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異世界でトラックに需要はあるか? -Girl appearance or enemy?-

「ふう、一段落、っと」

 おでこに向かってふっと吐かれた息が、きめの細かい金髪をふわと持ち上げた。一仕事終えてあくびするように降りてくるその前髪を、青いキャップで行儀よく整列させるのは――金髪に碧眼、そして尖った長い耳を持つ、少女だった。

 時刻は、14時を過ぎたあたり。気持ちのいい午後だった。

 その暖かな空気を胸一杯に吸い込んで、残りの仕事に手を付けようとし


――ドガン、キキィ!!


 凍った……なにかが突然現れて、


――ガバン!!


 木の幹に、思い切りぶつかった。

「…………なんだろ、これ……?」

 金髪の少女は、それに触れようとして、


 ………………

 …………

 ……


 いてて……ん?

 どうやら、転送は終わったらしい。すごい雑だったみたいで、割と普通に、俺は左前のヘッドライトのところが、木の幹にめり込んでいた。完全に事故だ。早速、どれくらいの破壊行為に耐えられるかを試されているんだろうか。次は鉄球を喰らって燃やされて、最後は海に沈められるのだろうか。


「…………なんだろ、これ……?」


 ふと、声が聞こえてきた。

 少しハスキーな、しかし、どこか幼さのある喋り方。そしてなにより……

「うおお! エルフ! 耳! 小さくてよさげなおっぱい! お尻! ホットパンツ的な服! 近代的ィ!!」

「うわぁ、なんか喋った!!」

 やっべ、聞こえてたか……

「や、やあ、こんにちは! こんな格好だけど、怪しい者じゃないよ! 今日、この世界にやってきたばかりなんだ!」

 取り繕うべく、俺は言う。爽やかな声をイメージして、なんならカーラジオでも使って喋ってやるかと思ったけど、DJのようなイケボにはほど遠い、俺のイケボが聞こえてきた。(訳注:この場合の「イケボ」は、「池に沈んだ自転車のような声」のことを指す)

「怪しくない……? 充分怪しいけど、……ヒト、なの?」

「そう。金属の骨格を作ってその上を、生きた細胞で覆ってある」

「へ?」

「いや、なんでも」

 やっぱり、『ターミネーター2 特別編』は異世界転生してないようだった。つまり、この世界では死ぬ時に、親指を立てて溶鉱炉に沈むことはないらしい。

 にしても、エルフいるじゃん。全然エルフいるじゃん。エルフ萌えで、好きなエルフは《生命の力、ニッサ/Nissa, Vital Force》な俺だ。いくらなんでもメインから4枚採ってるのはアホって言われるけどサ……

 だってのに、なんで、俺は……トラックなんかに……泣けてくる……まあたぶん、ウォッシャー液がだらだら出てるかなんかなんだろうけど……

「この世界にやってきたばかりって言ってたけど、もしかして、《転生者》……?」

「そうそう、そういうこと!」

「変わった格好の世界から来たんだね」

 と、長身のエルフの女の子は、言う。

「いや、これはいろいろミスがあって……」

 俺は、ここにやってくる前の、《管理者》とのやりとりを思い出す。


          ●


『誰にでもミスはあるだろ?』

 と。いけしゃあしゃあと《管理者》は抜かした。

「ふざけるな! おまえじゃ話にならん! 責任者を呼べ!!」

『お、強気だな』

「絶対許さねぇ、末代まで呪ってやる……!」

 しかし、《管理者》は俺をなだめるようなジェスチャーを一つ、そして得意げに語り始める。

『でも、逆に考えろって。トラックでよかったんだよ、むしろ』

「なんでだよ、トラックでいいわけないだろ!?」

『アスファルト』

「え?」

『もうちょっと座標ズレてたら、アスファルトになってたけど?』

「それは……嫌だな、アンジェロ岩みたいになる……」

 得意げに、より酷い選択肢を示して納得させるという、最悪の手段をとりやがった。

『とはいえ、《純粋数術》、』と、《管理者》は言う。『こいつを極めるんだ。イーセにおいて、すべての事象の骨子となるもの。あらゆるものに数式があり、それを書き換えればいい』

「数式……書き換える……」

『そうすれば、イケメンに生まれ変わることもできる。知ってるか? イケメンは死なないんだぜ?』

「それ直後死んだヤツやん……」

 俺は呆れながら、《管理者》を睨む。へらへらしやがって……くそぉ、《純粋数術》を極めて、変身してやる、必ず変身してやる。凄まじき戦士となって、ボコってやる……!


