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魔術学院を首席で卒業した俺が冒険者を始めるのはそんなにおかしいだろうか  作者: いかぽん
第三章

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第二十七話

 館の入り口の扉を、ミィが音を立てないように慎重に開き、彼女は館の中へと滑り込む。

 そのあとをシリル、サツキの身を持ったフィリア、そして俺が続いた。


 扉を開けた先の景色は、当然ながら俺が透視シースルーを使って確認したとおりのものだった。

 そこは広いホールになっていて、床では六人の山賊たちがだらしなく眠りについている。

 ホールにはほかに、散乱した食べ物や酒樽、木のジョッキなどが転がっている。


 ホールの左手からは、踊り場を持った折り返し式の階段が二階に向かって伸びている。

 またホールの正面や左右には、それぞれ隣の部屋へと繋がる扉があった。


 俺はそれらにも一応の視線を向けつつ、ミィとシリルの近くに寄って小声でささやく。


「ミィ、シリル、悪いがいつも通りの手筈で頼む」


「はいです」


「分かっているわ」


 ミィは短剣ダガーを、シリルは鎚鉾メイスを腰から引き抜き、眠っている山賊たちを始末しにかかる。

 俺には困難な芸当であり、彼女らに任せるのが的確だ。


 寝首をかくとは言っても、大きな断末魔の叫びすらも上げさせないというのは、そう簡単な仕事ではない。

 また心理的にも負担の大きい仕事だとは思うが、ミィとシリルもそれぞれに自身の哲学を持っているのだろう、そこに大きな躊躇いは見られない。


 一方のサツキは、技量の面では優れていても心理面での抵抗が強く、ゴブリンに対する際にはそれを心苦しげながらも断った。

 ただこれは、ミィとシリルの二人が年齢に見合わず達観しているのだと見るべきだろう。


 さて、ではその心理面をフィリアが肩代わりしている現在はどうか。

 俺が着物姿の少女へと視線を向けると──


 ──そこで初めて、俺は自らの過ちに気付いた。


 俺の視線の先にいた少女は、その瞳に憎悪の色を宿しながら、腰の刀を引き抜いていた。

 そして彼女は、眠っている山賊のうちの一人に向かって歩みを進める。


 俺は急いで呪文の詠唱を始めていたが、間に合わないことは明白だった。


 眠っている山賊の一人の前に立った少女は、刀を振り上げ、その刃先を山賊の胸に向かって勢いよく振り下ろした。


「──ギャアアアアアアッ!」


「このっ……死ね! 死ね! 死ねこのクズがっ!!」


 断末魔の叫び声をあげる山賊。

 その体に、少女は怨嗟の声とともに、何度も何度も刀を突き立てていた。


「なっ……!?」


「ちっ! ぬかったです……!」


 シリルが驚きの声を上げ、ミィが舌打ちをする。

 が、ミィは素早く次の判断をして動き、シリルも少し遅れて動き出した。


「ああ? なんだ──」


 そして眠っていた残りの三人の山賊たちが目を覚まし始めたところで──ようやく、俺の呪文が完成した。


「──、──?」


「──っ、──!?」


 声が出ないことに驚く山賊たち。

 だがそれは、山賊たちに対してのみ起こっていることではなかった。


 ぷつっと唐突にすべてが途切れるように、そこで起こっていたあらゆる「声」と「音」とが消え去っていた。

 完全な静寂がその場を支配していた。


 俺が行使した静寂サイレンスの呪文の効果だ。

 効果範囲内のありとあらゆる音声を、完全に消し去るという効果を持つ。


 その異常さに、その場にいた誰もが戸惑った。

 寝ぼけ眼で状況を把握しようとしていた山賊たちばかりでなく、それに忍び寄るミィ、恨みの声をあげていたフィリア、それを止めようと向かっていたシリルまでもが、何が起こったのかと驚いていた。


 だがその中で、すぐに我を取り戻して行動を開始したのはミィだった。


 獣人の少女は俺のほうへチラと視線を送り、俺が頷いたのを見るや、寝ぼけ眼の山賊の一人の死角から滑り込んでその首筋を短剣で切り裂いて命を刈り取った。

 首から血を噴き出し、がくりと事切れる山賊。

 こういうとっさの事態への反応の速さと判断の鋭さは、ミィが群を抜いている。


 さらにミィは、驚いている残り二人の山賊のうち一人の上を猫のような鮮やかな跳躍でくるんと飛び越え、それで山賊の死角を取ると、対応に戸惑った獲物の喉を背後から切り裂いた。


 その頃には残った一人の山賊も慌てて立ち上がっていたが、そいつが近くに置いてあった武器を手に取ろうと背を向けたときには、侍姿の少女が尋常ならざる速度でそこに駆け寄っていた。


 その少女の刀が、山賊の背を斜めに断ち切る。

 山賊は深手を負って倒れた。


 そしてフィリアは、その山賊の前に立って、再び刀を突き立てる。

 それでその山賊も、最後にびくりと体を跳ねさせた後に動かなくなった。


 その場にいたすべての山賊たちの息の根を止めた。


 フィリアはと見ると、声なき荒い吐息をしながら、口元には恍惚とした笑みを浮かべていた。


 シリルは俺に向かって、口をパクパクさせながら自分の口とフィリアとを交互に指さしていた。

 おそらくはフィリアに対して言いたいことがあるが、喋りたくても声が出せないので困っているといったところか。


 ただ一度使用した静寂サイレンスの効果は、所定の効果時間が切れるまで術者自身でも解除することはできない。

 魔法消去ディスペルの呪文を使えば解除することは可能だが、そのために無駄な魔素マナを使うのも好ましくない。


 一方、静寂サイレンスの効果範囲は、いま俺たちがいるホール全体を包むほどには広くはない。

 俺はジェスチャーで、ホールの奥の隅に移動するよう全員に指示した。


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