第二十九話
その後俺たちは館のあちこちの部屋を攻めて回り、それらの部屋に散らばっていた山賊たちを次々と退治していった。
幸運なことにホールでの叫び声はほかの部屋の山賊たちには伝わっておらず、俺たちの隠密行動はなおも功を奏し、部屋ごとの各個撃破をすることに成功していた。
フィリアも説得以降は勝手な行動はせず、憎しみの衝動を抑えて俺たちに協力していた。
そうして隠密裏に討伐を続けていった結果、ついに残す部屋はあと一つとなった。
山賊の首領と思しき人物がいる、二階の謁見室である。
透視で見たときには、玉座に似た権威的な座椅子にふんぞり返った首領らしき人物のほかに、七人の山賊がそこにいたと記憶している。
俺たちはその謁見室の扉が見える廊下の角の先で、身を隠しながら最後の作戦会議をしていた。
「ウィリアムさん……お願いがあります」
その作戦会議で、フィリアが俺に向かって真っすぐな瞳で訴えかけてきた。
「なんだ、フィリア」
「あの最後の部屋だけは、私にやらせてほしいんです」
そう言うフィリアの純真な瞳。
その奥には、憎しみの感情によるどす黒い濁りが垣間見えていた。
俺は一つ、ため息をつく。
さもありなん。
彼女の魂は、一見普通の人間のように思えても、その根っこの部分は憎しみの感情によって生まれたゴーストである。
自分の手で憎しみを晴らしたいという気持ちが、心のうちでずっと渦巻いていたのだろう。
そしてそれを、ここまでずっと我慢してきた。
彼女の中にはいま、鬱屈したどす黒い気持ちが奔流となっていて、それが我慢という薄っぺらい壁をいまにも押し流そうとしているに違いない。
復讐は何も生み出さない、などという綺麗事をぶつけるのは、いまの彼女に対しては不適切であろう。
俺はフィリアに一つ、確認の質問をする。
「もし俺たちがそれを断ったら、キミはどうする?」
「……やりたくはないですけど──ウィリアムさんたちをこの場で殺してから、あのクズどもを殺しに行きます」
やはり予想通りの答えが返ってきた。
ならば是非もない。
俺はシリルとミィとも視線を交わし、彼女らがうなずくのを確認するとフィリアに向かって返答をする。
「分かった、認めよう。だが戦力計算は必要だ」
「はい」
「サツキの体を持つフィリアの戦闘能力、それとあの部屋の山賊の総合戦闘能力とを比較すると、おそらくはほぼ互角か、ややフィリアのほうが不利といったところだろう。強襲に成功すれば多少有利に戦えるだろうが、その程度だ。とても盤石とは言い難い」
「…………」
フィリアが押し黙る。
だがサツキの身を必要以上の危険にさらすのは避けなければならないから、この言及は必要だ。
あの部屋にいる八人の山賊のうち、七人がGランク相当の十把一絡げとFランク相当の幹部級とで構成されていると想定し、加えて残りの一人、幹部級と比べても手練れであろう首領をEランク相当と換算すると、現在Dランク相当と目されるフィリアが一人で相手をするのは、玉砕覚悟であったとしても少々荷が重いと考えられる。
強襲が成功したとして、どうにか互角以上に戦えるといったところだろう。
そして実際には、玉砕覚悟で挑まれては困る。
サツキには生還してもらわなければならない。
であるならば、盤石の態勢で挑む必要がある。
「……つまり、だからやっぱり私には任せられない、ということですか?」
フィリアの目つきが鋭くなる。
睨みつけるようなその視線を受け止めながら、俺は言葉を返す。
「落ち着け、そうは言っていない。──素の実力で不足ならば、魔法でキミの能力を強化するまでのことだ」
「えっ……?」
「全身の力を抜いて、魔法を受け入れろ。準備はいいか?」
「あっ……は、はい」
俺は指示に従って全身を脱力させたフィリアに向かって、補助魔法を立て続けに掛けていった。
初級の補助魔法である魔力武器、それに上級の補助魔法である物理障壁と加速を行使する。
いまの魔素の残量と効果効率に鑑みれば、これが最も有効かつ、リスク管理とのバランスが良い強化構成のはずだ。
──ところでこの間、フィリアの魔法受け入れ態勢が整ったときに、俺の中で一つの魔が差していた。
ここで眠りの呪文を使えば、わがままを言うフィリアを黙らせることができるのではないか。
その方がサツキの身を余分な危険に晒すことなく、より低いリスクで山賊たちを退治することができるのではないかという考えが、俺の脳裏に一瞬だけよぎったのだ。
だがその方法を取れば、フィリアが目を覚ましたときにどういった反応を示すか予想が付かない。
想いを果たすことができなかった彼女は怒り狂い、憎しみに身を任せてサツキの体で俺たちを殺しにくるかもしれない。
では眠らせた後に精神破壊の呪文でフィリアの精神を崩壊させるか──といったことまで考えたところで、俺の中の倫理観が赤色信号を灯した。
それはやってはいけないし、やりたくもない。
精神破壊を数回余分に使うことによる大きな魔素消費の不利もある。
わずかなリスク差と天秤にかけるのは論外であると判断して、その考えは切り捨てていた。
「私も祝福の奇跡を。気休め程度だけれど、ないよりはマシよ」
一方でシリルも胸の前で手を組み、神聖語による呪文を唱えていた。
発動した奇跡の輝きは、フィリアだけでなく俺たちにまで降り注いだが、実質的に重要なのはフィリアへの効果だ。
補助魔法で多重的に強化された侍姿の少女の体は、淡い金色の光に包まれていた。
それがやがて、少女の体に吸い込まれるように消えてゆく。
「よし、あとはキミ次第だ、フィリア。──行ってくるといい」
「──はい!」
少女は決意を込めた瞳とともに返事をし、目的の部屋の扉へと視線を向けた。




