蜂蜻蛉乱獲戦 ー後ー
「ギチィー!」「「「ギチギチ!!」」」
「はぁ……、はぁー……。相変わらず、しつこい連中だ、こったな」
蜂蜻蛉の巣を放火し、火を免れた奴らに追われて十数分、俺は息も絶え絶えになって逃げる羽目になった。
どうも巣を焼き払われたのに相当ご立腹のようで、奴らの追跡も鬼気迫る勢いだったのが主な原因だ。
流石に蜂蜻蛉同士で体当たりをしてピンボールみたく加速して突っ込んでの決死隊には度肝を抜かれた。
顔のすぐ側を蜂蜻蛉が掠めて幹に衝突したりするから、ほんと心臓に悪い。
「でも、これで……、俺の勝ちだ!」
『風魔法』で体を横に叩き強制カーブをいれ、罠地帯スレスレの進路を駆け抜ける。
蜂蜻蛉が数匹糸に絡み取られ、全体が急停止した所でスライディングで蜘蛛の巣を彷彿させる糸が張り巡らされた罠地帯の外側へ抜け出す。
「「「ギチギチィー!?」」」
「今だ! 出て来い、イセット!」
(ゴロゴロー!!)
当然、蜂蜻蛉は引き返そうとするが、それを立ちはだかる格好で白ドレス纏った妖精……イセットが舞い降りる。
この罠地帯はUに張ってから更に罠で蓋する形で1箇所だけ出入り口が設置されており、イセットはその唯一の脱出口の真ん中の枝葉に作った『偽装』繭の中で待機していた。
一瞬身構えたが、イセットの外見を見てか強引に突破出来るとみて突撃した蜂蜻蛉たちだったが、それはイセットの鼻先にも届かず止まる。
「もうチェックメイトだ、お前たちに逃げ場はない」
イセットが繭から出てきた時、一緒に予め準備しといた糸を『操糸』で操り脱出口を塞いでいた。
イセットにMPを使わせるのはほんとっっっっに悩んでの苦渋の決断だったが、本人からこれだけでも懇願されて仕方なく、これにだけ許可を出した。
ちらっと脇目にイセットを見たが、幸いにもどこも欠けてないし、苦しんでもいない。
「……って、ほっとしてる場合じゃないか。まだ仕上げが残ってる」
『風魔法』を発動し魔力を広めて蜂蜻蛉があるとこの空気を掌握、後は魔力を集め力一杯力む感じで溜める。
溜めて、溜めて、溜めて………………
「ッ、今!」
ダムを決壊させるように一気に開放し、罠地帯の奥側だけを思いっ切り搔き乱す。
そしてこの状態で『固定』し、蜂蜻蛉共の自分の意思とは関係なく暴れ狂わせ続ける。
まるで局所的な嵐が起きた様相だが、罠の耐久実験は済ましてあるので飛んできた蜂蜻蛉がぶち当たって千切れる、なんてことはない。
それと既に罠に掛かって身動きが取れない蜂蜻蛉はイセットが強糸を首の節に入れて締め落とすことで次々と始末している。
『操糸』を使ってるふしもないのに、よくあんなサクサクとやれるな……やっぱイセットは異常なほどに器用だと改めて思い知らされる。
「ん……? あいつら、また何を……」
このまま何事も無く作戦成功かと、魔法を維持したまま蜂蜻蛉の始末に参加しようと思った矢先、蜂蜻蛉共から妙な動きし始めた。
荒れ狂う風に揉まれながらもお互いにしがみ付き、固まる。
そのまま蜂蜻蛉の塊が可能なだけ広くくっ付くよう測って接着する面積を潰したのかと思えば、風に乗ってそこに辿り着いて蜂蜻蛉が全力で同族を踏み台に糸を引き千切らんと押し進む。
それが1匹、2匹と増え……遂に10匹超えた辺りから支えの樹木からギシギシと嫌な音がなり響く。
偶然か、それとも執念がなした業、それが起きてる場所は俺のすぐ目前にいる木々の間だった。
表情はある筈も無い蜂蜻蛉の頭の複眼から、絶対にお前を殺してやるという憎悪に歪んでいるかに見えた。
「「ギチィィー!!」」「「「「ギチギチーッ!!」」」」
「「ギチィィィーッッ!!?!」」
「そうか、そんなに俺を殺りたいか……ま、そりゃそうだよな」
何せ先に襲われているからと言っても俺はこいつらの母親と同族、終いには巣で産まれたて子もまでもを虐殺した張本人だ。
WCOの魔物のAIにも感情がちゃんとある、ならさぞかし俺が憎いことだろうよ。
だが、だからと言って大人しく殺られるつもりは微塵もない。
「だが、俺にだって大事なもんが出来たんだ」
もし、俺が一人だったら同情か偽善かで待ち構えて気が済むまで奴らと殺し合ってたかもしれない。
が、ここで俺がそんな真似をすればイセットはまた命を投げうってまで俺を助けに来てしまう。
いや、それどころか今もこの状況に気が付くとすっ飛んで来て無茶をやらかしかねない、今は木々や始末してる蜂蜻蛉がブラインドになってて見えてないから来ないだけなのだ。
そんなことはもうさせない、何がなんでも奴らを罠を食い破る前にケリを付ける。
「これは、あんまやりたく無かったんだけどなぁ……。はぁー、ふぅー……」
『風魔法』の嵐と『固定』を解除し、深呼吸して心を落ち着かせ、もう一度『風魔法』発動してから集中する。
これはまだ試してすらいない上、範囲を誤ればイセットまで被害が出かねないリスクがある。
後、俺は間違いなく無事じゃ済まない、だからなるべく使いたくはなかった。
それでもやるしかない、これ以外には二人揃って生き残る方法が俺には思い付かない。
「イセット、ここから遠く離れろー!!」
「……ー!?」
「早く、時間がないッ!!」
俺の叫び声でようやっとこっちの状況に気付いたイセットが迷う素振りを見せ、不安気に俺を見詰める。
それに大丈夫だと念を送るように目を逸らさず見詰め返すと、1つ頷いてから指示通りに離れていく。
「ありがとな……。後は任せろ」
俺を信じ離れていくイセットの背に向けて呟き、研ぎ澄ました魔力を開放させた瞬間。
ブウゥィ――――――――ンッッ!!
