9 トカタ村・・・アリス
これまで:内海の外輪山越えは転移陣の見様見真似で解決を見た。トラクは内海周遊路を終わらせ、サイナス村から西へ新たな旅はトカタ村に進む。
そのまま畑へ行くと言うので、老婆の案内に従って進んで行くと前の方から悲鳴が上がった。クロが足を止め背中の老婆とリリーが見えるように体を捻る。
「わしじゃぞえ。リリーもおる。大丈夫じゃ」
2メルに近い体格のいい男が進み出て来た。
「ばあさま。びっくりさせんなや。なんじゃいこいつらは?」
「旅の人よ。東から来んさった。あの山脈と湿地を渡っての。湿地に立派な道ができておる。わしが見て来たぞ。ああ。まだ名前を聞いとらんかった。わしはグロースじゃ」
「あたしはアリスでーす」「ミットだよー」「あたくしはシロルです。この子はクロ。言葉は話せません。模様違いでミケも居ます」
「村長のズーニスだ。ばあさまと孫が世話になった。この村はトカタ村という。トリスタンから来た人がもう8年も前か?旅の人など久しぶりじゃ。ここはどん詰まりだでのう」
「それがどん詰まりでは無くなるぞ。東に道ができたんじゃ。山の向こうへ行けると言うておる」
「まーたまた。ばあさまは見て来たようなホラを吹くからのう」
「こんの!クロ、降ろしとくれ、この恩知らずをぶちのめしてくれる」
ズーニスが笑って見守る中、クロがしゃがんで腕を戻す。リリーを地面におろすとグロース婆さんが大股でズーニスに詰め寄った。呆気に取られるズーニスの頬に強烈な左の平手打ちが決まった。どすんと尻餅を突くズーニス。
「ヒュー」
ミットの声にハッとしたようにズーニスが口を開く。
「ばあさま、足!歩けるんか?あ、今のは左!腕はどうなっとる?」
「う、えっ?痛くない?」
ガバッとズーニスが小柄な婆さんに抱き付いた。
「なんやしらんが良かったのう」
「むぐう、このクソたわけ、わしを殺す気か。苦しいわ!」
「お、お、すまん」
畑は取り入れの準備だね。豆と小麦。総出で乾燥棚を準備中ってとこだね。穀物はいいね。サイナス村は芋類が主になりそうだからいい交易ができそうだ。
「収穫楽しそーだねー。ちょっと手伝って行こーかー?」
お、ミットも乗り気だ。
「そうだね。取り入れが終わるまでお邪魔しようか?」
「わーい、お姉ちゃんたちが居てくれるって、わーい」
なんかリリーちゃん、喜んでるね。
「で、なんか手伝うことはあるかーい?」
「いや、お客人に手伝わせるわけにも行くまいよ。それにあと一つでここも終わりじゃで。午後からは広場で前夜祭じゃ。そっちには参加できるんじゃろ?」
「あ!ズーニス。この人ら、東から来たんで村へ入る道がないんじゃ。おまえなんとかしてやれ!」
「東から道?あー、そうなるのか。そうか、道はないな。住んでる家を潰すわけにもいかんな。どうしたものか」
「家を建てて引っ越してもらうのはどーお?これから交易が始まったら真ん中に10メルの道が要るよ。今のうちにやっちゃおう」
「アリスさんと言うたか。家なぞそんなポンポン建つもんじゃない。簡単に言ってもらっても困るぞ」
「まーまー。一軒建ててあげるからそれ見てから言おーねー」
「一軒って1月はかかるだろ。ほったて小屋じゃ人は住めんぞ?」
「ちゃんとしたのを建てるよ。引越し込みで半日?場所を決めてちょうだい」
「おう!ちょっと抜けるぞ。頼むな!」
「「「「おう」」」」
グロース婆さん、シャンシャンと歩いてるね。なんかこんなに効いたのって初めてだよね。
「ヤルクのとこは爺さん婆さんヤルクに奥さん子供が3人か。場所はこの辺りだな四角に棒を立てるからその中でやってくれ。今の家も見るか?」
「はい。でもいいの?人ん家だよ?」
「ああ、留守番が居るからな」
お留守番は足の悪いおじいちゃんと下の子が二人。
ヤルクさんの家は平家で、居間に台所、寝室が3つ。トイレとマキ小屋が別になっている。えーっと、ここに7人?狭まっ!
