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第45話 結託から始まる戦い

「いや、別に……」

「え、えぇ~!? ウチに入ったのに、俺のこと知らないって……え、何? ドラマとか観ない人?」


 ドラマ?

 じゃあ、この男はアクセルターボに所属してるタレントってことか。


「ん~……」


 わっ、何だこいつ。

 急に人の顔をじろじろ覗きやがって。


「可愛い……ねぇ、君。この業界のこと、まだ何も知らないんでしょ? 俺ならいろいろとアドバイスも――」


 う、うざいなぁ。

 こっちはもういい加減、他人に構ってる暇なんて無いのに。


 あ~、こんな時でさえ女のフリをしなきゃならない自分が恨めしい!


「あれ、その人」

「……どこかで、会った……?」


 やがてこちらの騒ぎを見て、みんなも席を立った。

 美咲といつきは首を傾げながら、どうもこの男に見覚えがあるようだけど。


「村岡くん、何しに来たの?」


 あっ、冴子さんはちゃんと知ってたみたいだ。


「おぉ、室井さん。久しぶり~! あのさ、西川さんどこ行ったの?」


 屈託ないというか図々しいというか……とにかくこの男、マイペースを周りに押し付けてくる。

 苦手なタイプだ。出来ることなら、関わりあいを持ちたくない。



 ――と、そこへ



「どうした、誰か来て……おい、聖矢」


 ドアの向こうから西川さんと、隣りにいた2人の男性も戻ってきた。

 たぶん隣の部屋から騒がしさを聞きつけて、来てくれたんだろう。


「あ~、やっと会えたよ。ちょっと西川さん、何だよ今月のスケジュール! 虫食いだらけじゃねぇか!」


 すると途端に、この村……何てったっけ、とにかくこの男は西川さんの方にズケズケと歩み寄り、物言いを始めだした。


 ……よし、この隙に撤退してしまおう。



「あゆみちゃん、平気だった?」

「あぁ。まぁ……」


 出迎えてくれる由香は、すぐさまドアの方を見てムッとする。

 たぶんこの娘も、俺と同じ印象をあの男に抱いてるのかもしれない。


「冴子さん、あの人は?」

「あぁ、彼はね。村岡 聖矢(むらおか せいや)っていうアクセルターボに所属するアイドル……ではあるのよ」


 ではある、なのか。


「マネージャーが西川さんだから、割と早くに歌やドラマにといろいろ出演の機会は貰えてたんだけど……ただねぇ」

「ただ?」


 そう説明しながら、冴子さんは頭をひねる。


「彼、どうにも女癖が悪くて。気に入った女の子がいたら、同業者だろうと構わず声をかけまくってね。今じゃ、いろんな事務所から共演NGされてるの」

「へ、へぇ~」


 そうなのか……思った通りだ。

 あの村岡とかいう奴、やはりロクなもんじゃなかった。


「――もう、あのことは反省してる! ね、だから頼むよ! 俺を見捨てないでくれって」

「わかった。わかったから……」


 西川さんも手こずってる様子だ。

 今まで敏腕マネージャーってイメージしかなかったから、ああいう姿は新鮮に見えてしまう。


「聖矢にもちゃんと」


 あっ……おっとっと、目が合っちゃった。

 不意に一瞥してくるもんだから。


「仕事は用意してやるから。だから今日は、な」


 ビックリした~。

 なんで西川さん、今こっち見たんだろ?


「あぁ、頼むぜ。じゃあ俺は……っと、その前に」


 あぁ、どうやら向こうの話は済んだみたいだ…………って、なんであいつこっちに来るんだよ!?



「へへっ。君、名前なんて言うの?」

「えっ……本城、あゆみ」


 えっ、俺に用があったのか。

 なぜ名前を……


「俺、村岡聖矢っていうんだ。この先、嫌でもこの名を知ることになると思うぜ?」

「はい……そりゃ、どうも」


 うわぁ~……笑うな!

 歯を見せるな、歯を。


「またどっかで会おう。じゃあな、あゆみちゃん!」


 そうして、村岡という男はドアの外へ駆けていった。

 ……何だったんだ?



「あゆみちゃ~ん」



 すると背後から、冴子さんがポンッと肩を叩いてきた。


「気に入られたみたいね。良かったじゃないの……ぶふっ」

「へ…………ゲッ!?」


 あぁ、そうか。

 女癖が悪いという奴に気に入られた……ということは!

