第四十五話
すっかり夜闇に包まれた世界で、魔法による街灯で照らされた夜道を歩いた俺たちは、やがて冒険者ギルドへと到着した。
王都の冒険者ギルドは、外観からして都市アトラティアの冒険者ギルドとは規模が違う。
俺はギルドの入り口の扉をくぐり、夜だというのに賑やかなギルド内を横切ってゆく。
そのあとにシリル、サツキ、ミィの三人がついてくる。
ギルドの窓口に行くと、そこにいたのは神経質そうな二十代中頃ぐらいと見える男だった。
俺は彼に、要件を伝える。
「都市アトラティアで登録をしている冒険者だが、指名クエストが来たら対応してほしい。名前はウィリアム・グレンフォードだ」
俺はそう言って、自身の冒険者証である銅製のプレートを提示した。
すると窓口の男はそれを一瞥し、「ふん」と鼻で笑う。
「あのねぇキミ……この冒険者証を見たところ、Fランク冒険者だろう? 指名クエストっていうのは、キミみたいな初心者のためにある制度じゃないの、分かる?」
彼はやれやれといった様子でそう言って、顎で俺の冒険者証を指し示し、それを持って立ち去れとジェスチャーで伝えてきた。
驚くべき対応だ。
まさかこんなところで、こんなよく分からない障害にぶつかるとは思ってもいなかった。
だがこちらとしても、そう言われて引き下がるわけにもいかない。
「いや、ルール上は問題ないはずだが」
「はぁ……そりゃルール上はね。でもさぁ……あのねキミ、自分が冒険物語の主人公だって勘違いしがちな年頃なのは分かるけど、もうちょっと常識ってものを弁えたまえよ。ほら、行った行った」
窓口の男は、シッシッと邪魔者を追い払うように手を振る。
すると俺の後ろにいたシリルが、前に出てきて窓口の男に詰め寄った。
「あなたね、仕事なんだからちゃんとやりなさいよ。だいたいウィリアムは、あなたが思っているような勘違いをした新米冒険者ではないわ」
そう言ってシリルは、窓口のカウンターに叩きつけるように自身の青銅製の冒険者証を出した。
だが窓口の男は、それも一瞥しただけで苦笑いをする。
「Eランクね……。キミも美人なんだから、こんなFランクの男などと組んでいないで、もっと上位のパーティに取り入るとかしたらどうだね? この男にどれだけ惚の字なのか知らないけど、もっと賢く生きなきゃあ。冒険者なんて女日照りのやつらばかりなんだから、その体を使えばわりと上位のパーティにでも潜り込めると思うよ?」
そう言って窓口の男は、嘲笑うようにため息をつく。
さすがにあまりの発言である。
俺は彼に注意をしようと思ったが──
──ぶちんっ。
俺の行動よりも早く、シリルの堪忍袋の緒が切れた音がした──ような気がした。
「あなたね! ちょっとそこから出て来てここに正座なさい! 小一時間説教してあげるわ! 出てくる気がないなら引きずり出してあげる!」
「どう、どう、落ち着けシリル! 気持ちは分かる! すげー分かるが落ち着け!」
窓口の男につかみかかろうとするシリルを、サツキが慌てて羽交い絞めにしてストップをかける。
シリルはふーふーと鼻息を荒くして受付の男を睨んでいるが、つかみ掛かるのはどうにか抑えたようだ。
しかしどうにもこの受付の男の性質はひどすぎる。
こんな人物を窓口に置くというのは、冒険者ギルドもよほどの人手不足なのか、それともほかの事情があるのか。
だが窓口の男の悪態は、それで終わりではなかった。
「ふん、まったく……。この僕が直々に処世術を教えてあげているというのに聞く耳も持たないなんて、これだから平民は……。パパもコネで仕事を寄越すなら、もっとマシな仕事を紹介してくれればいいものを……」
彼は独り言のようにぶつぶつとつぶやく。
なるほど、どうやら彼は良家のドラ息子といったところか。
冒険者ギルドも、有力者のコネでねじ込まれた人材であれば、付き合いの関係上あまり無碍には扱えないのかもしれない。
だがいずれにせよ、最低限の仕事はしっかりやってもらわないと困る。
俺は窓口の男に再度要求する。
「もう一度言う。ウィリアム・グレンフォード及びそのパーティへの指名クエストが来たら対応してくれ」
「……チッ、しつこいな。分かったよ、万が一そんなものが来るようなら対応してやる。分かったらさっさと帰れ底辺」
そう言って再びシッシッと手を振る窓口の男。
俺はやれやれと思いつつも、三人の少女を連れて冒険者ギルドを出た。
去り際にサツキ、シリル、ミィの三人ともが、男に向けてべーっと舌を出していたのが印象的だった。