「ねー、さっきあんたが立てた棒ー、ここより狭いじゃん。可哀想でしょー?」
「ズーニス!どう言うことだい。やる気あんのかい!?」
あ、グロース婆さんが切れた。
「しょうがねえだろ。土地がないんだよ」
「何言ってんだい、開墾してない土地なんかいくらでもあるだろ。今だって狭くて大変だってアリサが零してるんだ。なんとかしておやり!」
まあ見本になるからサービスしちゃうけどね。
「おじいちゃん、足が悪いんだって?」
「ああ、そうなんだ」
「ちょっと見せてね。
おばあちゃんは元気なの?」
「あれはまだ動けるでな、料理の手伝いへ行っておる」
「料理を作るんですか?是非あたくしにもお手伝いさせてくださいませんか?」
おっと、シロルが食い付いた。
「グロース婆ちゃん、そっち仕切ってくれるー?こっちはなんとかするからー」
ミット、ナイス!
シロルはグロースと準備に行った。
「新しく家を建てようと思うんだけどどんな家がいーい?」
「わしはここで生まれ育ったからのう。この家で死にたいのう。体がこんなじゃでのう。この頃はもうそればっかり考えておるんじゃ」
「そっかー。他に痛いところはあるかな?」
「うん、腰がの。首もよう動かんくなった」
「ちょっと見せてね」
「グロースはワシとそう変わらん歳なのに、あんなに動けるんじゃのう。羨ましいのう」
「おじいちゃんだって頑張ればまだ行けるよ。お外見に行こう」
「何を言っとる。わしは……」
「玄関までだから頑張って歩いてね」
あたしは引き摺るように爺さんを立たせ肩を支えて玄関まで行った。クロがしゃがんで待っているその背中に爺さんを預ける。
「強引な娘じゃのう。じゃが外など久しく見なかったの。本当に秋の風が吹いておるわ。明日からは収穫か。見たいのう」
「そうだね」
クロがスッと立ち上がる。
爺さんの口からオホッと声が漏れた。クロがズンズンと予定地に向かって進む。
「ほう、ここはまだこんな感じか。ここはわしらが切り拓いた土地じゃ。何も作っておらんのじゃのう」
「じいちゃん、あの棒が見える?」
「ああ、4本立っておるの」
「ここに家を建てようと思うんだよ」
「わしらの家か?なんでじゃ?」
「東に道ができたから。交易路が要るんだよ。村の真ん中に10メルの道路を貫くの。今の家はその邪魔になる。村を大きく迂回する道も作れるけどそっちの方がいいかな?」
「それは……迂回されてはどん詰まりのままじゃ。道ができると言うことは旅の人も通るじゃろう。絶対ダメじゃ。人が行き来しなければここはどん詰まりのままじゃ……
交易路と言うたのう。どことどこの交易じゃ?」
「トリスタンとこの村、山脈の向こうのサントス村。その向こうにパルザノンという大きな街。ずっと先にハイエデンという大きな街があるよ。サントス村は海辺の村、近くて魚やカニ、芋なんかが採れる。逆にここの小麦や豆が欲しい。今はまだ50人くらいの小さな村だけどね」
「何を言っとるか。ここだって80そこそこよ。そうか。ならばわしはここへ移るぞ。わしが開いた土地じゃ、なんの不足があろう」
「家はあたしが建てるよ。今から始めるから見ててね」
「おい今からって、娘2人でか?」
ズーニスさん、ずっと他人事みたいにしてたくせに。
「そうだよー。まあ見てなってー。奇跡担当のアリスさまのでっばんー」
もう。煽らないでよね。
喋っている間にマノさんが設計を引いてくれてた。ざっと見たけど、さすがよくできてる。トイレもお風呂も付いた地下室付きの2階建て。
敷地にナノマシンを撒いて行く。早速屋根のてっぺんが青い一本線で地面から浮き上がるように現れた。
「「おおっ」」
小さな三角の棒が持ち上がるにつれて裾を広げ、大きな三角屋根になって行く。青い屋根に白い壁。
「「おおおっ」」
ついに三角屋根が地面から全貌を現したが、その下からさらに白い壁が続いて持ち上がってくる。
「ここが2階。寝室と子供部屋だね」
「なっ?2階?」
「まあ見てなってー」
2階の二つずつある窓がすっかり見えるようになった。15メニ経つと一階まで建ち上がった。
「1ハワー掛からなかったねー。まだガワだけだけどねー。外の整地はズーニスがしてあげなよー」
「いいよ。今やっちゃうから。おじいちゃん、中を見たいでしょ?」
あたしは家の周りの隙間を中空ブロックで埋めて行く。こうすれば隙間がないので後から陥没したりしない。
クロがお爺さんを背から下ろしている。
お爺さんはゆっくりと歩いて入り口へ向かった。あれは足が痛いなんて忘れてるね。長年の習慣で用心深く痛みが来ても倒れない歩き方をしてるだけだ。
