それはテンプレヤンデレ完成の一歩手前でしたか?
ジークフリード目線、その3
自分の部屋の窓から外の様子をぼんやりと眺める。
小さい頃から見慣れている景色のはずだが、今夜は輝いて見えるのは決して気のせいではないだろう、何故なら……。
コンコンコンコン、と扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします、クレリット様のお仕度整いました」
乳母が恭しくもそう告げる。
先日、第一王子が廃嫡され離宮に幽閉となったのを皮切りに、第二王子が立太子され大公令嬢との婚姻が結ばれた。
流石に時間や背景がキナ臭い分、王国全土という訳にはいかなかったが、少なくとも王都は慶事に沸いた。
そう今日はリー姉との結婚式を終えて、そして今から初夜なのだ。
だけどその前に、背後を固めておかねばならない。
僕は乳母に向き直り、積年の思いを問い質す。
「ねぇ、乳母や」
「はい、何でございましょうジークフリード殿下」
「これは貴女の望んだ結果でいいのかな? 乳母や、いいや、僕の影」
影とは代々、王家に仕えてきた暗部。
王家の血に連なる者の影の任務は、その人物の身の安全確保と監督、監視。
乳母は今までの柔らかな雰囲気を少々硬化させた。
「何故、お分かりに」
「最初の切欠は式典の事件の時。 氷漬けの部屋を見て皆は二の足を踏んでいたのに、乳母やだけが部屋に突っ込んで僕を回収したからねー」
「乳母としての当然の行動かと」
「まぁそうかもしれないけどさー乳母やの態度は、何もできなかった幼児に対してあまりにも丁寧すぎた。 まるで『主に絶対服従する呪いをかけられて』いるみたいだったよ」
「それならば、クレリット様とて同じだと思われますが」
「うん、リー姉も何かちょっと変なんだよねー。 達観しすぎているっていうか、いつか話してくれればいいんだけど」
「無理に暴かない方が宜しいかと」
「事後で前後不覚になってる時に聞いてみようか?」
「……嫌われたくなかったら、お止めになった方が宜しいと思われます」
真面目な顔で忠告してくる乳母に、クスクスと笑みを零す。
「そう、で、確信したのは十歳ちょい前のあの夜、僕が初めて話した時のね」
「あの夜のお話は、私をお試しになったのですか」
「いいや、違うよ。 あれは、紛れもない僕の本心……リー姉さえ知らない、ね」
部屋の窓から外の様子をぼんやりと眺める。
小さい頃から見慣れている景色のはずだが、今夜はいつもと違うように見えるのは何故だろうか。
コンコン、と扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼します、お呼びと聞きましたが、如何されました」
「うん、入ってー」
乳母が部屋に入るのを確認すると、素早く防音の魔法を展開する。
これで話が外に漏れることはないが……もし漏れたその時は。
「あのねー僕、リー姉が大好きで欲しいんだけど、どうしたらいいかな?」
「欲しいと申されますと」
「うん、身も心も全部ー」
「ですが、クレリット様はアーサー殿下の婚約者で」
「そうなんだよね、このままだと兄上と共有になるでしょー、それは嫌だなって思って。 それにリー姉の処女も取られちゃうし」
「きょっ! しょっ‼」
「ん? だって、過去の王族の歴史を見れば、王妃や側妃を兄弟で共有した時期もあったよ」
「たっ、確かに戦時など厳しい時期はそのような事もございましたが」
「今は平時だしね、それにやっぱりリー姉の初めては全部欲しい。 口付けはもう貰っちゃったし」
「はい!? いっ、一体いつですかっ!」
「んー初めては三歳ぐらいだったかな、リー姉と一緒に昼寝してると、時々子守達が皆いなくなったりするからその時に。 もう何十回としてるから、ちゃんと大人の口付けだってできるよ」
えっへん、と胸を張ると、乳母が部屋中の空気を使い果たしてしまいそうなほどに溜息を吐かれた。
「……それはクレリット様には、気付かれておられないのですよね」
「うん、だって、口付けが下手な男は恰好悪いんでしょ」
「高位貴族女性にとっては純潔も大事ですが、初めての口付けも神の御前でする神聖なものなのです。 それを勝手に奪ったとあっては、クレリット様に蛇蝎のごとく嫌われますよ」
それを聞いて慌てて自分の口を両手で押さえる。
グルグルと考えて、低く呟いた。
「……墓場まで持っていく」
「それが宜しゅうございます」
「でも、やっぱりリー姉は独り占めしたいし。 兄上、婚約解消しないかな」
「第一王子と大公令嬢のご婚約は王命ですから、ご本人達では何とも」
「じゃぁ、兄上を消したらいいかなぁ」
「……は」
「王命だというなら、父上も消した方がいい?」
「えっ、あの」
「でも僕は王になるつもりなんてないし、叔父上に王になってもらうか」
