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上野公園

上野公園


彼の名は上田誠48歳である。

彼は西郷さんの銅像のあたりで、段ボールを広げて座り込んだ。11月の中頃である。

薄汚れた革のジャンバーとジーパンを履いていた。髪も髭も伸びているが、目は輝いて見えた。しかし顔はやつれている。

彼はホチキスで留めた5枚ほどの印刷物を段ボールに乗せ石ころを重しに乗せた。


僕の詩です。1部100円。


彼はダンボールに書いた看板を首から下げた。

昨日の朝から水しか飲んでいなかった。

以前ならコンビニで期限切れの弁当にあり付けたのだがいまではそれも出来なくなった。

彼の詩の一部を覗いてみよう。


 秋の月


丸い月が出ている

一五夜を思い出すな

団子を盗みに行った子供のころ

うまかった

あ、あ

この月がまんじゅうに見える

このカップめんの容器に

水を一杯入れて

まんじゅう食ってやる



彼の詩をいつも買ってくれる常連客が五人ほどいた。

名前は知らないが化粧の臭いが強い女性がいた。

夜の仕事をしていることに間違いはなさそうな人である。四〇歳くらいに見えた。

「この間のも良かった」

何時もそれだけを言い千円を置いて行く。

初めて買ってくれた時釣り銭がなくて

「百円ないですか」

と言ってから釣り銭は取らない。

もう一人の方は、初老の女性である。

多分彼を惨めに感じたのであろう。まるで賽銭のように百円玉を空き缶に入れる。

カラカランと音がわびしい。

三人目は女子大生。彼女はアメ横でバイトをしているそうだ。

「おじさんの詩好きだよ」

彼は自分の娘を思い出してしまう。

だから彼女をモデルに詩を書く事もある。それが彼女の共感を呼ぶのかもしれない。

四人目は近くのパチンコ店のマネージャーである。

誠がここで詩を売る日は1と5の日と決まっていた。

ときどき気に入った詩があると、パチンコ店で朗読してくれるそうだ。

五人目は小学生の女の子である。

だれに聞いたのか知らないが交通事故で寝たきりの母親に買っていくそうだ。


  明日


少女の病室には千羽の折りヅルが飾られていた

少女はその鶴を見る事は出来ない

車にはね飛ばされたと言う

少女の体はそれ程の傷もない

明日になれば

おはようと言ってくれそうだ

そんないつもの顔で少女は眠っている


少女は窓辺に飾られた花のように

生命維持装置の管が

その命を繋いでいる

それは母親の胎内にいるような光景であった

明日になればきっと

おはようと言ってくれるだろう



多分この詩を読んだのだろうと誠は感じた。



「やきいもよ」

化粧の臭いの強い女性である。

礼を言うより早く腹がなった。

「お腹すいていそうで良かった」

彼は皮のついたまま口に入れた。物を食べていないからだろう唾液が出ない。

喉につかえてむせた。

「大丈夫」

彼女は背中を叩いてくれた。

「それにしても臭いわね」

彼は黙っていた。

「今日は休みだし、シャワー浴びる?」

「出来ませんよ」

「シャイなんだ。詩を書くから、そうなんだ」

誠は焼き芋を口に入れた。

もうはるか遠くに捨ててしまったはずの恥じらいを感じた。

「どうせ寝る所もないんでしょう。家に来ていいから」

まだ口のなかの芋を無理に呑みこみ

「そんなことはできません」

と小さな声で言った。


  冬


白い音が響く

おそれふるえながら

言葉を失い

かくれるように

埋もれ覆われ

白無垢の女が立っている


この詩を読んであなたが好きになったのよ。いけない。

僕は駄目な人間だからね。

何があったか知らないけれど、やり直せるよ。

そうだといいけれど

別れた人にはいつも言われていたよ

金にならないことを一生懸命やって何になるのさ

それはそうだよ。働くんだよ。

働く所なんかないさ。

私に恋をしてよ。きっとその気になるよ。

誠は本当に好きになっていいのかと尋ねた。

「私は夏目麗です。本名よ」

「僕は上田誠です」

「ペンネームと同じなのね」

「はい」



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