―― 羽音に似た轟音が森中を轟かす。
「「「ギ――――ッッ!?!」」」
「ぐ――ッッ!?!」
今でも糸の檻をぶち破って飛び出そうになっていた蜂蜻蛉共の動きが一斉に止まり、突然力が抜けたようにひらひらと墜落してゆく。
やってることはただの女王蜂蜻蛉の真似事だが、予想通り効果抜群だな。
無論、轟音のど真ん中にいる俺の体が平気な訳もなく、鼓膜などはとっくに破れて俺と蜂蜻蛉の呻き声を最後に何も聞こえなくなっている。
構わず轟音を鳴らし続けてると蜂蜻蛉共が次々と行動不能になって行く。
俺も所々皮膚が弾け血が吹き出てるが、魔法を解除したりはしない。
お前らが先に全部落ちるか、俺が力尽きるか……根競べ勝負と行こうか。
後残り12匹……8匹、7匹……5匹っ。
4匹、3匹っ……そろそろ、手足の感覚が怪しくなってきた。
2匹……全身が血に塗れべっちゃりとし視界が赤く染まる、MP残量も心許ない。
そして遂に最後の1匹も力尽き地に堕ちる――
「――――ッ!!」
「――ッ!?!」
―― 寸前に少し破けた隙間から死力を振り絞り俺の目先まで針先を向け吶喊して来た。
もうここから回避は無理だ、そもがそんな体力もとうに無い。
魔法のせいで前の時みたいにイセットは助けに来れない。
正しく絶体絶命どう考えても、もう助からない……
……だからって、ここで死んでたまるかッ!!
顔面を貫かんばかりに迫って来た針を首を捻って噛みつき、受け止める。
歯は砕け散り、首は可動域の限界で軋みを上げるが、それにも構わず噛み千切るつもりで顎に力を入れ、針を咥えて蜂蜻蛉を拘束。
そのまま蜂蜻蛉へ拳を振り下ろし地面に叩き付け、舞い散る火花と共に命を散らした。
同時にMPが尽き魔法での轟音が止まり、代わりに足元から炙られる感覚を襲われる。
視線を下げて見るとさっき殺した蜂蜻蛉が糸を薪に炎上していた、そして殴った拳はいつの間にか炎の爪が握られている……どうやら無意識の内に暗器で取り出してたみたいだ。
でも、丁度いいこいつを……あっちに、投げる。
そう心の中で呟き、燃え盛る蜂蜻蛉を他の蜂蜻蛉が密集して倒れ、縺れている所に投げ入れる。
すると一瞬で火の手が広まり、そこにいた蜂蜻蛉だけでなく糸伝い他の奴らも猛火に包まれていく……これでやっと蜂蜻蛉との戦いの幕が閉じた。
「あぁー……イセット……ここか……離れ……」
その間ほんの僅か回復したMPで片方の鼓膜を治し、声が聞こえるか確認してイセットを呼びかけて避難を促す。
後は俺も回復し次第MPを絶え間なく使い、徐々に足を治しながらゾンビの如く体が引きずりその場から死に物狂いで逃げ去って行った……。
♢ ♦ ♢
「今回も……結局死にかけたなぁ……」
(ゴロゴロ!)
「痛ててっ、分かった俺が悪かったから! 次からもっと気を付けるよ……多分」
(ゴロゴロ!!)
「ぐはー!?」
何とか火に囲まれる前に逃げ出した俺とイセットだったが、全身ズタボロの俺と合流してからイセットの機嫌が悪い。
まぁ、「心配させて!」って意思表示なんだろうけど傷が治りきってない箇所をゴロゴロするのはやめて冗談抜きで結構痛いから。
そんな漫才じみたことをしながらも、巨大繭が辛うじて見える場所に着いたとこで、それに気付いた。
巨大繭の前で見覚えのある服を着た何か相談しているような4つの人影と、俺にも付いているであろうダイブマーカ。
「プレイヤーだ……」
それは俺がこのWCOへ来て初めて遭遇するプレイヤーの集団であった。
祝! 初プレイヤー遭遇……あれ、なにか忘れてるような?