 うわぁ~……嫌ぁ~。

 いや~、いやぁ~…………絶対、嫌ぁぁぁ~。


「あゆみたん、ああいう人は女の敵だよ。ちゃんと警戒しなきゃ!」

「あゆみは特に……可愛いし」

「でも、おかげで私たちは声かけられなかったよ~」


 人差し指をビシッと向けてくる美咲。そして、いつきに由香。

 その言葉が傷口に塩を塗る行為にあたるとは……本人たちは気付くまい。



「ふう。あいつは全く……あっ、すまないみんな。まだ相談中だったかな?」

「いえ、もう――」


 そうして再び、アクセルターボとの交渉は再開された。


 こちらの返事はイエス。

 ライブまであと9日と時間も無いため、すぐさまこの場で具体的な話が始まる。




「――それじゃ、話はまとまったね。明日から動画の投稿のほど、よろしく頼むよ」

「はい。ライブ終了後のネット配信にもたくさん人が集まるよう……ですね」


 西川さんと冴子さんが、互いに確認し合った内容。

 それは、ライブ当日までの大まかなシナリオの流れだった。


 まずハレーション側が『ライブを乗っ取るぞ!』という主旨の煽り動画を投稿。

 そして、それは各マスコミメディアによりニュースにされる。

 騒動を受け、サンシャインは堂々とその挑戦を受けると宣言。


 ライブ前日に両者あいまみえた記者会見を開き、いざ決戦へ……という運びだ。


「しっかりね。今回の企画がもし上手くいけば……そうだな。君たちさえよければ、またここに復帰できるよう取り計らってもいいぞ」

「ええっ!? ホントですか!」


 途端に、冴子さんの目が輝いた。

 まぁ、その方がアイドルの活動はしやすいかもしれないけど、何もそこまで……あっ!

