第46話 明日は今日のために
「待ってぇ~い!」
「この会場は……いただいた」
「…………えっ!? あっ、私たちは、じ――」
「は~い。カット、カット~」
それから数日が過ぎて、今日は7月28日。
月形ドームのライブ開催まで、残すところあと2日となった。
「も~。また由香たんがNG出した~」
アクセルターボとの会議の翌日から、俺たちを取り巻く環境は目まぐるしく変化していった。
サンシャインに対する宣戦布告の動画をフーチューブに投稿すると、それはなぜか翌日の朝、テレビのニュースや新聞記事として報道された。
だが、もちろんこれはアクセルターボのコネ回しによるもの。
「うぅ……ごめんなさい、みんな」
世間の注目が集まる中、矢継ぎ早に投稿動画で煽り続けてようやく昨日、サンシャインはある情報番組で「いいでしょう、その挑戦を受けます!」と宣言した。
「気にしないで……こういうレッスンは初めてだから……でも、もう時間も少ない……」
そうして全てがシナリオ通りに進んだ今、俺たちは泉野邸のいつもの部屋で、ライブ本番に向けての特訓にいそしんでいた。
今日届いたばかりのMC台本と曲目リストを片手に、ちょっとした演技レッスン。
本格的なリハーサルは当日のライブ前に行うので、今日はその予行演習というわけだ。
「セリフは台本見ながらでいいのよ。落ち着いて、まずはゆっくりやりましょう」
指導するのは、久しぶりに意気揚々としてる冴子さん。
どうせならアクセルターボのスタジオでサンシャインと一緒にやっても良さそうだけど、それはどうもダメらしい。
今回のライブは『サンシャインVSハレーション』という対決が売り文句なのに、当の俺たちが相手の本拠地から出てくる姿を誰かに見られてしまっては、シナリオが台無しになる……という理由のようで。
まぁ、納得だ。
「じゃあ、もう1回最初から。よ~い……はじめ!」
スタート合図として、冴子さんが両手をパンッと叩いた。
「待ってぇ~い!」
「この会場は……いただいた」
「地獄の! あっ……わた……し」
あらら、由香がまたセリフを飛ばしちゃったよ。
う~ん、おかげでこの後に続く俺の出番が一向に訪れない。
「ゆぅ~かぁ~……」
「……ごめん、なさい」
冴子さんもいい加減、呆れ気味だなぁ。
由香の方は何だかそわそわしてて……どうも変だな。
「どうしたの、由香? なんかさっきから、心ここにあらずっていうか……気持ちが上滑りしてるみたいだけど」
「あ……うん」
尋ねてみると、由香は表情を沈ませた。
やっぱり何か、思い悩むところがあったのか。
「実はね。お姉ちゃんが……最近、家に帰ってこなくて」
「えっ、麗……お姉さんが!?」
由香の前で呼び捨てはやめた方がいいかな。
あっ、いや問題はそれじゃなくて……
「帰ってこないって。最近、忙しいから……とか?」
「うん。たぶんそうだと思うんだけど……なんかね、ケータイも通じないんだって。だから、お父さんもお母さんも心配してて、私も…………」
つまりは、音信不通と。
ん……? 彼女、そんな不摂生をするようには思えなかったけど。
「心配。とにかく心配で……あぁ」
「……由香」
そういうことだったのか。
この娘はよっぽど姉を思い遣って……心を痛めて。
「大丈夫……きっと大丈夫だよ、由香。仕事が忙しくてもさ、明日の記者会見には絶対会えるだろ?」
「あっ!」
そうさ。
明日は大事な大事な、マスコミを招いた記者会見の日。
その席に彼女が現れないなんてことは、絶対あり得ないはずだ。
「安心、した?」
「う……うん、ごめんね」
すると彼女は、気を取り直すように両手をグッと握り締める。
「よし! もう大丈夫……だよ。今は練習しなきゃ、だもんね」
「由香……うん! 冴子さん、もう1度お願い」
心を覆った闇を振り払うような、いい笑顔。
うん。こんな表情が出来るなら、きっともう大丈夫。
「よ~し。じゃあ今度こそ頼むわよ~……よ~い、はじめ!」
さぁ、仕切りなおしだ。
「待ってぇ~い!」
「この会場は……いただいた」
「わたしたちは、地獄の底から舞い戻った」
「逆襲のアイドル。ハレーションだ~!」
う~ん……今さら文句言う気も無いんだけど、このセリフ。
いかにも悪役だよなぁ。
――そして、翌日。
「報道関係者のみなさま。今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
ドアを半開きにすると、隙間から会見模様の全景が見えた。
マイクを手に挨拶している司会の男性の前に、多数の記者たち。
40脚ほどあるパイプ椅子に座る人たちは、それぞれに手帳やタブレット端末を携えている。
さらに奥の方では、各種カメラを抱えた人たちが壁に沿ってズラッと並んでいる。
冴子さんや西川さんの姿も、そこに見えた。
「ひえ~。なんだか緊張しちゃうね」
「そう……だねぇ」
美咲は嬉しさ半分、おっかなさも半分といった様子。
俺たちハレーションの4人は、記者たちから見て会見席の奥。向かって左側の控え室の中にいた。
右側にも同様に控え室があり、そっちにはサンシャインの2人がいるらしい。
