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魔術学院を首席で卒業した俺が冒険者を始めるのはそんなにおかしいだろうか  作者: いかぽん
第四部/第三章

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第百六十二話

 次の扉を開くと廊下に出た。

 幅は広めで、俺とミィが両手を広げて横に並ぶとちょうどというぐらい。


 廊下は正面に向かってまっすぐ進んでいる。

 俺とミィは、そこを道なりに直進していった。


 俺は自分の左手、半歩前を進むミィの後ろ姿にちらりと視線を送る。

 猫耳の少女は、視線を注意深く周囲へと走らせ、慎重に歩みを進めていた。


 牛歩というほどではないが、ゆっくりだ。

 俺は彼女の邪魔をしないよう、静かに彼女のあとに続く。


 そのとき、周囲に視線を投げかけていたミィの目が斜め後ろを向き、ふと俺と合った。


「あ……」


 すると、ミィの頬が一気に真っ赤になった。


 ミィは慌てて俺から視線を外す。

 なんだかそわそわしている様子だった。


 それからまた少し進む。

 そこで、ミィがぽつりと口を開いた。


「……ウィリアム、ごめんなさいです」


「……? 何がだ?」


「ミィ、もうダメかもです。こんな注意力散漫、盗賊シーフとして終わってます。自己嫌悪です」


「…………」


「でもウィリアムも悪いですよ。こんなの無理です。胸がはち切れそうです。……今が冒険中じゃなかったら、ミィは……」


「…………」


 ミィの尻尾が落ち着かなさそうにゆらゆらと揺れる。

 後ろから見た小柄な少女の横顔は、その耳と頬とが真っ赤だった。


 俺の胸に、愛おしさがこみ上げる。

 時と場合を考えない衝動的な願望に体が乗っ取られそうになる。


 だが──どうにかそれを振り切って、自制心を保つ。


「……すまん」


 我ながら何に対して謝ったのか分からなかった。

 しかしミィは、なんらかの解釈をしたようだ。


「謝ったらダメです。ジョークなんですから。ジョークの建前なんですから。それ謝ったらジョークがジョークじゃなくなります。……ああでも、ミィが悪いですね。全部ミィのせいです。ああもう頭の中がごちゃごちゃです」


 ミィも混乱しているようだ。

 俺が反応せずに黙っていると、獣人の少女は俺に背を向けたまま言葉を続ける。


「でもウィリアムがウィリアムらしくないことするからです。ジョークじゃないものをジョークだなんて、そういう保身のためのウソをウィリアムはつかないです」


 言われて驚いた。

 確かに俺はそういうものを嫌っていたはずだ。

 あのときは何かを誤魔化すように、つい口をついて出てしまったが──


 しかしそんな俺の内心を知る由もなく、ミィはさらに言葉を紡ぐ。


「……でもこれもミィの思い込みなのですよね。ウィリアムが言ったんだから、それはウィリアムが言うことです。……ニセモノ、じゃないですよね? 転移したときに、本当は転移してきたのはミィだけで、ウィリアムはまだ遺跡の外で、今ミィの後ろにいるウィリアムは実は──なんて」


 妙なところに発想が飛んだものだと思ったが、久々に明快に返答できる内容だったので即答する。


「いや、それはない。俺は本物だ」


「……ですよね。ごめんなさいです、変なことを聞いて」


「いや、構わないが」


 別に俺が本物だと言ったところでニセモノが本物だと自称することだってあるのだから何の保証にもならないのだが、ミィはそれで納得した。


 ちなみに言えば、逆にミィが本物である保証もないのだが──そんなもの、別段の違和感もないのに深く考えても思考の沼に嵌まるだけだ。


 目の前の現実に確証など求めすぎたところで、最終的に我思うゆえに我在りしか残らない。

 俺たちは常に、ほどほどに不確かな世界の中で、それなりに確からしいと感じるものを信じながら生きている。


「でも、変なことを考えたせいで少し落ち着きました。もう大丈夫だと思うです。取り乱してごめんなさいです」


「いや、こちらこそすまない」


「はいです。──あんまりミィを誘惑すると、盗賊シーフとして使い物にならなくなるから駄目ですよ、ウィリアム? 全部終わって宿に戻ってからにしてください。そうしたらミィは、いくらでも受け入れますから」


