6 アカメ・・・ミット
これまで:ナーバスの治水工事を3月かけて終わらせ、サイナス村で3日の休暇をアリスとミットは楽しんだ。次の乗り場が待っている。
チューブ列車は音も無く乗り場に滑り込んで、あたいはいつものように真っ先に外の気配を探る。ここが未だに利用されてないのはなんらかの理由があるはずだから。
……風の音がするね。
あとはなんだろ?すっごく小さな気配がちらほら。小さいからって油断はできないよ。猛毒を持ってる奴だっているからね。
近くに数匹、虫サイズか。まあ大丈夫そうだね。あたいが手を振るとトラクが乗り場に滑り出た。前方左側にぽっかりと通路の闇がある。慎重に歩を進めると灯りに2セロほどの地虫が隠れるのが見えた。
そのまま進み、角まで来たところで先を探る。ゆっくりと気配を消して通路の中央が見通せるところに立つ。
ぼんやりと奥が明るい。風が少し動いているし、塞がってはいないってことだね。アリスが5歩くらいの後ろに付いてくる。
先を見て行く。小さなトカゲが2匹、毒がある感じじゃないね。後ろへ向けて手を振るとシロルがトラクを進めて来る。
あたいは通路へ踏み出した。20メルほど進むと天井にコウモリがぶら下がって見える。眠っているのか動きはない。
気配を抑えて近づいて観察するけど、毒持ちのようには見えない。軽い両手剣を抜き3匹を切り落とした。
10数匹がワッとばかりに奥へ逃げて行く。あっちが出口ってのは間違いないようだ。
そうなるといよいよ怪しいね。
出入りがない原因がどこかにあるはず。通路の奥は相変わらずぼんやりと見えるだけだ。
いや、なんだこれ?これ、どっかで?でも静かだね、全く動きはない。前の時は確か……
この先に何かいるのは間違いない。どこかで出会ったことのある奴。でも動かず静かにしてるとこが違う?
あたいはアリスとトラクを止めて、一人で先へ進む。むっ、もう出口という右手の壁が壊れてる?
壁の大穴が通路にひと抱えもあるいくつかの塊になって転がり、その奥は真っ暗に見えている。
警戒しながらジリジリと先へ進む。灯りが奥を照らし出す。なんか丸っこい塊?緑色?艶のない苔のような肌合い。
脳裏に閃くものがあった。サイナスの海沿いで見たロック。あの洞窟の奥にいたおっきなロックだ。あいつらはやたら熱かった。
吹っ飛ばした後だから多分で本当のとこは分からないんだけど。
そうか。海水を注ぎ込む前に感じた気配とよく似てるんだ。灯りを高く翳し、じっと見る。ロックには手足っぽいのと鞭みたいなのがあったっけ。
アリスが焦れて近寄ってきた。全く動きがないから仕方ないかー。
「ミット。これなんだろ?」
「あたいが聞きたいー。でも気配があるんだよ」
「えっ?生きてるの?」
「うん、多分ねー。見た感じ、壁を押しのけて顔を出したかなー?」
「ねー、この先はどうなってるの?」
「それはこれからだよー」
とはいえ、あたいはそいつから視線を切れなかった。何か気になるんだよねー。
アリスはそんなあたいに構わず先へ行った。
「わー。ここも崩れたのかな。土で粗方埋まってるよ。木の葉が積もってるから暗いんだね」
アリスがゴソゴソやるとパアッと周りが明るくなった。出口からの光を浴びて緑の表面にうっすらデコボコがあるのが分かる。
と、ギョロリと丸い目玉が現れた。丸っこい真ん中の少し下、30セロはあろうかという白眼のない真っ赤な目玉。
どっちを見てるのかわからないけど、あたいが見られているのはわかる。
突然の頭痛が襲って来た。
・ ・ ・
目が覚めるとトラクの中だった。アリスとシロルが心配そうに覗き込んでいる。
「あれ?なんだっけ。通路見てたんだよね?」
