第十八話
それはすでに日の落ちた、夜のことだった。
目的地である壊滅したという村へとたどり着いた俺たち一行は、早速仕事にとりかかっていた。
いや「俺たちは」というのは、厳密には適切ではないかもしれない。
現段階でアクションを起こしているのは、俺一人だからだ。
その一つ目のアクションを終えた俺の後ろで、シリルとサツキが言葉を交わし合う。
「ねぇ、サツキ」
「うん」
「あなたの気持ちが、少しわかった気がしたわ」
「だろ?」
「ええ。……あれは、理不尽だわ」
俺はそんな二人の会話を右から左へ聞き流しつつ、自分の前方、燃え盛る村の様子を注視していた。
そこにはバラバラに飛び散った、あるいは燃え上がって黒焦げになりすでに動かなくなったゾンビたちのなれの果てが、多数転がっていた。
俺が撃ち込んだ、火球の呪文が及ぼした結果であった。
──俺たちが夕暮れ過ぎに村にたどり着いたとき、そこには案の定、途方もない数のゾンビたちの姿があった。
当初は総勢で百を超えるのではないかという数のゾンビたちが、夜の帳が下りた村のいたるところで、無軌道に蠢いていたのである。
ゾンビたちは村の入り口付近にたどり着いたばかりの俺たちの存在を見つけると、俺たちが掲げるたいまつの明かりに向かって一斉に、しかしゆっくりと近寄ってきた。
ゾンビは短距離であれば普通の人間と大差ないほどの速度で襲い掛かってくることもできるが、一定以上距離が離れているうちは、かなりゆっくりと移動してくるものだ。
そこで俺は、ゾンビの群れをある程度まで引きつけたところで呪文詠唱を開始し、火球の呪文を放った。
放たれた火球は、群がってきていたゾンビの密集度が一番多い地点へと狙い通りに着弾し、大爆発を起こした。
そこにいたゾンビたちは、あるいは頭部や手足がちぎれて吹き飛ばされ、あるいは燃え盛り、あるいは黒い炭のようになった。
その数、トータルでニ十体ほどか。
その結果が、いま俺たちの目の前に広がっている光景であった。
なお、村が燃え盛っていると言っても、火球の爆炎が及んだ近隣二軒ほどの廃屋が燃え上がっているだけで、村全体が燃えているわけではない。
一発の火球が及ぼす爆炎の影響範囲はせいぜいが直径十メートル程度といったところで、当然ながら村全体を焼き尽くすような威力はない。
ただ、生者と見ると群がってくるゾンビたちを一網打尽にするには、その程度でもそれなりに有効だ。
特におびき出さずとも密集してくれるのだから、こんなに簡単な仕事はない。
俺は一発目の火球を放ってからしばらく待って、またほど良くゾンビたちが集まってきた頃合いを見計らって、二発目の火球を放った。
火球は再び大爆発を起こし、さらに二十体ほどのゾンビたちが吹き飛んでゆく。
「……あたしたち、出番あるかな」
「さあ、ないんじゃないかしら」
「ミィはゾンビとなんて戦いたくないので、大歓迎です」
三人の少女が、思い思いの感想を漏らす。
完全に見物人状態の彼女たちに、俺はあらかじめ情報を提示しておく。
「火球は魔素の消費量が大きい。限界まで振り絞れば五発まで撃てるが、いざというときのために魔素はある程度残しておきたい。よって四発が使用可能なリソースと考えると、あと二発だ。最大効率で叩いても、どうしても二十体から三十体程度は残るだろう。俺ができる『援護』はそこまでだ。そこから先はシリルたちに任せる」
「あ、そ……。わかった、任されるわ」
シリルが呆れたように肩をすくめながら言う。
火球の呪文は、導師級の魔術師が使う魔法の中でも最も単純であり、それゆえに使い勝手がよい攻撃呪文の一つである。
ただそれなりに高位の呪文であることもあり、魔素の消費量が大きいのが難点ではある。
眠りの呪文ほど気安く多用できるものではなく、その点において、少々厳しい部分はある。
「ふむ、やはり魔術師は、アンデッドとは相性が悪いな」
「ソウデスネー」
棒読みで同意してくるサツキの前で、俺は三発目の火球を放ち、次のゾンビたちを薙ぎ払ったのだった。