第七話
「……なあ、ウィリアム」
「なんだ、サツキ」
洞窟に入ってしばらく進み、最初の広間。
刀を手にしたサツキが、ポカーンとしながら広間の中の様子を眺めていた。
「さっきお前、あたしのスタンスや考えを前提に置いて、やり方を考えるみたいなこと言ってたよな?」
「ああ、言ったな」
「それで──どうしてこうなった」
サツキが眺める先の広間。
そこには合計五体のゴブリンがすべて、寝息を立てて洞窟の土の地面に転がっていた。
俺が使った眠りの呪文の効果によるものだった。
俺たちは、この広間にゴブリンの集団がいることを察知すると、彼らに対して強襲を仕掛けた。
俺はここでもやはり眠りの呪文が有効だろうと考え、初手でそれを撃ち込んだのだ。
そして、その結果がこの状況だった。
いまはミィとシリルが手分けして、眠ったゴブリンにトドメを刺して回っている。
「ふむ、何故こういった結果になったか。まずは一つ、運が良かった。いつもこうなるとは限らん。次に方法については、サツキの性質を考慮に入れたうえでなお、この方法が最も確実かつ静かにゴブリンたちを仕留められると考えたからだが──不服か?」
「いや、だってさあ……これじゃ、その、あたしの出番が……。あたしの汚名返上の機会が……」
サツキはもじもじと、恥ずかしそうにそんなことを言う。
だがそう言われても困る。
「サツキの汚名返上の機会よりも、俺たちの命のほうが大事だ。より安全性と確実性の高い手段を取るのは当然だろう」
「で、ですよねー」
着物姿の少女は、はぁとため息をついて、がっくりと肩を落とした。
こうもしょげている姿を見ると少々気の毒な気もしてくるが、俺が間違った判断をしたとも思えないので、ひとまず捨て置くことにした。
さて、ともあれ洞窟探索の立ち上がりは、ひとまず順調だったと言えよう。
俺はミィとシリルがゴブリンたちを始末し終えたのを確認すると、広間の土の地面に、杖の先で絵を描き始める。
描いているのは、この洞窟の経路を表した図だ。
仲間たちには先にも描いて見せていたが、改めて情報を共有しておこうという意図である。
洞窟の入り口から、この広間にたどり着くまでの通路の部分。
それから、この広間から伸びる通路と、その先の枝分かれした通路の行く手にあるいくつかの広間、それとゴブリンの所在についてを描き加えてゆく。
そして、俺がいまいる部屋に大きなバツ印を付けたところで、それを俺の肩に寄りかかって覗き込んでいたサツキが、ぼそっとつぶやく。
「それもわけわかんねぇよな……。まだ行ってないところの地形とかゴブリンの居場所が、どうして分かるんだよ」
「すでに説明はしたと思うが、魔法の目という魔法を使って偵察をした結果だ」
「ああ、説明はされたよ確かに。でも正直半信半疑だったよ。ここまでの地形と、ここにいたゴブリンの数がドンピシャだったのを見るまではな。──反則だろこんなの、ダンジョンの形状と敵の居場所が最初から分かってるなんて」
「何をするにつけ、情報の精度は命運を分ける重要な要素となりうるからな。しかしそうか、魔法を使えない者の視野では、そういった印象になるのか。参考になる」
俺のその返答に、またがっくりと肩を落とすサツキ。
何を落ち込んでいるのかは分からないが、俺の提示した情報に対する信頼感は持ってくれたようなので、ひとまずはそれでよしとしよう。
魔法の目は、魔法によって作り出した透明な「目」を飛ばして、行く先の風景を疑似視覚によって「見る」ことのできる呪文である。
「目」は、存在はするが透明不可視で、宙に浮いた状態で人間が歩くのと同じぐらいの速度で動かすことができる。そしてその目から見える風景を、俺自身が視覚情報の一環として受け取ることができる。
また、「目」には暗視能力も組み込まれており、洞窟の暗闇の中でも問題なく見通すことができるという優れ物だ。
俺は洞窟探索の開始段階で、仲間たちに少し待ってもらってこの魔法を行使し、「目」を使って洞窟内の情報をあらかじめ探っていた。
これにより、いま図示したような情報が手に入っていたのだ。
「だが油断はできない。俺の『目』では、罠などの不可視の危険を見つけ出すことはできない。それ以外にも何が起こるか分からん。常に油断は禁物だ」
「あたしたちの考える『油断は禁物』と、ウィリアムが考える『油断は禁物』のレベルが違いすぎるんだよなぁ……」
そう言ったサツキは、どこか遠い目をしていた。