「ジッ、ジークフリード殿下」
「んー面倒だね、いっそのこと王族全員と議会の面々を全部消してしまった方が早いかな」
「なりません、殿下っ!」
取り合えず手っ取り早い方法を思いついたのに、乳母からは叱られてしまった。
「えーダメ?」
「クレリット様が悲しまれますっ!」
「そっかー、リー姉が悲しむんならダメだね。 そっかー悲しんじゃうのか……魔法で洗脳とかでもダメ?」
「それでは、クレリット様の真の心は手に入りませんよ」
「! それは嫌だっ‼」
「……」
乳母は考えこんでいたかと思うと、何かを決意したかのように顔を上げた。
「少々お待ちいただけますか」
「うん?」
そう言うと、礼儀に厳しいはずの乳母が小走りに部屋を出ていった。
王族を消すなんて言ったから反逆罪で衛兵を呼ばれるかな、と思い周囲に索敵の魔法を広げるが、それに引っかかったのは行きと同じように小走りで一人戻ってくる人影。
「ジークフリード殿下」
戻ってきた乳母は、腕に抱えていた数冊の本をテーブルの上に置いた。
「これをお読みになって、女性の気持ちというものを学んでくださいませ」
「これって」
手に取った本はリー姉が読んでくれていた本よりも小さくて薄い、なのに中はギッシリと小さな字が羅列されている。
「もしかして、恋愛小説ってやつ?」
姦しい子守達が話していた、〇〇王子が素敵だの、騎士○○が恰好いいだの、天敵の○○が酷いだの。
最初は何処の国の事を話しているのかと思って聞いていたが、市井の女の間で流行っている恋愛小説の登場人物なのだと分かった。
だがこれは些か珍しい事ではある。
概ね、市井で流行っているものを貴族は忌避する事が多い。
選民であるという妙な矜持が邪魔をして、市井の物を低俗であると決めつけてかかっているのだ。
本をパラパラと捲り読みながら、視線はそのままに乳母に尋ねる。
「この本、乳母やの?」
「はい、あの……申し訳ありません」
市井の女の間で流行っているなら、貴族の女だって好むはずなのに、だって同じ女じゃないか。
「うんん、責めてる訳じゃないよ。 何であれ知識は宝だ、コレ有難く借りるね」
生まれながらに自我があった。
高い理解力と、一度見聞きしたら忘れない能力も備わっていた。
だから知識は宝、空っぽの僕を中身を埋めるモノ。
そう、僕には心がない、善悪や良心というものがない。
意味は分かるが理解ができないのだ。
肉親を手に掛けようとも、乳母の首を撥ねようとも、百万の民を屠ろうとも、国の一つや二つ滅ぼそうとも、きっと何とも思わない。
それをしないのは、今『そう』する必要性がないから、ただそれだけ。
僕の胸が、心臓が、心が痛むのはリー姉に対してだけ。
リー姉は僕の心、リー姉が僕の良心。
リー姉こそが僕の全て。
「実際あの本は役に立ったよ。 あれがなかったら水面下で画策することも考えずに、リー姉を侮辱した者達は片っ端から処分して大量虐殺決定だったからねぇ。 魔王誕生?それはそれで僕は構わないけれど、リー姉が悲しむのは嫌だしさ」
「それは良うございました」
「うん、だからさ『こう』なったのは、王家に仕える影の望みだったのかなって思って」
「意図したものではございませんが、己の主には幸せになって頂きたいものです」
「あれ、僕いつの間にか主になってたの? てっきり監視対象の主だと思ってた」
王家に仕える影。
王家と主に絶対服従する呪いをかけられている者。
影に許された唯一の自由は、監視対象の主を己の主とするかしないかのみ。
「随分以前のお話です。 全てを凍らせた中で、それ以上に凍った眼をしたお方を主と決めました」
「ホントに前の話だね、全然気が付かなかったよ」
ほんの少しだけ驚く、リー姉の事以外で感情が揺らくのは珍しいが。
「あの夜の言葉、あれは紛れもない私の本心でございます」
「うん、ありがとう。 これからもよろしくね、乳母や」
影ではなく乳母である貴女に、その思いで礼を言う。
乳母はフワリと微笑むと、ゆっくり頭を下げた。
僕の部屋を出て、行く先は王太子妃の部屋、そこでリー姉が待っている。
その部屋の続き間が王太子の部屋、明日からの僕の部屋だ。
王位なんて興味がなかった、王なんてなる気もなかった、でもリー姉が王妃であらねばならないのなら、僕が王になろう。
リー姉は己を身売りしても、己を罠に嵌めようとした者の命を救おうとする。
僕の永久凍土の心を融かせるのは、リー姉の温かな微笑みだけ。
僕の良心でもあるリー姉は底抜けに優しい人だから、きっと僕は良い王になるのだろう。
だから神よ、早々に僕からリー姉を奪うような真似だけはしないでくれ。
── この世に魔王を誕生させたくないのであれば ──
「テンプレメシア」(略すと凄いなw)完結しました
お読みいただきありがとうございます。