***
その夜は王都で宿をとって、翌朝。
俺たちが冒険者ギルドに出向くと、窓口にいたのはやはり昨日の男だった。
「昨日伝えておいたウィリアムだが、指名クエストは来ているか?」
俺は窓口の男にそう質問する。
おそらくだが、指名クエストの依頼は昨夜のうちに入っているだろうと踏んでいたので、朝一番で聞きに来たのだが──
窓口の男は口の端を吊り上げ、こう答える。
「いいや、来ていないね。何だい、昨日中に依頼が入っているとでも思ったのか? いやはや、現実の見えていない夢見がちな少年というのは、なかなかに恐ろしいものだね」
ニヤニヤとしながらそう謳い上げる窓口の男に、カッとなったサツキが詰め寄ろうとした──そのときだった。
ギルドの入り口の扉が開き、一人の少女が駆け込んできた。
少女は俺の姿を認めて、声を掛けてくる。
「──あ、ウィル! ごめんねぇ、いろいろ準備に手間取って遅くなっちゃった。いまから依頼出すからね」
その少女は、いつもの男装姿のアイリーンだった。
彼女は俺たちの横を通り過ぎて、そのまま窓口の前に立つ。
「指名クエストを出したいんだ。窓口はここでいいかな?」
「えっ……あ、は、はい。──あのぉ……ひょっとして、もしかしてですが……アイリーン姫様では?」
窓口の男が、先ほどまでとはまるで違った態度で対応をする。
背筋を伸ばし、緊張したような態度だ。
「うん、そうだよ。でも王家からの依頼っていうよりは、騎士アイリーンからの依頼として扱ってもらったほうがいいかな」
それを聞いた窓口の男は、目をまん丸にして、あわあわとし始める。
「わ、分かりました。……それで、姫様が我々冒険者ギルドに、どういったご用件でございましょうか」
「うん、さっきも言ったように、指名クエストを出したいんだ。指名する相手は、ウィリアム・グレンフォードとその仲間のパーティ」
そう言われた窓口の男は、その額からだらだらと脂汗を流す。
そして俺のほうをちらと見つつ、アイリーンに進言する。
「えっと、その……差し出がましいことを申し上げるようですが、もしその依頼の受注予定者とお互い十分な信頼関係が築けているほどの間柄なのでしたら、当方冒険者ギルドを介さずに、直接本人たちに依頼することもできるのではないかと……」
窓口の男は、意外にも真っ当な指摘をしてきた。
この点に関しては、一般には彼の指摘の通りである。
指名クエストの制度は、依頼の受注者と発注者の間で面識程度はあっても、お互いに十分な信頼関係が築けているとまでは言い難いときに活用される制度である。
間に冒険者ギルドを介入させることで、何かトラブルがあった時の仲裁役としてギルドが機能するし、そもそもトラブルが起こりにくくなる。
そしてその役割が期待される分だけ、冒険者ギルドも仲介料を取れるというわけだ。
だがそれでも、物事には常に例外が存在する。
アイリーンは退かず、窓口の男に笑顔で答える。
「うん。でもギルドに仲介してほしいんだ。もちろん仲介料は取ってもらっていいし、ルール上は問題ないでしょ?」
「えっと……は、はい、問題はありません」
窓口の男は、平身低頭といった様子で、アイリーンに受け答えをする。
今回アイリーンに指名クエストという形式をとってもらったのは、王族の国家財務私物化と見られないように、間に公的機関をはさんでおこうという配慮からのものだ。
また俺たち冒険者側にとっては、クエストという形式を取ることによって冒険者ランク向上のためのクエスト達成回数のカウントに加えられるというメリットがある。
なおこのシステムを悪用すれば、金持ちは簡単に冒険者ランクを上げられてしまうという問題はある。
だがそもそも冒険者ランクのシステム自体が、未熟な冒険者にハイレベルのクエストを受けさせることによる状況対応能力不足を避けることを主な目的としたもので、不正をしてまで自ら死にに行く者の面倒までは見切れないというのが冒険者ギルドのスタンスなのだろう。
それに、あまり露骨にそれをやる者に関しては、例外的にギルドがNGを出すこともあるという。
ただ今回のこれは、その事例には該当しないはずだ。
俺は窓口の男に声を掛ける。
「というわけだ。その指名クエストを受領したい。処理を頼む」
「……で、では、そのように処理させていただきます。しばらくあちらでお待ちください……」
窓口の男は苦しげに呻くようにして、指名クエストの処理を行ったのだった。