「さあ、サービスタイムだよー。直すとこがあったらバンバン言ってよー。今言わないと次はお金取られるよー」
「ねえ、ミット。サービスタイムって何?」
「さあ?なんだろね?」
知らんで言ってるんかーい。
ミケがセルロースを4本担いで来てくれた。
入り口にドアはまだないので早速作る。重厚な濃い色のドアをミケが取り付けてくれた。
中へ入ると居間。家具がないのでだだっ広い。壁や天井は全部白。床は明るい薄茶色。
左手に広めの台所。3連の竈以外にシンクも棚も何にもない。
「ズーニスー、その木質台所に運んでー。重いから気をつけてねー」
シンクに作業台と棚を作ってズーニスに並べてもらう。居間に戻って大きなテーブルと椅子を8脚つくった。
台所の隣にはお風呂場。台所からお湯を運べば湯浴みができるだろう。温泉を掘るかは決めて無いけど、ここに掘れば引越したい人が目白押しかもね。
居間の隣は広めの寝室が2つ。介護もできるように広くしてある。そこにはベッドと衣装箱小テーブルに椅子を二つ作った。あとはトイレと階段室。ひとつは裏口から地下へ降りる。その傾斜の上に重なるように2階へ上がる階段がある。
2階へはミットが木質を浮かせて送り込む。ズーニスさん、体格の割に体力がないんだもん。
主寝室と客間に子供部屋。それぞれにベッド、衣装箱に小テーブルを置いた。
屋根裏部屋もあったけどそこは好きにしてもらおう。
お爺さんは2階も見て回り呆けたようになっていた。
「こんな立派な家に住めるんかの?夢では無いのか?」
「おう、そろそろ広場へ戻らんと。先に行ってるぞ」
お爺さんは2階からゆっくりと降りてクロの背に乗った。クロは足早に広場へ向かったが、すでに皆集まって乾杯が始まっていた。ズーニスが挨拶をしている。
「……ご苦労だった。
さて、もう聞いていると思うが東からお客人が来ている。あの山脈を越え、湿地帯を渡ってここまで来てくれた5人だ。この村は東の街とトリスタンを結ぶ中継地となるということだ。
そのためこの村の中央通りの拡幅をしたい。移る家はお客人の手を借りて俺がなんとかするから移転に協力してくれ。住み慣れた家を出るのを躊躇う気持ちはわかるが、北の土地にヤルクの家を建ててもらった。
近々引越しすると思うがそれまで中は自由に見てやってくれ。重ねて立ち退きに協力をお願いする」
「おっさん、好きホーダイ言ってるねー。後でガッツリ締めてやるー」
出ている料理を見ると明らかに浮いている料理が2、3ある。だから美味しいのがどれかすぐ分かった。
前夜祭は飲みながら食べながら、おしゃべりの渦がすっかり暗くなっても続いた。何度も東の街と道中の話を聞かれた。新しい家のことも聞かれた。あたしとミットがすっかり疲れているのをシロルが見いていて、トラクまで連れて行ってくれた。
みんな興奮状態でなかなか逃げ出せなかったんだもん。
・ ・ ・
「ミットー。これって何軒目だっけ?」
「んー?12ー?22ー?途中に長屋が入ったからねー、よくわかんないよー。でもあと2軒でこの村の家は終わりだよー?」
ミットの交渉が裏目に出たのは初めてじゃ無いかな?
前夜祭で好き放題言われて、次の日にミットがズーニスを締め上げに行ったんだ。最初はすまんすまんと謝っていたズーニスが、言った一言がまずかったらしい。
横で聞いていたグロース婆さんが切れちゃって、そっちを押さえなくっちゃいけなくなったところへ、ヤニス爺さんだ。
あたしはそこから居合わせたんだけど、爺さんは爺さんでどれだけあの家ができて嬉しいか滔々と喋り出したんだ。
そしたらその話にグロース婆さんが乗った。
「ズーニス!あんた、あれだけの大口を叩いておいて!村の家を半端にして置くつもりかい?
ここは東西を結ぶ街道の中継地だよ。山越えの重要な場所になるんだろ。こんなしょぼくれた建物ばかりの村で誰が交易しようと思うかね?
あたしの代で貯めた銭。先代から伝わる鉱石と武器防具、全部出して建て替えをお願いするんだよ!」
まあそんなの大した金額にはならないんだけどね。ああ出られては邪魔になる家だけでも10軒からあったんでミットが折れちゃった。
あたしらもせっかく作る道だからね。発展して欲しいじゃない。あと2軒が終わったら商店を2軒と、でっかい倉庫をつくればおしまいだ。がんばろー。
「とは言うものの気分転換は必要だね。今日はこれでおしまいにして遊びたい。
ミットー、お空の散歩頼んでいーい?」
「おっ、アリスー、なーに?やんなったー?」
「そーじゃ無いけどね。ちょっと息抜きー?」
「よーし。行こー行こー」