 そう言ってミィは、にぱっと笑顔を向けてきた。

 それはこちらの台詞なのだが、と思ったが、口には出さなかった。



 ***



 しばらく直進して行くと、やがて廊下は右手へと曲がる。


 先行して忍び足で曲がり角に寄ったミィが、その先をのぞき見てから、後続の俺を招き寄せる。

 俺はミィのかたわらまで行くと、ミィの真似をして曲がり角の先をのぞいてみた。


 曲がり角の先は、少し進んだところでつきあたりになっていた。

 つきあたりには扉があり、その少し手前側の左右に石像が一つずつ、合計二つが設置されている。


 その石像は、どちらも同じ怪物の姿を模したものだった。

 台座の上に、人型の怪物が背を丸めた姿勢で座っており、台座についた両手には鋭い爪、背にはコウモリの翼、頭部には二本の角が生え、獣のような口には鋭い牙がずらりと並んでいる。


 それらを確認した俺は、出していた首を戻し、曲がり角のこちら側へと戻った。

 ミィが俺のほうを見つめてくる。


「……ウィリアム、どう思います?」


「いや、どうと言われてもな。あれほどあからさまだと別の可能性を疑いたくなるが」


「……んん? どういうことです?」


 ミィが首をかしげた。


 それにつられ、俺も首をかしげる。

 話がかみ合っていない。


「ミィ、ひょっとしてだが──あの石像の怪物を知らないのか?」


「はい、知らないです。ミィは魔術学院でいろいろと学んだ物知りなウィリアムとは違うです。知っているなら教えてほしいです」


「そうか……いや、魔術学院で学んだというわけでもないのだが」


 なるほど、誰もが冒険物語の愛好家というわけでもない。

 数々の冒険物語の常連的存在であっても、ドラゴンやゴブリンほど一般に知られている存在ではないということか。


 俺はちょっとしたカルチャーショックに驚きつつも、ミィにそれを教える。


「あれはガーゴイル──石像の姿で冒険者を待ち受けるモンスターだ。ずる賢く、冒険者がただの石像と油断して近付いたり通り過ぎたりしたところに奇襲を仕掛けてくる。そういった意味ではイミテーターと似ているが──そういえばミィは、イミテーターのことは知っていたのに、ガーゴイルは知らないのか? 宝箱チェストイミテーターならともかく、剣に化けたイミテーターなどかなりマイナーだと思うが」


「いえ、イミテーター……ですか? あれもモンスターだとは知らなかったです。ただアホほど怪しいと思っただけです」


 ……なるほど、そういうことか。


 サツキなどと比べてミィはだいぶ合理的に物事を考えるタイプだとは思っていたが、合理性と知識量とはまた別物だということだ。

 俺が思っているよりも、みんな知らないことが結構多いのかもしれない。


「ウィリアム、それであのガーゴイルというのは、相当強いモンスターです?」


「いや、モンスターランクで言ってEランクだから、そこそこといったところか。動きの速さだけで言えば、ミィなら二体を相手どっても翻弄できると思う。ただ本物の石像のように硬いから、ミィの短剣ではろくに刃が通らないだろう」


「……やっぱりですか。なんとなくそんな気はしてたです」


 ミィがげんなりしたように言う。

 ロックワーム、ドラゴン、そしてガーゴイルと、ここのところ岩のように硬いだの鉄のように硬いだのといったモンスターばかりで、攻撃力の低いミィには厳しいところだ。


「だとすると、どうしましょう?」


「そうだな──ミィの短剣ダガー炎熱武器ヒートウェポンをかけて頑張ってもらってもいいが、最悪アレがガーゴイルでなく、『ガーゴイルを模した単なる石像』の中に空洞があってそこに毒ガスが詰まっているトラップ、などという可能性もある。初手から接近戦を想定するのは避けたい」


「……ウィリアムはときどき、盗賊シーフより盗賊シーフらしい発想をするですよね」


「ほめ言葉と受け取っておく──なのでまずは魔法の矢マジックミサイルを叩き込んでみて、それで倒せなければミィに切り込んでもらいたい」


「分かったです。魔法の矢マジックミサイル大活躍ですね」


「初級の呪文で魔素マナの消費が少ないからな。それに高位のモンスター相手でなければ攻撃力も使い勝手も十分。魔素マナの温存に最適だ」


「ウィリアムはいい主夫にもなれそうです」


 俺はその後、呪文の詠唱を完成させつつ廊下の曲がり角に出て、ガーゴイルと思しき二体の石像に向けて魔法の矢マジックミサイルの呪文を放った。


 それぞれ二発ずつ割り振った魔力の矢は、うち一体の石像の頭部と腹部を貫いて破砕。

 もう一体の石像は、胸部と腹部に風穴をあけつつもほうほうの態で襲い掛かってきたところを、躍り出たミィが応戦してトドメを刺した。


 そうして順調に第二関門を突破した俺とミィは、さらに先へと進んで行くのだった。


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