「あそこ……座っていいんだよね……」
「うん、大丈夫だよ。たぶん大丈夫……」
いつきも由香も、そわそわしてるな。
かくいう俺も……考えてみたら、ハレーションがこうして堂々と衆目に迎えられる機会は今まで無かった。
「――それでは、ご登場いただきます。トップアイドルへ送りつけた1枚の挑戦状……ただそれだけを手に、明日ステージへ上がります。ハレーションです」
来た! もう出番だ。
「みんな、行くよ!」
「うん!!」
ドアを開き、美咲を先頭にして俺たちは、大勢のマスコミの前にその姿を現す。
パチパチ……パチ。
う、うん。さすがに静かだ。
まぁ、そりゃそうか。別にライブじゃないんだし……
こういう場所は、とりあえずにこやかにしておいて会見席に着けばいいんだろう。
「続きまして、数々のステージを踏み越え、今ようやく月形ドームという大舞台へ到達しました。泉野麗、高石玲奈、サンシャインです!」
うぅ、なんか謳い文句に他意を感じてしまうな。
……とか思ってる内に、やがて右の控え室のドアが開く。
「記者さんたち~、お待たせあそばせっ! サンシャインで~す!」
うわっ、いきなりハイテンションな高石玲奈。
今日はすっかり、アイドルスイッチが入ってる。
パチパチパチ、パチパチパチ!
わ~!
記者のみなさんもご機嫌だ。
さっきと違い、拍手は鳴り止まないし歓声まで沸いてる。
「……」
そんな中、すまし顔で玲奈の後ろを歩く麗。
「あっ、お姉ちゃん! 良かったぁ……」
それを見て、由香はほっとした表情で胸をなで下ろした。
この娘はずっと心配してたんだ……麗め、妹を避けるのもいい加減にしとけばいいのに。
「……はい。では両者が揃いましたところで、明日のライブについて――」
やがてサンシャインが席に着くと、司会者はカメラに映らぬよう、そそくさと端の方へ移動する。
会見席にいるのは、6人のアイドルたち。
長いテーブルの中央に少しスペースを置いて、右側の席にサンシャイン、左側にハレーションが座って、質問やインタビューに答える形になる。
「――ハレーションのみなさんは、かつてサンシャインさんと同じ事務所に所属してたということで。お気持ちはいかがでしょう?」
「あの、一緒に頑張れたらいいなって」
「……ちょっと、由香たん!」
正直に答えてしまう由香に、美咲が小声でツッコミ。
「……関係ない。アイドルは常に……戦国時代」
「そ、そうです! 昨日の友は今日の敵なんです!」
「なるほど、ありがとうございます」
ふぅ、いつきと2人でなんとかフォローに回れたか。
ひやひやした……みんな一応、サンシャインの敵って立場なんだから。
「サンシャインのお2人に質問です。今回の月形ドームもチケット完売されたということで、おめでとうございます」
「はい! おかげさまで~」
にこやかな笑顔で応えてる玲奈。
う~ん、登場してからずっと手を抜かないなぁ。
「今後もより一層のご活躍が期待出来るようですが、更なる目標など何かお考えでしょうか?」
「え~? ん~…………」
両腕を組んで、考え込むような素振り。
計算中、計算中……
「何も考えてません。今が……今、この時があたしたちの一番大事な瞬間……なんです」
神に祈るかのように、両手を胸の前で握って……たぶん、儚さを演出してるっぽい。
わざとらしい。いや、あざといって言うべきか。
でもなぁ……世間じゃ、こういうのがウケてるんだもんなぁ。
「あはは。どうもありがとうございます」
……しかし、さっきからどうも1つ気になる。
サンシャイン側は、どんな質問も玲奈だけが受け答えしている。
麗はずっと目を閉じて、黙り込んだままだ。
「…………」
以前からああいうキャラではあったけど、それにしたって……
「すみません! そろそろお時間なので、質問はここまでで。最後に、みなさんの明日にかけた意気込みを聞いてみましょう」
司会者のストップがかかってった。
ってことは、記者会見ももう大詰めだ。
意気込みかぁ……おおっと、手元にマイクが来た。
「あ、えっと……」
参ったな、俺からかよ。
「ここまで来たからには……もう、やるだけです。チャンスは掴み取ります」
……我ながら、ちょっとマジになってしまった。
でも記者さんたち、普通に流してるな。
別によかったのか。
「あの。私も……がんばり、ます」
続いて、由香が。
「こんな大きな会場でライブするの初めて! 今からワクワクです!」
美咲が。
「ハレーション……この名前、覚えておいて損はない……ですよ」
いつきも、それぞれの想いを打ち明けた。
「これを観てるみんな! 明日はもう、サンシャインと燃え上がるぞ~!」
そして、サンシャイン。
最後までキメキメポーズな玲奈。それに続き
「……」
麗の番……だと思うけど。
「…………」
相変わらず、だんまりだよ。
というか、手元のマイクに目もくれてないぞ。
あっ、するとさすがに隣りの玲奈が注意を促して
「……!」
ハッとするように、麗の目が開いた。
あの瞳、たぶん今日始めて見た気がする。
そしてマイクを手に取り……あれっ、席から立ち上がった?
