3 ナーバス支店・・・アリス
これまで:川に流され崩れてしまいそうな町、ナーバス。町長と交渉してすぐに工事にかかる事になった。ことは1日を争う。翌早朝にはシルバ隊の2班が揃っていた。
シルバの指示が飛んだせいかほんとにヒマだったのか、朝起きると2班16台が勢揃いしてた。
こいつらのトラクは高さ60セロの箱のてっぺんを50セロの板で囲っただけの吹きっ晒し、前の右隅に椅子があって自分をベルトで固定できるようになってる。要するに全部荷台だ。
8台をフセーチに改造するんだけど1台やって見せたら、残りは自分たちでやってしまった。新品ボタンを一つずつ載せただけのことはあるね。
もう一つ予想外だったのは荷台のお日様発電。シルバ達はこれを外せるように改造を始めた。土を積んだら日が当たらないもんね。
ミットは昨夜もナックに夜泣きされて、まだ寝てる。時間が早いから一回り町を散歩してこよう。
やっぱり気になるので崖沿いの方へ行ってみると、4列くらいはもう人が住んでない。川と道の角度が違うので崖に寄ったり離れたりだけど、ずっと歩いて行くと庭の掃除をしてるひとがいた。
「おはようございます。ここに住んでたひとはどこに行ったんですか?」
おじさんは北西の斜面を指した。
「だいたいはあそこの集会所じゃよ。狭いが家族で部屋に入れる。あとは町を出て行ったなあ。去年の大水はひどいもんだったから」
「食べるものとかはどうしてるんですか?」
「町長のトーレルソンがよくやってくれている。下に町営の食堂があってな。けど、斜面だから年寄りにはきつい」
「ふうん。ありがとねー」
まだ時間もあるしちょっと見てこよっか。
あー、こりゃ大変だよ。下はまだなだらかだけど上に行くほど坂がきつい。集会所と言ってた建物は6段目。食堂っぽいのは3段目だね。地盤は10段くらい作ってある。
食堂の建物を上に伸ばして上で渡り廊下を架けちゃう?食堂ってのもちょっと狭いね。別に建てちゃうような場所は……ないか。ないなら地下かな。コポッとくり抜いちゃってエレベーターで上がればいいか。
うん。これも相談してみよう。
あたしは町の大通りを軽く走ってトラクに戻った。
ミットを起こしてシロルの朝食を食べたら庁舎にトラクを持ち込んだ。
トレールソンさんとミルキーゼさんが何事かと玄関まで出て来たので、そのまま作業予定の話を始めた。
ミットはまだ寝てればいいのに船を漕ぎながら会議室に座ってる。シロルが心配そうな顔で横に付いてる。
「川は離れたところに古い川があったから、あっちを大きく掘り下げて町から離すよ。ただそれにはひと月くらいはかかっちゃうからね、ひと班は町がこれ以上崩れないように崖の下に5メルの壁を作るよ」
「川の切り替えは古い川を掘り終わってからということか。町のことは任せておいてくれ」
「それなんだけどね。山の斜面の集会所ってのを見に行って来たよ。すごい坂だらけで、あれじゃ住む人が大変だろうね。あそこの地下にガルツ商会の支店を作ろうと思うんだ。それで地下を掘っていいか許可が欲しいんだけど」
「支店ですか?一体何を作ると言われるのか?」
「うちはあちこちに温泉を掘って集客するんだよ。この町はめぼしい土地がないんであそこに目をつけた。上に見晴らし台というか塔を立てて景色も楽しめるようにエレベーターをつけようと思う。
あ、エレベーターってのは箱が上下に動いて階段を使わなくても移動できる箱だよ。上の段に住んでる人にも来て欲しいからそこでも乗り降りできるようにするよ」
「ははあ。運営は私どもでやれと言われるのですね」
「話が早くて助かるよ。施設の一切はこっちで作るから中の仕事はそっちで割り振ってね。当面20人くらいかな?備品もある程度は揃えるよ。川の壁と並行して進めるから」
シロルには概略を話してあるから、もう詳細な図面はできているはずだ。
「あとはやりながら修正していくよ」
あたしはミットを起こしてシルバ隊をひと班、下流の合流地点に運んでもらった。
あたしはその間にシロルと4箇所の壁のもとを建てて行く。シルバはナックのお守りだから使えない。
ミットが8台のトラクを河原に浮揚移動で下ろして戻って来た。出来上がった壁のてっぺんにトラクを順番に置いてもらわないといけない。
「あたいは浮かせるだけだからねー。ロープでうまくやんなー」
川原にトラクを下ろす作業はミットでも堪えたみたいだね。
ジー達は連携しながらトラクをロープで操って、危なげなく壁の上にトラクを据え付けた。身の軽いシルバ隊のロボトは高いところも足場のろくに無いところも平気だ。
4台無事に据えたらちょっと休憩。最初の1台が壁の生成中でまだ動けないのだ。ミットはシロルからお茶菓子をもらって、セーシキドーに休憩に行った。
「ミット、次お願いね」
『あーい』
30メニほどの休憩だったけど戻って来たミットは元気になった様だ。残りの4台を下ろすと、あたしとシロルは地下店舗を作りにトラクで北西に行く。
土はブンシとかいうものを組み替えて、小さくすると固く強くなるらしい。2メル半の厚さを50セロまで縮めると、10メル以上の幅で上の土を支えられるそうだ。
シロルの計画図では町道脇の斜面で全く利用されていないところを、50メルに渡ってエントランスにしてしまうことになってる。
