離婚
上田誠は大手電機会社に勤務していた。会社の経営状態が悪くなっている事は気が付いていた。
人事部にいたのである。新規採用者が極端に少なくなっていた。
早期退職者を募集することになり、彼はそれに手をあげた。2500万円の退職金が出るためであった。
所が彼の妻は反対であった。
二人の間には1人娘がいた。高校1年生である。
彼女には離婚の事は話さずに、単身赴任と言うことにした。
彼は1000万円を貰い、何か事業を興そうと考えていた。
ハローワークに通ううちに、別の考えが起きてしまった。
20年間1000万円で暮らす方法である。65歳になれば年金がもらえるはずである。
1ヶ月4万円で生活すれば良いのである。
それが出来れば好きな事が出来ると考えた。
彼が好きなこととは、詩を書くことである。
小学5年生の時に彼の詩が新聞に載ったのである。
それ以来、高校大学と文芸部に籍を置いた。
地方ではあったが文芸賞になり、賞金5万円を頂いた事もあった。
いまの彼は妻子よりも詩を書くことがすべてであった。
新聞配達
東京に出ると生活のために大学時代に経験のあった新聞配達を始めた。
販売店の紹介で安アパートに住んだ。
ほとんどとなりのテレビの声が聞こえる。
朝は3時に起きた。夕刊の配達はやらない約束なので、あとの時間は自由に使えた。
彼にとっては最高の人生であった。
本を読み、詩が書けた。
1年ほどたった時の事であった。
余りに新聞が溜まり、初めはどこか旅行にでも行ったのかと思っていた。
どんな人が住んでいるのかも知らない。一戸建ての住まいであった。
余りに気になり、隣の方に声をかけた。
一人暮らしの男の方と言った。年は70歳くらいとのこと。
二人でチャイムを鳴らしたが応答はない。
交番に届けた。死亡していた。
それ以来、上田誠は新聞店を辞めた。
自分の人生は今日1日だと思うようになったのだ。
その1日を悔いのないように生きたかったのだ
麗のアパート
シャワーを浴び、髭を剃った。
「以前はいい生活してたんだね」
と麗は言った。
彼は家庭の味を思い出してはいけないと感じていた。
「ビール飲むでしょう」
「酒もたばこもやりません」
「何が楽しみなの」
「詩を書くこと」
「変わってる。バカみたい」
「変人です」
「バカって頭が悪いってことじゃないよ」
「はぁ」
「ここに泊ってもかまわないよ」
「帰るつもりです」
「帰るとこあるの」
「どこでも、段ボールありますから」
「バカね~」
麗は小さなテーブルにコンビニで買ってきた弁当を2つ並べた。
焼き芋で少しは空腹は収まっていたが、弁当を見ると食べたくなった。
「食べましょう」
とてもその声が優しかった。
ハンバーグとパスタ。それと缶コーヒー。
「あなたには夢があって羨ましいな」
麗はなぜか上を向きながら言った。
小さな雫が弁当の上に落ちた。
「私はね、ただ生きているだけよ。何となく生きている」
「同じです。ただ何となく詩を書いているんですから」
「詩は自分を見つめ、人に感動を与えるわ」
「こんな下手な詩は駄目です」
「でも私は感動した。そして花嫁になりたいと思った」
「いいですね。好きな人がいるんですから」
「好きな人はあなたよ」
「こんな自分をですか?何も知らないでしょう」
「少しづつ知って行けばいいと思う」
「こんな僕では直ぐに飽きてしまいますよ」
「やり直したいって気持ちになったの」
彼は麗の気持ちが解っていたが、また元の様な家庭を持ちたいとは思わなかった。
「旨かったです」
立ちあがるとドアに向かった。
「どうしても帰るの」




