9 トカタ村2・・・アリス
これまで:内海の外輪山越えは転移陣の見様見真似で解決を見た。トラクはサイナス村から西へ。トカタ村はどん詰まりの村で開発は歓迎された代わりに家の建て替えが多くアリスが忙しい。
ミットが珍しく交渉でトチったおかげで、店やら倉庫を作る仕事が増えちゃった。ここらであたしは休暇を取りたいよ。
ミットの転移でポンとトラクへ戻って来た。
「シロルー。お出かけ行くけどあんたも来るー?」
「まあ。お出かけでございますか。行きたいです。衣装の方はどういたしましょう?」
「狩だね」
「狩でございますか。分りました」
あたしも弓矢と剣を久しぶりに装備した。一応リュックも背負って水と食料に着替えその他を詰める。
ビシッと決めたらキラキラ装備の3人娘って感じ?
「でー?どっち行こうかー?」
「あたしあの山、気になってたんだよ。ちょっと木の色が違うでしょ?」
「あら結構遠いのではありませんか?」
「あたいに任せなさーい。まずはあの上へ跳っぶよー」
気持ちの良さそうな草原がそばにあった。鹿の姿が見える。いきなり当たりかと喜ぶのも束の間、パッと目の前に藪が現れてシロルと一緒にびっくりするあたしに、シッ!とミットの低い声が飛んでくる。
ミットの指差す先には2頭の鹿。あの一瞬でいい場所へ跳ぶねー。この距離なら弓でいけるかな?弓と矢を2本引き出し構える。目一杯引いて鹿の動きを見ると草を食べるため頭を下げた。今だ!
あたしの矢は首筋に当たった。すぐに次の矢を番えるけど、ミットの矢が先に飛ぶ。もう一頭の胸辺りに刺さった。2頭とも急所は外れたらしく離れる方向へ走り出す。
ミットがフッと消えて鹿の正面に現れ、先行する鹿の首を切り落とした。目の前で鮮血を噴いて倒れる仲間を見たもう一頭は混乱したのかこちらへ戻って来る。そばを通る瞬間を狙って藪から飛び出したあたしは剣で首を突き抜いた。鹿は翻筋斗を打って草地へ倒れ込んだ。
足をロープで縛って木に吊るす。ミットが浮かせてくれるので女3人でもらっくらく血抜きができる。
ある程度抜けたら獲物の解体だ。背伸びしてなるべく上の方に解体設定のナノマシンを塗り付ける。
まず上から皮が捲れて地面に垂れ下がる。皮は見る間に乾燥して汚れが抜け落ち地面に広がって行く。すっかり皮が剥がれた頃、吊り下げた足の肉が中から水分が抜けて乾いて行くので、シート代わりに毛皮を拡げてやるんだ。
もう1頭はシロルがやってくれた。
最初に設定した通りの乾燥度合いになったら、四角いブロック状に変形した干し肉がボタッと落ちる。こういう風にぶら下げた状態なら、変形は余り時間が掛からない。ボタボタと干し肉が落ち始め、あたしは生で残す分を選んでいく。
このお尻から背中にかけて10キルもあればいいかな?
「トカタ村にもお裾分けしようか?」
「いいですね。焼肉ですか?でしたら150キルほどの生肉が欲しいですね」
「背中の肉が全部あればいいかな?」
「十分ですね」
「わー、焼肉パーティーかー。いーねー」
じゃあマシンの指示を変更っと。
他の部位は乾燥変形の分時間がかかるけど、生肉なら筋抜きと変形だけだ。もう剥がれ始めている。四角いブロック状に変形した生肉はリュックから出したシートに3つに分けて包み、ミットが冷すためにトラクへ持っていった。秋口とはいえまだまだ暑いからね。
内臓系も汚れを落とし、乾燥させると結構持つのが分かったし、傷んだら肥料にできるから余り捨てるところは無くなったよ。
ミットが戻って来て荷造りできたら撤収した。トカタ村ではズーニスたちがもう畑を早仕舞いにして、バーベキューの準備を始めてた。こういう時だけ早いんだから。
さんざ騒いでトラクへ戻った後、寛ぎながら会議を始める。
「家はあと2軒、商店を2軒と、でっかい倉庫が一つだから、まあ半日あればいけるかな。
道路にかかる分の家は引っ越しが終わってるからね。10メル幅の目抜き通りを作ってあげないといけないと思うんだ」
「そうですね。道ができていれば、村がどう変わるかよくわかりますね」
「シロルに頼むにしてもー、半日じゃ終わらないねー」
「良いですよ。明日は1日道路を作ります。ミットさまがあたくしの仕事をたくさん持ち帰ってくれましたから、そちらも楽しみですし」
えーせいの部品のことかなー?