          ●


「ふぅん……?」

 俺が口の中で「聖なる泉枯れ果てし時 凄まじき戦士雷の如く出で 太陽は闇に葬られん」って唱えてる間も、エルフの女の子は、俺のことを不思議そうに見上げていた。

 と、俺は、あることに気が付く。

「……ところで、その、――君の名は?」

「ボク? ボクは、クセラ。郵便屋さんだよ」

 彼の者の名声も、さすがにここまでは響かず、か。

 それに、郵便屋。このイーセにもやっぱり郵便はあるらしい。さすがはファンタジな世界だ、メールとかチャットアプリじゃないんだな。こういうのが大切なんだよ、神は細部に宿るし、読者は細部でシラケるんだ。


 ――りんろん♪


「あ、なんかメッセージが来た」

「やめろ、やめてくれ……」

 クセラが、服のポケット的なとこから、手のひら二つ分くらいの四角いものを取り出す……

 材質は木でできてるみたいなんだけど、正面がぴかぴかと光ってるし、なんだか丸っこい、アプリのアイコンみたいなものが並んでるし、クセラの細い指で触ると画面がぬるぬる動いてるし……

 いや、きっとあれは、その、アレだよ……そう、魔法! あ、ここじゃ純粋数術か、ともあれ、それを用いて、ガラス的な素材に、遠距離での連絡を取ることができるように作られたマジックアイテム的なヤツだよ。ほら、木霊で伝えるとか念話とか、ファンタジではよくあるヤツを、独自に作ってあるんだよ。でもそれだけじゃなんともならないから、音楽が聴けたり、暇つぶしの遊びに使えたり、写真みたいな感じで画像を取り込むこともできて、ダメだ、揺るぎねぇ……

「あはは、まいったなぁ」

 と、俺の一瞬にして永遠の(どうでもいい)苦悩を知りもせず、クセラは笑う。

「この後集荷のはずが、先越されちゃった……おばあちゃんと話し込んでたからなぁ」

「……集荷とかあるんだね」

 なんだか、みんながコスプレしてるだけの元の世界にいるような気がしてきた。そのエルフ耳も、実はシリコンでできたリアルなヤツなんだろ? でも、RX-8のフロントフェンダーみたいなムチムチの太ももは本物なんだろうなぁ、ばさろスケベか……

「そうそう。呼ばれたら、素早く取りに行って、目的地へ素早く届けるのが、ボクの仕事! 運送のキャラバン隊もあるけど、あっちは決まったルートを定刻で廻るから、急ぎの時なんかは、ボクらみたいな郵便屋さんが呼ばれるんだよ」

 バイクメッセンジャーみたいな感じなんだな。

 なるほど、《管理者》が競うな、持ち味を活かせって言ったのはこういうことか……? いや、違う気がする。

「ところで、あなたは? どこの世界から来たの?」

「地球――」いや、《管理者》はアース界って言ってたか。それに倣おう。「アース界からやってきたんだ」

「アハハ、どこそれ?」

 どこ出身?って聞かれて、佐賀県です、って言ったときみたいなリアクションだ……そして、場所もうまく説明できない。同じ惑星ですらなさそうだし……なんか、太陽二つあるんスけど……?

「まいいや」興味なさそうだね。「それで、名前は?」

「ジョ、」ースター。ジョセフ・ジョースター。ジョジョって呼んでくr「……スバルだよ、鈴木スバル。よろしく……」

 はぁ……また笑われるんだろうな……スズキでスバルなのに、愛車はマツダ(DEデミオ後期型)なのかよwwwって……

 でも、大丈夫。親父は日産党なのにホンダ・ジャズ(しかもバイクの方)に乗ってるって言えば、相手は混乱する。その間に話題を変えればいい。

「スバル……?」

 くるぞ……!

「すごい……いい名前だね!」

 あれ? 違った。クセラのエメラルドみたいな透き通った碧色の目が、きらきらしてる。それに、褒められた……嬉しい……好きになっちゃいそう……

 いや、エルフで貧乳なのに安産型のお尻って時点で好きだけど。もっと言えば、しかもすっげアレでアレしてたけど、ボクっ娘やんか! ばさろよかやん!

「じゃあ、スバルは、元の世界では何をしてたの? その姿からすると……やっぱり、金属生命体として進化し続けてた感じ?」

「いや、これ、ちょっとしたバグだから……本来なら、人間だから……」

「人間……? 鉄の民のこと、だよね?」

 鉄の民。なるほど、鉄を扱い、文明を生み出す。確かに、人間のことを端的に捕らえた表現だな。

「そう、多分そう、部分的にそう。で、生きてた頃は――」なんだろう。樹脂なのか金属なのか分からない材料で、なにかよく分からないものを作る工場にいた。いや、黒歴史だから忘れよう。「文章を書いていた。文章書きの見習いさ」

 お、こう言えばなんか職人に弟子入りしてる感出るんじゃないか?