 そういや冴子さん今、無職なんだっけ。


 今のままじゃ、当分いつきにも頭が上がらなさそうだし。

 まぁ、そうか。必死なのも分かる…………って、おいおい。


 俺だって、呑気に構えてる身分じゃないんだった。


「よかったな、室井くん」

「がんばろうよ、お互いに」


 西川さんの隣りにいる2人の男も……あっ、そうだ。

 この機会に聞いとこう。


「あの、すみません。不躾なのですが……お2人は」

「あ……あ~あぁ、申し遅れました! アクセルターボで事務をやっております沢口と申します」


 ふくよかな体型の沢口さんが、そそくさと名刺を差し出してくれた。


「同じく、岡島です」


 細みな体型の岡島さんも、同じように。


「あは、どうも……本城あゆみと申します」

「存じてますよ」


 一応、礼儀だと思って……でも、2人の朗らかな笑顔を返されてしまう。


「あら、あゆみ。知らなかったの」

「ここに通ってた頃、結構会ってたよ?」


 みんな、顔をキョトンとさせてる。

 どうやら彼らのことを知らなかったのは、当時は新在者だった俺だけらしい。





「あ~、終わった。終わった~!」


 会議は無事に終わり、西川さんたちとも解散。

 今俺たちは、両手をぐ~っと伸ばす美咲を先頭に出口へと歩いていた。


「……なんか拍子抜け。緊張して損した……」

「そうね~。チーフ、私にクビを申し渡した時は、あんなにすごい剣幕だったのに」


 腑に落ちないという様子のいつきと冴子さん。


 俺も同感だ。

 すっかり毒気を抜かれた……いや、やっぱりどこか腑に落ちない。


「西川さん、ホントに怒ってたの?」

「えぇ、そうよ。出社してすぐ『僕の顔に泥を塗りやがって。二度と顔を見せるなー!』って、追い出されたんだから」


 う~ん、そっか。

 さっきも少し感情を抑える素振りぐらいは見えてたけどなぁ……でも、こちらを咎めるようなことは最後まで無かったし。


「それだけ、今度のライブを成功させたいってことかしらねぇ」

「……そうかもね」


 仕事のために感情を捨てて……ってことか。

 サンシャインをあそこまで売り出した人だから、そのプロ意識も並じゃないんだろうな。



「まぁまぁ、いいじゃないの3人とも! あたしたち、いきなり月形ドームのステージに上がれるんだよ。スターの仲間入りだ~!」


 感極まってか、その場で駆け回る美咲。

 身体を屈ませながら、両手を広げて……飛行機のつもりらしい。


「びゅうぅ~ん!」


 最初は「ファンにウソつくの嫌だ!」とか、ムクれてたくせに。

 あの後、会場の写真やら過去のライブ映像を見せられたら、目をランランと輝かせるんだもんなぁ。


「お姉ちゃんとライブかぁ……上手くいくかなぁ?」


 由香もそわそわしてる。

 もっとも、こちらは期待よりも不安の方が大きそうだけど。


「がんばろう、由香。みんなも一緒だから」

「うん……そうだね、あゆみちゃん。みんなと一緒に……私、お姉ちゃんに追いつけるんだ」


 そう声をかけると、彼女は徐々に表情をほころばせていった。


「長かったんだよな、これまで」

「うん、ずっと待ってた。待ち望んでた……」


 そうして手のひらを、ギュッと握り締めてる。

 その感慨深さ、いずれ姉の麗も同じものを感じることだろう。



「ライブ……そう、肝心のライブでわたしたち……サンシャインと渡り合えるかな? 会場のお客さん……たぶん、サンシャインのファンばかりだから……」


 そしていつきは1人、さらに先の心配をしていた。


 よく考えたら、そうだった。

 まだ少し売れ残ってるとはいえ、ほとんどのチケットはもうサンシャインファンの手に渡っている。

 俺たち……そっか、アウェーでやることになるのか。


「そうだったなぁ。あのネイチャー・ハウリング……あれにどう立ち向かえば――」

「え? ネイチャー……何?」


 頭を悩ませようとしたところ、不意にいつきに聞き返される。


「何それ? そんな曲あったっけ?」

「あゆみちゃん、え~っと?」


 そっか。

 そういやこの中で麗のネイチャー・ハウリングを知ってるのは、俺だけだった。


「あぁ、あのね。相川ホールに乱入した時に――」


 あの日、ステージ上で高石玲奈に耳打ちされたこと。

 そして目にした戦慄の光景……俺はそれらを、詳しくみんなに説明した。




「――ってことらしいんだ」

「そうだったの……いや、前からサンシャインの人気急上昇ぶりは目を見張るものがあったけど、そんなカラクリが……」


 にわかに信じがたいって様子だな、冴子さん。

 でもさ、そう考えると不思議と合点がいくんだ。


「……」


 みんなも唖然としてる。

 やっぱりショックだったのかな。


 これは格の違いとか、そういう次元ですらないんだから。


「……ず……」


 ん? 何か美咲がつぶやいたような


「ズ、ズリィ~~! 何それ、反則じゃん。そりゃ人の声って、生まれつきのものだけど! でもそんな、超音波って……えぇ~?」


 あらら……不満たらたら。

 思ったことを、そのまんま口に出しちゃってる。


 う~む、彼女らしいというか何というか……


「へ~、そっか。お姉ちゃんの歌、前から聴き心地良いなぁって思ってたけど、そうだったんだ」


 一方、すんなりと受け入れてしまった由香。


「でも、玲奈には……それが効かないと。なんでかは分からないけど……ともかくそれで、サンシャインのメンバーになれた、と」


 いつきは、うんうんと頷いている。


 なんだ……ショックなんて、全然受けてないみたいだ。

 みんな結構、たくましいんだな。



「うん、いつき。そうらしくて…………あっ、あれ」


 俺たちが歩いている廊下。

 そのふと、向こう側から歩いてくる人影。


 あれは!


「…………う~」


 ウワサをすれば、何とやら。

 高石玲奈ご本人だ。


 ……でも、何だかグッタリしてるな。


「玲奈、久しぶり」

「…………あぁ?」


 すれ違い様、声をかけてみた……が、ゆるりと睨み返されてしまう。


 わっ! 目の下にクマが出来てる。

 なんとも目つきの悪い……ファンには見せられない姿だ。


「玲奈たん……やっほ~。あの、この前はゴメンね……」

「次の月形ドーム、わたしたちも――」


 美咲といつきも、続けて呼びかけるが


「……ゴメン。もうホント今、眠すぎ…………なん、だぁ」


 玲奈は力なく、声にならない声を返した。

 彼女はまるで全盛期のナポレオンのように、ただただ睡眠を欲してるようだ。


「あららら。ごめんね、呼び止めちゃって。おやすみ~……」

「あ……ぁ~」


 手を振る美咲にガクンッと頷くと、玲奈はそのまま頭をふらふら揺らしながら通り過ぎていく。


 売れっ子アイドルも大変なんだな。

 あれっ、でもこの前の麗はそこまで疲れてなかった……


「あのさ、玲奈。麗みたいに催眠音楽の……アプリだっけ。あれ、聴いてないの?」

「……はぁ? 何言ってんの……そんなの知らん」


 不機嫌そうに眉をひそませると、彼女はどこかへ立ち去ってしまった。


 たしか麗はそのアプリのおかげで、効率良く眠れてるって言ってたのに。

 玲奈は使ってないのか……いやそれとも、疲れ過ぎてて思い出せなかったのかな?

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