第八十六話
アイリーンとは合流方法を話して一旦別れることにした。
俺は再び変身の呪文を唱えて鷲へと姿を変えると、空を飛んでフィノーラたちエルフの集団のもとに戻った。
その道すがら、俺は翼をはためかせ、風に乗りながら考える。
議題は「どうやってあのオークどもを撃滅するか」だ。
まず前提として認識しておくべきなのは、彼我の戦力差だろう。
そしてこの点に関しては、こちらのほうが圧倒的に不利だ。
モンスターランクFの一般種のオークの戦力値を1とすると、オークの一個分隊の戦力値の合計は、モデルケースで考えると戦力値1の一般種が九体、戦力値2のリーダー級が三体、戦力値4のジェネラル級が一体で合計19となる。
この一個分隊の戦力値19というのを基本単位と考える。
オークエンペラーの率いる軍団の総勢は、中隊規模と目される。
分隊三個程度で一個小隊が形成され、その小隊が三個程度集まって中隊規模になる。
ざっくり九個分隊ほどが敵の総戦力になると考えておくべきだろう。
戦力値19の分隊が九個あれば、戦力値の合計は171。
これに小隊指揮官として戦力値8のオークロード三体と、総指揮官である戦力値16のオークエンペラーを想定すると、戦力値の合計は200強といった値になる。
もっとも、これはあくまでもモデルケースで考えた場合であり、現実まったくその通りの状況ではないだろう。
だが偵察で見てきた敵の数の雰囲気などと照合しても、ここから大きく逸脱してはいないといった印象だ。
さて一方、対するこちらの戦力はいくらか。
まずエルフの戦士。
いまのところ、レファニアの集落からの五人と、フィノーラの集落の生き残り七人というのが総戦力になる。
一般的なエルフ戦士の戦力は、一般種のオークと互角と考えて、戦力値1として計算。
レファニアや一部リーダー格のエルフ戦士を戦力値2、総指揮官のフィノーラの戦力値を4としても、現段階ではオークの一個分隊程度の戦力しかない。
現在、フィノーラの仲間の戦士たちが周辺のエルフ集落まで応援要請に行っており、その活動がうまく機能すれば、最大で五十人か六十人ほどのエルフ戦士が集まる可能性があるという。
それだけ集まれば四個分隊程度の戦力が追加されることになる。
これに、俺たちのパーティとアイリーンが加われば、総戦力は130程度といったところか。
だが130だ。
戦力値合計200越えのオークの軍団と真正面からぶつかり合ったら、蹂躙されるのはこちらになる。
ただしこの計算には、俺の存在は含めていない。
魔術師は単純に戦力として計算するのが難しい存在であり、運用次第で良くも悪くも大化けする可能性があるからだ。
なおエルフ戦士の大部分は、初級の魔術師としての能力も持っている。
初級の呪文しか使えず魔力も低いから大した影響力は発揮できないと思われるが、とは言えその力をうまく使えば攪乱程度には役に立つだろう。
また、機動力では全般にエルフのほうが上だ。
上位種に例外がいるものの、オークは全般に鈍重で、エルフとオークの間には歴然たる機動力の差があると言える。
さらに言えば、エルフは弓を使った射撃攻撃が得意だ。
一般的なオークの遠隔攻撃は岩石を投げたり棍棒を投げたりが関の山であるから、距離が離れている間はエルフの独壇場となる。
以上のような理由で、乱戦にならず統率の取れた戦いができるのであれば、単純戦力に劣るエルフの側にも勝機は十分にあると考えられる。
まったく一方的で、無謀な戦いというわけではない。
(ならば、指揮官クラスをどう潰すかが焦点になるな……)
俺は自身の目標を、そこに設定する。
知恵の回る指揮官クラスを潰して愚者の群れにしてしまえば、オークの大軍も恐れるに足らない烏合の衆になる。
オーク軍勢の本隊は、フィノーラ率いるエルフたちの本隊にゆだねるべきだろう。
俺たちは別動隊として動き、敵軍の頭脳を破壊する。
俺、サツキ、ミィ、シリル、それにアイリーン。
これだけの戦力で敵の中枢に潜り込み、それを叩き、その後速やかに敵陣から離脱する。
これこそが、俺たちが受け持つに相応しいミッションと言えるだろう。
これは事前計画の立ちにくい、戦場に飛び込んでからの柔軟な対応力が要求されるミッションになるが、そんなものは冒険者ならばいつでも直面するものだ。
それに俺には心強い仲間たちがついている。
これは綺麗事ではなく、実際の話だ。
サツキ、ミィ、シリル、そしてアイリーン。
能力の程度の差、スキルの特性の差、それに性格の差こそあれ、彼女らはいずれも頼りになる俺の仲間だ。
俺一人では不可能に違いないこのミッションも、彼女たちが支えてくれればできると思えてくる。
簡単なミッションではないし、常に退路は確保しておくべきだが、さりとて実現不可能なミッションとも到底思えない。
(これを「面白くなってきた」と捉えるのは、不謹慎なのだろうがな……)
俺は口元が緩むのを抑えきれない自分を感じていた。
鷲の姿でなければ、口の端がつり上がっていたであろうことは間違いない。
究極を言ってしまえば、オークとエルフの戦いなど、生物の生存競争でしかないのだ。
ならば俺のこの感情も、一個の人間が本能的に感じる愉悦にすぎないとも言える。
(命の奪い合いというステージにおいては、大義も名分も、倫理も道徳も、すべてお飾りにすぎないのかもしれないな……)
そんな益体もない哲学を頭の中でぐるぐると回しながら、俺は夜空を滑空した。
その俺の視界には、星空の下の一面の森林風景と、その中にあるエルフたちの灯りが小さく写されていた。