これまでみんな、座ったまま答えてたのに。
ざわざわ……がやがや。
記者さんたちも、にわかにざわめきだした。
今までずっと沈黙を貫いたかと思いきや、急に1人立ち上がって……
「……~♪」
あっ! あれっ、歌!?
なぜ、こんな場所でいきなり歌い出すんだ。
「だっ、ダメだダメだ、麗!」
すると、奥で見てた西川さんが慌ててこっちに向かって来てる。
「~♪ ……!?」
そして途端に、麗は歌うのをやめた。
西川さんに注意されたから……なのか。
「ははは、申し訳ない。ここから先は、明日のお楽しみということで…………きみっ」
会見席まで辿りつくと西川さんは、司会者にキッと鋭い視線を送る。
その表情に普段の穏やかさは、とても感じられなかった。
……たぶん、冴子さんにクビを申し渡した時の顔っていうのがあれかな。
「は、はい! それでは、これにて記者会見を終了いたします!」
何だかよく分からないが、これで終わりみたいだ。
やがて、会場の記者たちが散り散りになって会場を後にしていく。
首を傾げてる人もいる……最後、ちょっと変な終わり方になっちゃったからか。
「さぁ、麗。こっちだ」
「……はい」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ~」
麗はそのまま控え室に連れて行かれて……玲奈も遅れて、それについて行く。
「あっ、お姉ちゃん!」
その後ろから由香が呼び止めて……だけど、麗は振り向かなかった。
せっかくの再会なんだ。せめて一目くらい……あっ、でもまだ会場に記者が残ってたか。
「由香たん、ほ~ら! まだあたしたち、敵同士だよ?」
「あ……うん」
ここは……可哀想だけど、美咲の言う通りにしよう。
ライブ成功のため、今はシナリオを守らないと。
この計画は、みんながWin・Winの関係になるように出来てるんだ。
あと1日だけ、お互い不用意に近付かない方がいい。
「明日までの辛抱だよ。明日になれば、きっとさ」
「あゆみちゃん……そうだね、がんばるよ」
たぶん麗も今、我慢してるはずだよ。
姉妹で同じステージに立てる、いよいよって時だもんな。
だからその分、ライブが終わった時には……
「うむ~……」
一方、いつきは会見が終わってからも、何かしっくり来てない様子。
「なんか気になるの?」
「いや……さっきの泉野麗……なんか違ったような」
たしかに。今日の彼女、様子が変だったな。
最後、いきなり歌い出そうとしてたし。
それに……毎度ビクッとなってしまうあの風格も、さっきは感じられなかった。
「みんな、おつかれさま。上手く出来たわね~」
「はい、何とか……ちょっと失敗しちゃいましたけど」
記者会見を終えて俺たちは、冴子さんと一緒に会場の建物を出ようとしていた。
外はまだ明るい……とはいえ、もう午後4時か。
「あのさ、ちょっと用事思い出して……私だけ、ここでいい?」
「えっ、あゆみたんもう帰っちゃうの!?」
いよいよ明日は、月形ドームでライブだ。
みんなで決起したいところもあるけど……でも、どうしても俺はこの後、行っておきたい場所がある。
そこでもう1度、自分の腹の内を確かめたい。
「うん、ごめん。明日は朝7時にアクセルターボに集合だったよね?」
「えぇ、そうよ。演者とスタッフは別々に行くことになってるから。私とカオルちゃんは、直接会場に向かってるわ」
「分かった。じゃあ、みんな……また明日」
みんなに背を向け、俺は走り出した。
あっ、でもこの格好のままじゃマズイな…………ひとまずアパートに戻るか。