「それじゃ決まりだねー。
アリスー、あんた汚れひどいよー?あれ?あたいもだよ、お風呂にしようー」
「お湯は張ってありますから、順番に入ってください」
・ ・ ・
シロルとミケは西から大通りを作り始めた。クロは収穫の手伝いに行った。
家2軒は同時進行で東の端に建てるので、あたいはアリスの手伝いだ。立ち退きの家ではないので、基礎周りの穴埋めや家具は作らなくて良いことになっていて、マシンの回収と中の確認をする程度だ。この作業も、もう慣れたものだよー。
いくらも経たず、あたいたちは西の端へ転移する。村の外に商店は広げた道の右側に2軒並べて建てて、その裏に倉庫を建てるのだ。
行ってみるとシロルのトラクは400メル目をつくっている。丁度店の前辺りだねー。
トラクの後ろではミケがマシン回収の箒で路面を掃いていた。10メル幅の道はやっぱり立派だねー。並ぶ新築の家も眩しいくらいだよー。
アリスが12メル角の敷地にマシンを撒き始めた。
商店といっても何を売る店なのかはまだ決まってないから、1階ががらんどうの店舗で、2階が事務室と倉庫、3階も倉庫で作っておく。持ち上げた分、地下室もできてしまうのでそこも倉庫だ。広い分には間仕切れば良いだけだよー。
アリスが昨日建てた家を確認に行った。30メニ経ったけど戻ってこないねー。トラブルかなー?
「アリスー。なんかあったー?」
『あ、ごめん。ズーニスに捕まってた。すぐいくよ』
「うん、待ってる。切るよ」
パタパタとアリスが戻って来た。
「ズーニスがなんだってー?」
「うん、年寄りの足やら腰やら診て欲しいって」
「あー、グロース婆さんとヤニス爺さん、元気になったもんねー。アリス診療所だねー。何人いるのー?」
「8人だって」
「店はもういいんでしょー?倉庫の待ち時間にパパッとやっちゃうー?あたいがここに連れてくるよー?」
アリスの顔がパッと明るくなった。
「いいの、ミット?」
「いーんじゃないのー?今更だよー」
あたいは上空へ跳んだ。ズーニスが畑へ戻ろうと歩く、すこし後ろへ跳ぶ。
「ズーニスー、アリス診療所を始めるよー。じーさんばーさんのとこに案内しなー」
「え、ほんとか?よし、こっちだ」
すぐ先の右の家に入って行った。
「ジャクリーンだよ」
「すぐに出られるかい?あたいが送り迎えするからそっちは心配いらないよ」
「はい、ですが歩けませんで……」
「いいよ、この上着一枚羽織ろっか?ズーニスは玄関出たとこで待ってなー」
「あ、はい……」
「うん。じゃあ行くよ」
あたいはジャクリーン婆さんを連れて店の脇へ跳んだ。
「アリスー。連れて来たよー」
「ミットー、ありがとう。ここに寝かせて」
おー。寝られるテーブルを作ったのかー。
婆さんを寝かせてすぐにズーニスのとこへ跳んだ。
「配達は終わったよー。次はどこだいー?」
「配達って何だ?次はもう1軒先だが」
「さっさと案内しなー」
「ああ。この家だよ、マルター、上がるよー」
「はーい、ズーニスちゃん、いらっしゃーい」
「この人かい、そのままいけそうだね。ズーニスは玄関だよー。そこで待ってなー」
「あ、ああ」
連れてアリスの元へ。
「この人はマルター」
「ジャクリーンさんは丁度終わったよ。寝台空けるから立ってねー」
代わりにマルターを寝かせ、あたいはジャクリーンを家に戻す。
「何だか体が軽くなったような気がします」
「だからって無理はしないでねー。したいことはしていいよー。あたいは次に行くよー」
玄関を出るとマルターの玄関からズーニスのとこへ。