 すると、クセラは答えて。

「なんだ、ワナビか」

「ワナビっていうなよ……」

「え、やだなー、怒らないでよー。変な意味じゃないし」

 そうか、イーセでは別の意味があるかも知れないしな。

「どういう相手に使う言葉なんだ?」

「ん~、なにかになりたいなりたいって言いながら、それに対してろくな努力をしてない人」

「ウチと一緒じゃねーか!」

 と、いけないいけない、落ち着け、深呼吸だ……あー、ターボのタービンがプシュって言ってる……そっか、3Lの2ステージターボだっけか……

「ところで、」プシュ、「クセラは、なんで郵便屋を?」

「樹の民は、身軽さを活かして、昔から郵便に携わってたんだ」

「なるほど、それじゃあ、代々やってきたってことなんだな」

「ううん、違うよ?」違うんかい。「お父さんとお母さんは、キノコの農家。お兄ちゃんは、街の商館に勤めてるもん」

 代々 #とは

「それに、最近は通信技術も発達しちゃってさ……ほら、この――」件の端末が取り出される。僕はサリンジャーの「大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-」の一文を思い出す。「――ラインっていうアプリでやりとりできるからね。もう、手紙で心を届けるとか、そういう風潮がナウくないらしいんだよ……」

「ナウいっていう言い方がすでにナウくない……」

「でも、ボクはやっぱり、手紙が好き」

 クセラが言った。その瞳は、きらきらと輝いていて、ラブライブ!の瞳の塗りみたいで俺の性癖に、強烈に突き刺さっていた。



「しかし、ここまでの話を統合すると……運送屋をやれってことになるのかな……?」

 嫌な予感しかしない。それにそもそも、いすゞのトラックだし。トントントトトンじゃないあたり、エルフとエルフを掛けて、エルフがダブってしまった的な、しょうもない出オチ感が漂う。

「うんそう……? 運ぶってこと? 運び屋さん?」

「そうだな。しかしなぁ……」

「でも、どうやって? スバル、手も足もないよね?」言うな。

「……でもほら、荷台があるだろ? 幌付きの」

 幌付き2トントラック is ワイ。

「にだい……? でもでも、スバルはちょっと変わった姿をしてるだけで、本当は心の優しい鉄の民なんでしょ?」

「ノートルダムの鐘みたいなのやめて。ん……こうか、よし……ほら、見てて!」

 俺は、例えるなら、背中の皮膚を自分の意思でめくるときと同じような――って、そんなことできなかったわ! なんだよ! 翼が生えても動かし方が分からないから飛べない系じゃないのかよ、インストールされてるのかよ! 綿矢りさかよ!!

 というアレはさておき、俺は自分の意思で自分の体(車体)を動かせるらしかった。その証拠に、本来なら人の手でやるはずの幌の開閉も、勝手にするすると動いているのを感じる。

「うわ……どうやってこんなとこ動かしてるの……? キモ」

「おい、小さい声で『キモ』って言ったの聞こえてるから。俺は元々人間だけど、訳あってこの姿になっただけなんだよ!」

「そ、そうなんだ……あ、でもここ、いろいろ置けそうだね」

「置くだけじゃない、自走だってできる!」

 俺はエンジンを掛ける。グランガガンダン、グルグルグルグラグラグラグラ……と、ディーゼルエンジン特有のノッキング音が響く。ギアをローに入れて、グルルンと走り出す。おお、運転せずに自分で自分を動かすのもオツなモンだ。気分はさながらナイトライダーだ。陰謀と、破壊と、犯罪の渦巻く現代に甦る、正義の騎士……。ドリームカー「ナ「おお……こいつ、動くぞ!?」

 クセラが言う。ここ、本当に異世界?「これ、運べるってこと? ルクス鳥に荷車引かせてるけど、あれ一人でできるの?」

「そういうこと。おまけに、ほら、」ドアも開けられる。俺はKITTかな?「まぁいいか……ほら、乗れるぞ!」

「うえぇ……こんなとこに乗っかるの……? 痛くない……? 座ったら血が噴き出すとかしない……?」

「安心しろ、内蔵じゃねぇよ。椅子だよ、椅子」

 とはいえ、痛くないけれど感覚はありそうだ。それを確かめるためにも、是非座って欲しい。決して、あのむっちりしたRX-8のフロントフェンダーみたいないやらしいお尻を味わいたいわけではない……!

「それじゃ、お邪魔して……」

 クセラが、ステップを踏んで、ついに、俺の……シートに……

「うわ、なんか堅いね。ギム~って言ったよ-」

「うん、……ウレタンだね……」

 悲しくないよ。虚無を感じているだけだよ。

「ん……あ、集荷の依頼だ!」

 クセラが、またも世界観とかそういうものガン無視したアイテムで、集荷の依頼を受けたらしい。お、これは、

「スバル、行ける? ついにボクたちの初仕事だよ!」

 初仕事。異世界転生して、エルフっ娘と働くことになり、初仕事。

 へへ、悪くないじゃねーか。異世界に転生してまで働くことになると思わなかったけど、悪くない。これから先、きっと3話で敵が現れて、9話で仲間が裏切り、最後の12話できっとみんなで大団円になるはずだ。そのためにも、俺はクセラを乗せて、走り出す――!


                   つづく

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