第百七十八話(エピローグ)
宿への帰り道。
魔法の街灯が灯る夜道を歩いていると、その途中、思いがけない人物に出会った。
「や、ウィル。ご両親との話は済んだ?」
「……アイリーン。なぜ君がこんなところに」
夜の星の下、道端で俺を待ち受けていたのは、あろうことかこの国の王女だった。
護衛もつけずに不用心──というのは、この国でも有数の凄腕剣士である彼女に限っては適切でないのかもしれないが。
だとしても、こんな夜中だ。
年頃の女子が夜道で一人佇んでいるなど、何を考えているのか。
俺の往く手の先に現れたアイリーンは、道の真ん中に立って、にっこりと俺にほほえみかけてくる。
「ウィルが今夜、ご両親に話をしにいくって聞いてたからさ。結果が気になっちゃって、お城を抜け出してきたんだ」
「……相変わらず自由だなキミは。一国の王女のフットワークとはとても思えん」
「それって誉め言葉?」
「いいや、今回は苦言だ」
「ちぇっ。まあいいや」
俺がアイリーンの横を通り過ぎると、彼女も俺のあとについてくる。
二人きりの夜道。
子供の頃を思い出す。
ただあのときは、前を歩いていたのはいつもアイリーンだった。
今は──俺の背後から、アイリーンが聞いてくる。
「ご両親との話、どうだった?」
「まあ、どうというのか。望みうる最高の結果になったとは思うが」
「ホント? 良かった。じゃあジェームズさんとも仲直りした?」
「仲直り、と言われると子供の喧嘩のような響きで釈然としないが。そうだな、壊れていた関係は、あるべき形に修復されたと思う」
「そう。それは本当に良かった」
仲直り──そういえば、母親のフェリシアも同じ言葉を使っていたなと思い出す。
彼女らから見れば、そういう話だったのかもしれない。
それからしばらく、俺とアイリーンは無言で夜道を歩いた。
宿まではそう遠くはなく、アイリーンは結局、そこまでずっとついてくることになった。
宿にたどり着いたあたりで、アイリーンが再び声をかけてくる。
「ねぇ、ウィル。……僕も、一緒についていっていいかな?」
「ついてくるというのは、宿の中までか?」
「あー、えっと……まあ、とりあえずそういうこと」
「……? 別に構わないが」
微妙に歯切れの悪い返事に疑問を持ちつつも、俺は宿の扉をくぐる。
アイリーンがそのあとをついてきた。
扉をくぐると、そこは賑やかな大衆酒場だ。
この宿もご多分に漏れず、一階と二階とで酒場兼宿屋という構造である。
酒場では、あちこちのテーブルでどんちゃん騒ぎが起こっていて、その繁盛ぶりをうかがわせた。
「あ、ウィル、お帰り~! 姫さんも、こっちこっち!」
酒場の端、テーブルの一つから、ほんのり赤ら顔のサツキが手を上げて俺たちを呼んでくる。
そのテーブルには、当然ながらミィとシリルもいて、一緒に飲んでいた。
しかし、アイリーンが一緒にいることに驚いていないようだが……。
あらかじめ話を通してあったのだろうか。
俺はアイリーンとともに、彼女らのいるテーブルに向かう。
四人掛けの丸テーブルに、シリルが近くから椅子を一つ持ってきて、五人が座れる席を作った。
「お、英雄様のご帰還だぜ!」
「って、隣にいるの、アイリーン姫様じゃねぇか?」
「おいおい、どういうことだよ」
酒場のあちこちからどよどよと声が上がり、同時に酒場中の視線が俺たちに注目する。
やがて俺とアイリーンがサツキたちのいる席につけば、俺たちのテーブルは酒場中の好奇の視線の的となった。
英雄という肩書き。
男一人が美少女四人に囲まれ、さらにその中にはこの国の王女までいるときた。
注目されないというほうがおかしい。
つまり必然といえば必然なのだが──正直に言って、居心地が悪い。
「どう、ウィリアム? 誰もが知る英雄になった気分は」
シリルがくすくすと笑いながら、俺をからかってくる。
彼女もいい感じに酔っているようで、頬に少し赤みがさしていた。
「……いや、これは違うだろう。俺の実力というより、パフォーマンスの賜物だ」
「分からないわよ。世に知られている大英雄たちだって、案外こうやって祭り上げられたのかも」
「まあ……それは、ありうるが」
俺が憧れている英雄像は、そういうのではない。
そんな子供じみた想いが胸のうちから出てくるが、これは俺の幼稚さかもしれない。
「まあまあ、英雄とかどうでもいいじゃん。ウィルはウィルだし」
「ですです。それよりウィリアムたちが来たから、また飲みなおすですよ」
サツキとミィがそう言って、ウェイトレスに酒とつまみを追加で注文する。
今回のクエストでも大きな収入があったからか、ちょっとした大盤振る舞いだ。
……しかしこの雰囲気では、サツキたちに伝えようと思っていたことが言い出しづらい。
またの機会にするか、などとも思うが、それをやるとどこまでもずるずると言い出せなくなる未来が容易に想像できる。
雰囲気がどうとか、甘えていてはダメだ。
今この機を逃したら、俺は言うべきことを言えない男になってしまう──そう感じる。
俺は覚悟を決めた。
ひとつ、深呼吸をする。
「サツキ、ミィ、シリル──キミたちに伝えておきたいことがある」
俺が真面目な声色でそう言うと、三人の少女は「ん?」と首をかしげた。
場の空気は不適切だ。
ムードもへったくれもあったものではない。
女性というのはムードをとても大切にするものだと聞く。
そう考えると、やはりまたの機会にするべきなのかもしれないと迷う。
だが──ままよ。
俺は迷いを断ち切り、三人の冒険者仲間に向かって言った。
「サツキ、ミィ、シリル。俺は──キミたちのことが好きだ。愛している。だから──今後とも、よろしく頼む」
俺がそう言うと、三人はピシッと固まった。
コカトリスの視線で、石化でもされたのかというように。
俺の隣では、アイリーンが「あっちゃあ……」と言いながら、額に手を当てていた。
そして、少しの後──
「「「──ええええええええええっ!?」」」
三人の少女の叫び声が、酒場中に響きわたったのだった。
──後に俺は彼女らから「三人まとめてのプロポーズとかありえなくね?」とか「いくらなんでもあんな酒場で。しかも人前で」とか「でもウィリアムだからしょうがないです」とか散々に、それこそ一生なじられることになるのだが。
それもまた、俺の──
いや、俺たちの物語のひとつなのだと思えば悪くはないのかもしれないと、そう感じた。
魔術学院を首席で卒業した俺が冒険者を始めるのは、そんなにおかしいだろうか──
そんな風に考えていた当時の俺に、今の俺の考えを伝えるとするならば、こうだ。
おかしいと言われようが構うものか。
好きにやれ。
なぜならこれは──俺が道を決めて俺が歩む、俺の人生なのだから。
読了お疲れさまでした。
本作の物語は、ここで一つの終着となります。
長編を書くのがとことん苦手な作者がモチベーションを途切れさせず、エタらせず、どうにかここまでこうして全四部、五十万文字にも及ぶひとつの物語を作り上げることができたことには、大変満足しております。
(一つの作品で五十万文字も書いたのは初めての経験でした)
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ではでは、ここまでお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう~。(・・)ノシ