そうやって取っ替え引っ替え8人を運び切った。
「もう調子の悪い人はいないんだねー?」
「ああ、俺が知ってるのはこれで全部だ」
「じゃあ明日にでも、もう一回調子がどうだか聞いて回るといいよー」
そう言ってあたいは歩いて角を曲がるとアリスのとこへ跳んだ。
「ミットー。終わったよ。あれ?この人で最後?」
「うん、送って来るよー。爺ちゃん調子はどーお?」
「こんな美人さんに世話してもらって、わしはもう死んでもいいいぞよ。体も妙に軽いしの、お迎えが近いんかのう?」
「馬鹿なこと言ってないで家に帰るよー」
ポンと家の中へ跳んで椅子に座らせる。
「やりたいことはやっていいけど、無理はしないよーに。じゃあねー」
あたいは玄関から出て店裏に戻った。
おー、倉庫はすっかりできてるねー。中を覗くと床をアリスがブロックで固めていた。こういうガワだけの建物は地面がそれほど下がらないから、中空ブロックのおっきなやつを敷き詰めて高さ合わせをしないとねー。
あとは確認とマシンの回収が終わればお昼だ。
「シロルー、道の続きはあたいがやっとこーかー。メモリ弄るのはアリスとやったった方が良さそーだからー」
アリスとシロルは幾らかの道具とできたばかりの店におろして、いざ道路へー。
あたいだって道路班の講習に伊達で参加してるわけじゃないんだよー。おっきな設定はシロルが済ませてるしねー。
出来上がった分トラクを進め左右のずれや傾きが補正されるのを待つ。アリスやシロルならここで必要な数値を送ってしまうんだけど、こっちが本職の道路班のやり方だし、掛かる時間も僅かだから問題ない。
道路の勾配を300メル先でどうなるか見ながら調整。ほぼ平らなので確認だけしてOK。次は左右の高さ、左だけ5セロあげておこうか。
これで「開始」。んー、17メニかー。なにしてよっか?
そーだ。こっそりアリスに型紙を起こしてもらったシロルのぬいぐるみを作り始めちゃおー。
日が傾く前に終点まで道路ができた。
アリスたちをトラクで迎えに行こー。ミケにトラクを回すので見ててもらう。何度やってもその場で展回はおもしろいねー。世界があたいを中心に回って見えるよー。
戻って見るとズーニスとグロースがいた。
「どうしたのー?」
「うちの交渉担当が来たよ。ミットと話してよ」
「うん?何の話?」
「ミットさん。支払いのことです。俺も調子に乗ってあれこれ頼んじまったが、これであの払いじゃ、あんまりだ。支払いの見直しをお願いに来たんだ」
「あたしが余計なこと言ったばっかりにこんなことになって申し訳ない」
二人でぺこぺこと頭を下げられても、話が見えないねー。
「で、どーしたいとー?」
「代金を負けてくれないか?」
「どう言うことかなー?約束を破ろうってのかいー?」
「約束?」
「そーだよー。何だっけ、貯めた銭?武器防具?あと鉱石だっけ?」
「それは間違いなく渡す。だから他を少し負けてくれ。村の売上の3割を向こう10年!それで何とか!」
「何それ?どっからそんな話になったー?」
「あははははははー」
アリス、笑ってやがるー。涙こぼしてるよー。
「あはは、ミットー。これ、いつものやつだよー。ひー、お腹痛い」
あー、あれかー。
「分かったよ。出来上がりを見てこれだけの支払いじゃ気がひける。他所へ漏れたら村の評判が落ちる。そんなとこだね。むぅー。金額をいくらにすればいいかな?」
「そうだねえ。600万シルくらいなら恥ずかしくないかな」
アリスの値付け。おー、一瞬で二人とも青ざめたねー。
