乾いた心
乾いた心
時計が狂い始めた。彼は詩が書けなくなった。麗のアパートを出てからである。
女の家に泊まるくらいなら、離婚調停中の妻のところへ戻ればいい。
しかし、麗のあの時の涙が気になっていた。
彼女はどこが気に入ってくれたのだろうかと思った。金はなし、男前ではない。
本当に自分の詩が気に入ったのだろうか?
「私を好きになれば」
あの言葉は自分を立ち直らせるためでもあったと感じた。それは麗の誤解であったが、麗に自分の生き方は解るはずもなかった。
彼は今の生き方に疑問を感じてしまったのである。
詩を書くことよりも人を愛すること。最低の状態のこの自分を認めてくれた、麗の気持ちが嬉しく感じていた。
彼はまだ700万円近く持っていた。これだけあれば麗とのこれからの人生はやっていけると感じた。
そうは思っても麗のアパートを訪ねる勇気はなかった。
12月1日。彼はいつものように西郷さんの近くに段ボールを広げた。
新しい詩はなかったが、以前の物を印刷した。
麗が来てくれることを期待していた。
パトカーが来た。彼は無断使用で追い払われるものと思った。
「女が酔っている。『西郷さんの近くで詩を売っている男を連れてきて』と言っている」
警察官はそう言って彼をパトカーに乗せた。
「別に悪い事はしていませんから、あなたが引き受けて下さるのでしたら、車で送りますよ」
交番に着くとそう言われた。
麗は寝てしまっていた。
小さな泉
やっとの思いで麗を部屋まで連れ込んだ。麗は酒臭かった。
逢いたかったよ
と目は閉じたままつぶやいていた。
彼は何でこんなことをしなくてはならないのかと思いながらも、麗の体を抱きかかえたことで麗を身近に感じていた。
妻はこんな姿を見せた事はなかった。
「水ちょうだい」
はっきりと言った。
彼は水道の蛇口をひねった。勢いよく水が出た。
こうもたやすく欲しい物が手に入るこの便利さが彼を日常の世界に招きこむようであった。
いままでの彼は水一杯にしても探し歩るかなくてはならなかった。
「美味しい」
麗は誠への礼のつもりなのかそう言った。
彼はこのまま帰る気持ちであったが、ここに段ボールの居所を作って見たい気持になっていた。
汚れた窓ガラスの向こうに月が出ていた。
美しい月に到達した人は何人もいない。
ただ見ているだけで美しい。
誠はどちらを選んだら良いのかと迷っていた。
「お腹空いたわ」
麗のその言葉に彼はたやすく反応した。
「コンビニで弁当買ってくる」
「お金持ってるの」
「あるよ。そのくらい」
「詩が売れたのね」
麗の言葉は嬉しそうであった。
彼は弁当を持って再び麗の部屋に帰ろうと思っていた。
アパートのドアのノブが自分の家のように握れた。
このドアを開けて出て、開けて入ればいいのだと自分に言った。