「ミットは出口の穴の前で倒れたんだよ。あたし、びっくりしてトラクに運んだんだ。目が覚めてよかったよ」
「マー!」
左を見るとナックの顔があった。
あたいは体を起こすとナックを抱き上げる。
「おっはよー、ナックー」
ナックがニコッと笑うのを見てホッとする。
「右におっきな穴があって奥になんか居たねー。アリスが出口を見に行ってー?」
「あたしが外を見て戻ったら、ミットが倒れてた」
「ふーん?あ、真っ赤な目玉!こーんなおっきいの!そうだ、頭が痛くなって……」
アリスの表情を見るとあれは見てないんだね。
「あの穴の奥にね、丸っこくておっきな緑の岩みたいなのがいたでしょ?あれが目を開けてあたいを見たんだ」
「あそこ、覗いたけどそんな目玉は見てないよ?」
「よーし、もっぺん行って見よーか」
どうやらあたいが倒れてからそんなに時間は経ってないようだ。
「あんた、大丈夫なの?」
「うん。ちょっと動いてみるよ」
一通り身体を動かして見た。うん、なんともない。
ナックをシルバに預け通路を行く。アリスが木の葉を除けたのですっかり明るくなって、灯りは必要ない。壁の壊れた塊が見えて来た。
《先程はすまぬ。そこまで強く出るとは思わなんだ》
んんっ?今の何?
あたいが急に立ち止まったのでアリスが警戒してる。
《直接、思念を送っておる。こういうやりとりはずいぶんしておらぬ》
穴の奥の暗がりに赤い目玉が見えた。
「この壁はあんたが壊したの?」
《ふむ、おそらくそうであろう。思念を試みた時、いくつか動かなくなって運び去られた。あの時は日の元に出て動き回ったはず。やりとりはできなんだ》
「この通路が埋まってて通れないんだ。通れるようにしていいかな?暗いのも困るし」
《構わぬが、少し話し相手をせよ》
「分かったよ。アリスー。通路のお掃除してもいいってー」
アリスはちょっと怪訝な表情をしたけどトラクを呼んでくれた。乗り場の角をギリギリで曲がってトラクが進んでくる。あたいは穴の方に寄って、作業ができるように場所を空ける。
「なんの話をするのー?」
《ふむ、まずはここがどうなっておるかだな》
「どうって?ここはチューブ列車の乗り場でずっと使われてないみたいだから、あたいたちが調査に来たんだよ?」
《ほう。チューブ列車とな。それはなんだ?話はできるのか?》
「多分できないねー。外には何があるか知ってるー?」
《ふむ、小さな箱がたくさんあったはず。思念を送ると動かなくなる者たちもな。あれより外は見ておらぬ》
「小さな箱ってことは街かなー?どのくらい前のこと?」
《目を閉じる前のことだ》
「あー。全然分かんないのがよっく分かったよー。あんたは動けるんだよねー?」
《ああ。動けるがせっかく片付いた通路が崩れるぞ?》
後ろを見るとトラクが次の区間の作業に移動するところだった。埋まってた出口の土は両側に壁になっている。
「この壁を崩さないようにあっちへ動けないかなー?」
《む、こうか?》
緑の岩は穴の中で移動を始める。穴の中にバサバサと土が崩れ、一部は通路に零れて来た。トラクが作った右の壁が軋んで嫌な音を立てたが持ち堪えたようだ。
あたいは急いでトラクの後ろまで走って、右の壁に登った。山裾がボコボコと盛り上がり暗い色の岩が顔を出した。草地の凸凹などお構いなしにアカメは転がってこちらへ来た。
直径2メル半。土を押し分けて来たというのに土汚れなど全くついていない肌は、日の光を浴びると鮮やかな翠に輝いた。
「うっわー。きれいな色だねー。名前はー?」
《名前とはなんだ?》
「他のものとあんたを区別する呼び名だよー。あ、あたいはミットだよー。さっきのがアリス。そこに見えてる箱はトラク。あとはクロとミケ、シロルにシルバ。あたいの子供のナックー。ナックをつれてくるねー」