「よーし。契約書を書こーか?600万、又は今後10年間の村の利益の2割をガルツ商会に収めるって事で。
ズーニス、あんたには支店長をやってもらうよ。うちの商品を卸すからそこの店一軒使って売っとくれ。店の売上の3割は村のもんだよ。2、3日中には商品が入るからそれまでに中を仕上げといとくれ」
「分かった。利益の2割を10年か。それなら何とか……」
へへん。それが間違いだってことを思い知るがいい。600万払い終えるほうが先だよ。
「トカタ村支店かー。やったね、ミット」
「でもそーなるとパルザノンとサイナスの山越えが邪魔だねー。うどんの村とサイナスを繋いじゃおーか?」
「それだとずいぶん近くなるね。今なら飛ばされて文句を言う村もないし」
飛ばされた区間に自分の村があったら、人が通らなくなるから穏やかじゃないよねー。
「じゃあ明日は先にトリスタン行きの挨拶しちゃってー、それから山越え作りに行こー。その間にシロルがトリスタンに向かうって事でー」
・ ・ ・
山越えは一遍やってるからね、あんなのあたいとアリスがいればチョチョイのチョイだよ。
箱を作って遮蔽材の加工をしたら転移でしょー。向きの調整をしたら反対側も同じように作って、あたいが砂を浜から運んでくる。水で砂を均して鉱石を詰めた遮蔽材ボールを6個用意してー。道路で蓋をしたら注意書きを書いた立札つけて完成ーって、半日掛かったし。
砂が重くって疲れたー。
アリスをトラクに送るとシロルがお弁当作って待ってた。
「そんな事だろうと思ってました。これお持ちください」
「シロルー、ありがとー」
渡されたバスケットを持ってセーシキドーで一人でお昼だよー。
食べやすいように具材を薄めのパンで挟んであるねー。色んな味がするー。齧ったとこを見ると野菜、果物に薄切りのお肉。黄色いのはなんだろーね?白っぽいソースが味を引き締めてる感じで美味しーよー。
飲み物は容器に穴があって。細い筒を差し込んで吸えと言ってたねー。おー、果物のジュースだー。色々混ざってる。
バスケットに4つ入ってたパンは全部ペロッと食べちゃったー。
白青茶色の動かないボールを見ながらボーッと過ごす至福の時間だよー。
「おお、ミットさん。来てたのかい、街道整備と言っとらんかったか?」
「もう終わったー。パルザノン川の山越えを転移で抜けられるよーにして来たよー」
「ああ、あそこを繋いでくれたのかい。2日儲けたわけじゃの」
「後は道路班が来ないとねー。ガルツには交渉したからすぐに何台か回してくれると思うんだけど、あいつらも遠隔地ばっかりの上に、忙しいからねー」
「そうじゃの、見知らぬ土地で何十日も作業するのじゃ。大変な仕事じゃの。ワシらのようにポンと家に戻るわけにもいかんしの」
「そーだねー。あの網の模様がどう働いてるのか分かればできるかもだけど、まるっきりだしねー」
「あれはワシもサッパリじゃで。距離もなかなかぴったりとは行かんようだしの」
「出口と入り口が結構ずれるんだよねー。でも用意する立て札が増えるだけで特に害はないからー」
その後は2人で窓から見える世界をしばらくボーッと見てたよー。
エイラ 〜〜 転移、浮揚、圧縮。少しくらい能力が使えたって世の中は不自由なもの。この世界であたしは気ままに商売をしたいんだ。
と言う長タイトルの投稿を始めます。
この作品 フロウラの末裔 から遡ること30年。エイラとサツキが生きた時代のお話。
エイラはミットの姉弟子に当たります。
初日投稿3話 それ以降は週2くらいのペースでいこうと考えています。