枝道からこの近くを通って町の東側を掠めるルート。もう一台はハイエデンへの転移陣回り、南への転移陣の上の道路を整備してそのまま南へ。最後のやつは町の西側山裾を抉ってそのまま北に抜けて橋へ向かうルートだ。
シロルがあたいたちの作業トラクで橋を作りに転移陣でお出かけした。アリスは残って支店の内装をすると言ってた。手伝いでシルバもナックの手を引いて支店に入って行く。
あたいは5台を相手に大量の土の積み込みだよー。今あるのは仮道で幅も狭いから、広げるためにも邪魔な土を出して行きたい。
土を荷台の大きさでガボッと持ち上げると、その下にペタたちのトラクがスッと入る。そしたらあたいが土の塊をそのまま下ろす。
なるべくそっと下ろすんだけど、トラクが重さにミシミシッと軋む。
土を満載したトラクは橋へ向かう転移陣を通って消えた。
あたいが土を持ち上げると次が下へ滑り込む。土をそっと下ろすと、もう次が待っている。4台目を積み終え次に持ち上げる分の見当をつけていると、最初のやつが帰りの陣を超えて出て来た。5台目が出るともう待機に付いている。
持ち上げて下ろすだけだから、あたいは土の大きさを荷台ちょっきりにすることだけ考えている。
「ミットさま、少し休憩しませんか」
シルバがお茶だと呼びに来た。
「あー、そうだねー、もう何台積んだか分からなくなったよ」
支店に入ると1階にテーブルとイスを並べてあって、アリスが寛いでいた。
「ナックー、ママが来たよー」
アリスの声にナックが短い手足で一生懸命駆け寄って来た。
「マー」
椅子に座ると、膝によじ登ろうとするナックを抱き上げる。キャッキャと腕を振った。
シルバが置いたクッキーを摘みながら紅茶をいただく。ナックは膝の上で果物ジュースを両手で抱えるように飲んでいる。
「どうだい、ナックー。美味しいかいー?」
通路の分は大体広げた。このまま支店前の広場の土を出してしまおう。
橋の進行をシルバが報告する。
「地盤から2メルほど乗り上げる橋の入り口がやっとできた所です。土の搬入は良いですが下ろし場で思ったより時間がかかっています」
「しょーがないよ。橋の上を走って行って空けて戻って来るんだからー。トラク増やしてもまだ邪魔になっちゃうんでしょー?」
「4日くらいの予定だけど、やり方を少し考えたほうがいいかな?」
次は流れの近くまで2本の柱を建てつつ、桁を伸ばして行って流れの上へさらに300メル。川の中央まで伸ばしたらこちら側は出来上がりになる。反対側も同じ手順で最後に中央で桁を繋いじゃう。
土をこっちから補給しても、2ケラル近い大きな橋は3、4日かかるねー。
橋が中央で繋がったら橋脚の上で桁を切り離して桁が伸び縮みできるようにする予定だ。もちろん片側を橋脚とも縁を切ってそこで動くようにするんだ。夏冬、昼夜の温度差による伸び縮みと言っても10セロくらいのものだけど、これをしないとせっかく架けた橋が壊れちゃう。
おっと。あっちのことは今あたいが心配する事じゃなかったね。それよりもこっちは残りの土をどういう順番で出すか考えないとー。
・ ・ ・
ライカースに来てもう一月経つんだねー。土運びは乗り場の土が多かったんで予定よりかかったけど、みんな川の両岸に運んで道路に使っちゃった。
そのあとはペタ班全部で東西の街道とトリスタン行き、南の海へ続く道を伸ばして貰ってる。
アカメは普段土にくっついていないと調子が悪いらしい。緑地の突き当たりの端っこに祠のような窪みを、アリスに頼んで作ってあげた。すっかり小さくなったアカメはずっとそこで大人しく過ごしている。
6日前にはハイエデン本部から7人が業務指導で回って来たし、ライカースの町や周辺の村からは、主にハルマーの伝手で47人の従業員が集まった。それで住み込みの宿舎が足りなくなって4階、5階を20メル延長した。
今日は試食会という名の宴会をすることになった。厨房にはシロルとシルバに料理長ダイクス率いる3名が入っている。配膳はその他の人が回り持ちだ。あたいもナックを抱いて間に入るよー。
「ガルツ商会先遣隊のアリスでーす。
ここライカースでのあたしたちの仕事はほとんど終わりました。すでに転移陣とチューブ列車による商品の輸送は始まってます。今日の食材も大半は他から運ばれて来たもので作ってます。
今日はこの支店でどんなものが食べられるかの試食と、働く皆さんの親睦のため集まってもらいました。開店はお知らせした通り3日後、それを見届けたらあたしたちは次の仕事に向かいます。
皆さんはここで受けた20日の研修の成果を発揮してもらってこの支店を運営していって下さい。
では、試食会を始めまーす」
「よーし。では追加の料理ができてるからどんどん運ぼう。こら、そこ!
まだ何10種類も料理が出てくるんだから、そんなに量を取るんじゃない。こっちに来て運ぶのを手伝いなさい!」
いきなりハルマーの指示が飛んだよー。こりゃあたいも気をつけないとねー。
ハルマーは顔が広いから、やっぱ頭に据えたほうがいいと思うなー。
「ミットさん、あのエイミーって女性、何もんっすか?計算は明るいし、陳列も色の配置を考えてキレイに並べるんっすよ。俺じゃあ、ああは行かないっす」
「なんだい、クス。あんた本部の指導員ってことで来てんだろー、しっかりしなよー。
エイミーはこの町の雑貨屋に勤めてて、経理の方まで手を出してたらしーよー」
「はあ、やっぱそうなんっすか。道理でー」
「まーったく、頼りないねー」
「へへ、すまねっす。俺、調理付きから売り場に回ったから」
「ああ、そうだったね。でもそんな話はこーいうとことでするもんじゃないよ。一人一人をしっかり見といで」
あたいもナックに料理を取ってやりながら、
みんなの動きを見るともなく見てた。
小柄な男が料理を食べる合間に空になった皿を集め、同じ料理の載った皿を纏めてる。そうやって集めた皿を時々厨房へ下げている。ずいぶんマメじゃないか。
あの金髪はさっきから動いてないねー。
「こんにちはー。料理はどーだいー?」
「あ、はい。美味しいです」
「んー?ちゃんと食べてるかいー?」
「あたし、食が細くって。たくさんは食べられないんです」
「ふーん。甘いものは好きかなー?」
「あ、はい。好きです」
「そろそろデザートが出るはずだよー。貰っといでー」
「はあ、行ってきます」
あんなんで、大丈夫かなー?
あの背の高い女、あたいと同じくらいかな。背筋がピンと伸びて姿勢のいい座り方だね。なんかやってるのかな?
みんな動きは悪くない。あとは慣れて行けば大丈夫だろう。