奥へは2本の6メル幅、高さ4メルの大きな通路で馬車ごと入って行く。突き当たりで車両は隣の通路へ折り返す。
その先は30メル四方に4本の柱の立つホール。ここには売店を置こうと思う。右手に事務所、途中からは宿泊設備、左手は休憩スペースが長い6メル幅の廊下を挟んで続く。
300メル行った先は浴場の入り口だ。左が男湯、右が女湯。
ここまでシロルと交代しながら2日かかった。
この辺りまで入ると地上は6段目の集会所の辺りだ。廊下の右側に2台のエレベーターと螺旋階段のホールを上に向かって立ち上げて行く。3階建の集会所の外壁から50セロと離れていない位置に塔が伸び上がって行く。
地上から80メル上がったあたりで小さな踊り場を設けた。一番高い宅地からさらに20メルほども高い位置だ。そこから山の中腹に見えていた自然のテラスまで長さ100メルの橋を架ける。
岩盤がそこそこ広いので手すりや遊歩道を整備すれば、いい観光名所になりそうだ。ミットに連れて行ってもらったけど、あまりの壮大な山と河のパノラマに、しばらく動けなかったくらいだ。
宅地の10段目と8段目、集会所の1階にもエレベーターの出口を作って、もちろん橋も架ける。
浴場の天井にも湯気抜きの太い通気筒を立ち上げておいた。3段目の食堂の高さにも50軒分の居住区をくり抜いて大水の時の避難先を用意した。
ミットが町舎の人を6人、川の整備と支店の現場の見学ツアーに連れて行ったと言う。
あたしたちのとこにも来たなんて全然気が付かなかったよ。温泉堀りで隅っこに座り込んでいたからかな?湯脈は山地のせいか深かったけどいいお湯が出た。
まだ内装には手をつけてないけど、3日目からは町の人たちが見に来ていた。工事担当のラックマイトさんがいろいろ手配を始めたらしい。
トレールソンさんに頭ごなしで叱られていたから、あたしの方には寄り付きづらいのか話しかけてこないけど、あんなんでいいんだろうか。
川と支店に手をつけて今日で8日目。
シルバ隊ジー班の壁作りは順調だ。全長4ケラルに及ぶ壁も7割がたできて、あと5日もあったら全部つながりそうだ。
大きな雨の気配がなくて良かったよ。町が崩れるから、とにかくこの壁だけはやってしまいたい。
古い川の底下げもテト班が頑張ってるけどまだ1ケラルちょっと、先は長い。あっちも雨が降り出したら高いとこへ逃げないと危ないんだよね。
夕方まであれこれ大きいところを片付けて、トラクにシロルと戻った。明日からは細かい仕上げの確認で歩きまわらなきゃいけないよ。
そう思いながらトラクのドアを開けるとミットとシルバがなんだか騒がしい。
「アリスー、ナックが立ったんだよー」
「私が動画を保存しております。ぜひご覧ください」
「シロルー、今日はお祝いだよー。サイナスに行って蟹をもらってくるねー」
そう言うなり、ミットは目の前から消えた。
小いさな囲いの中でナックがもがいていた。首を逸らして寝返りすると腹這いになって上に手を伸ばす。何度か柵を空振って頭が布団に落ちたけど、ついにその小さな指がツルツルに磨き上げられた棒にかかり、握りしめられた。
さあ、そこからどうするの、おちびちゃん。
ナックはモジモジと動いていたが、体を捻って柵に足を沿わせ横向きの態勢になると、もう一方の手で縦の棒を掴んで頭を引き上げようとする。うんうんと引きながら体を捩るうちに左足が柵の向こうに出た。
足が一本外に出た分抵抗がなくなったので、そのままお座りの態勢だ。
左手を柵の上に持ち替えると右足の膝を曲げる。なんとそのまま一気に片膝立ちまで持って行った。
もう少しだよ、がんばれ!
あたしは思わず両手の拳で応援した。右足を中に戻そうと体を揺するナック。シロルとシルバが食い入るように見つめる中、ナックは布団の上に仰向けにひっくり返りキャッキャと笑い出した。
真剣に応援するあたし達が余程可笑しかったのだろう。
ミットが蟹を2匹とジーナを連れてポンと現れた。
「ミット、ジーナ。今ナックが立とうとして頑張ってたんだよ」
「おー。立てたと聞いてばあちゃんが見に来たぞ、ナック。今夜はお祝いじゃ」
急に現れた二人に一瞬目を丸くしたナックがすぐに笑い出した。
ともあれ、夕食の準備をシロルが始め、シルバも手伝う。あいつは細いからあの狭い台所にシロルといっしょに立っても作業ができちゃうんだ。なんなんだろうね。
カニの1匹を茹でる間に、もう1匹はそのまま締めてカニサラダと和物になった。甲羅の部分は蓋を取って軽く焼き、きれいにお皿に盛った上から香油をかける。
茹で上がったカニは甲羅を外してこちらもお皿にきれいに並べ、酢醤油を添えてくれた。足の一本は味付けせずにすり潰して小鉢に盛る。あれはナックの分だね。
シロルの盛り付けの手際に見惚れていたらキャッキャという声が聞こえた。
心なし声の位置が高いか?とナックを見ると左手で掴まり立ちして片手を振って笑っていた。
おおー。ちゃんと立ってるよ。
ジーナはずっと見ていたらしく、うんうんと頷いていた。
足の長い小さな椅子にナックを座らせて、お祝いの夕食が始まった。シロルが陽気な音楽をかけ、お酒も出して来たので賑やかで楽しい夕食だったよ。
酔ったジーナが珍しく泣いていたね。余程嬉しかったんだろう。