トラクの中に転移してナックとシルバを連れて戻る。
「ほら、ナックだよー。かわいいでしょー。こっちはシルバだよー」
《ほう。小さいのだな。
シルバか。動いているのに生きておらぬ。何者か?》
「ロボトって言ってね。あたいの執事だよー」
「シルバでございます。どうぞよろしく」
《何か言ったようだが思念は見えぬか。面白いものもあるものよ》
「シルバ、聞こえてないみたいー。思念を見るんだってー。まーた眉下げないのー」
トラクを見ると前方でクロとミケが邪魔になる木を切り倒し、横に退けていた。あと2回も道を作ればトラクが走れそうなくらいなだらかになる。
「あ、名前だよー。なんて言うのー?」
《そのようなものは無かったな。必要と言うなら好きなように呼ぶがいい》
「赤い一つ目さんだからねー。アカメでいーかなー?それでアカメは何を食べるのー?」
《食べる、とは?》
「動くには力がいるでしょー?その元になるのはなにかなー?」
《ふむ、アカメの力の元か。それはこの大地から湧いてくるな》
「えー?熱とかー?あたいはホーシャセンも使えるよー」
《熱?ホーシャセン?何か分からんが》
「ふーん。分かんないかー。何ができるのー?アリスはあのトラクやロボトを作ったよー。あたいはさっきやったみたいに転移できるよー。他にはこんなこともー」
試しにアカメを持ち上げて見た。そんなに重くないねー?400キルくらい?中は空っぽー?
《おおっ、浮いておるな。ほう。
アカメは地に潜るのだ。あとは見て考えるのだ。さっきの転移と言ったか?似たようなことはできる。材料があれば跳ぶ場所を作れるのだ》
「跳ぶ場所ー?ケルヤークに跳ばしたやつかなー?跳ぶのはどー思うー?」
《先程ミットは跳んだであろう。面白いのう》
あたいはナックをシルバに預けアカメをセーシキドーに連れて行った。
「どーよー?」
《ぬぬ、どうなっている……大地がない》
なんか慌ててるー?あたいは窓にアカメを押して行って窓から世界を見せた。
「ほらー。あれがさっきまでいた世界だよー。きれーでしょー?」
《ほう。そうであったか。あれは確かに大地、力がこの距離を渡って流れている。そうか》
「ふふふー。気に入ったー?ここはセーシキドーって言うんだよー」
《うむ。力の流れが細い故長くは居られぬが、これは面白い》
「あたいはここで少し休んでくよー。帰りたくなったら言ってねー」
あたいはそう言って反対側の窓へ行き、外惑星というやつを探す。じっと見てると動きが面白いんだ。この世界の周りを回っているのはこのアルミの球と6台のエーセイだけ。外惑星には自然のエーセイがいくつもある。それも見える影が面白いんだよね。
《そちらからも微かに力が流れてくるが何かあるのか?》
「えー。外惑星がわかるのー?」
アカメをこっちの窓に転移した。
「あの動いてる明るい点がわかるー?」
《ほう。大地と同じだな。ずいぶんと遠い》
「そっかー。あそこでもアカメは大丈夫そーなんだー。いつか連れてってあげよーかー」
《ぬ?この距離を跳べると申すか?》
「まだできないねー。でもいつか行ってみたいねー」
そのままアカメとボーっと窓の外を見ていた。
どのくらい経ったのか
『ミット。道は荒れ地を抜けたよ。これから町に入るよ』
「アリスが荒れ地を抜けたってー。戻ろっかー?」
《うむ、頼む》
アカメも町を見ると言うのでトラクの屋根に乗せてみた。アリスがぶっとい輪っかを作って乗せたので転がり落ちる心配は無い。
《おっほー。これは速いな》
たいして速くもないのにアカメはなんか喜んでるねー。




