第十六話
冒険者は休息のため、前回のクエストと次のクエストとの間には、最低でも中一日の休みを入れるのが慣例である。
また、その後すぐに次の適切なクエストが見つかることは稀で、俺たちのパーティが次のクエストを受領したのは、ゴブリン退治のクエストを終えてから三日後のこととなった。
その中二日間の「内職」と、ゴブリン退治の報酬から生活費を差し引いて、貯まった金額はおよそ金貨十一枚。
目標額である金貨七百枚までは、あと六百八十九枚である。
「──アンデッド退治?」
朝のトレーニングを終えて汗だくの状態で外から戻ってきたサツキが、濡らして絞った布で汗を拭きながら食堂のテーブルにつく。
胸元から着物の内側にまで手を入れて拭いているあたり、相変わらず目の毒であるが、言ったところで聞かないのでもはや無視するよりほかはない。
ちなみにそのテーブルには、先に俺とミィ、シリルの三人が着席している。
三人で冒険者ギルドに行って、適切なランクのクエスト──すなわちEランクのクエストを物色してきたところだった。
「はいです。街から半日ほど行ったところにある村がいつの間にか壊滅していて、そこでゾンビが大量発生しているらしいのです。交易商人の皆さんが困るので、全部退治してきてほしいとのことなのです」
「怖っわ! 何それ怖っわ! 原因分かってねぇのかよ」
ミィの説明に、サツキが率直な感想を漏らす。
そしてそれに、冷静な分析を付け加えるのはシリルだ。
「村が壊滅していた、ということ自体は、モンスターに襲われたなり何なり、原因はいくらでも考えられるでしょうけど。問題はそこでアンデッドが発生していることのほうね。アンデッドに襲われて滅びたのか、何らかの原因で命を落とした村人たちがアンデッド化したのか」
シリルはそこで、紅茶を一口すすり、それからミィとサツキに聞かせるように、さらなる分析を口にしてゆく。
「アンデッドの発生原因は、大きく二つ。一つは自然発生、もう一つは魔術によるもの。自然発生のほうは、神官によって適切に弔われなかった死体が稀にアンデッド化する、それ以上の具体的な条件は不明。魔術によるものは、邪神官が使う奇跡と、魔術師が使う禁忌魔術の二種類が存在する──で、合っているかしら?」
そこまで言ってシリルは、俺のほうへと視線を向けてきた。
アンデッド退治の専門家である神官として、アンデッドに関してはしっかりと勉強をしているのだろう。的確な知識と言えた。
「ああ。概ね俺の認識と合致する。付け加えるとすれば、自然発生時の条件には様々な学説があって、特定条件時に頻出することを発表している論文もあるというぐらいだが、その辺りは俺もしっかり学んだことはないな。魔術都市レクトールに戻って学院の図書館を漁れば、論文を見つけることはできるだろうが……」
「ウィルの話、ときどき難しすぎて分かんねーな。──でもつまりアレだろ、要するに、何が原因かは分かんねーってことだろ」
サツキにバッサリと要約された。
「……まあ、概ね間違ってはいないが。ただ可能性として、ゾンビを作り出している何者か──邪神官か魔術師の存在は、想定の範囲に置いておくべきだろうな」
「なら最初からそう言ってくれよー。難しいこと言われても分かんねぇよー」
サツキは駄々をこねた。
それを見た俺とシリルが、同時にため息をついた。
そのシンクロ具合に気付いて、シリルがくすっと笑い、俺に向かって普段見せない類の人懐っこい笑みを浮かべてくる。
「苦労を分かち合える人がいるって、素晴らしいことね」
「まったくだ」
「えっ、なに? ちょっと待って、なんで二人でいい雰囲気出してんの?」
サツキが、俺とシリルとをきょろきょろと見て困惑していた。
それを見て、またシリルがくすくすと笑う。
俺も自然と、笑みがこぼれていた。
だが思わぬ攻撃は、その場にいたもう一人から来る。
「──ん? なぁに、ミィ?」
シリルの神官衣の裾を、くいくいと引っ張る獣人の少女。
彼女は可愛らしい猫耳をぴょこぴょこと動かしつつ、上目遣いでシリルに言った。
「……シリルも色惚けしますか?」
「は……?」
シリルが頬を赤く染めて、固まった。
「な、何でそうなるのよ。ただ普通に話をしていただけでしょ?」
「なんかそんな気がしたです。ミィの勘は結構当たるです」
ミィはそれだけ言って、話は終わったとばかりに、二階へと上がっていってしまった。
その後ろ姿を口をパクパクとさせながら見送っていたシリルだったが、やがてこほんと一つ咳をして、
「あの子の勘違いだから、気にしないで。分かっていると思うけど、一応ね」
俺に向かってそう言ってきた。
なので俺のほうも、自らのスタンスを明言しておく。
「ああ。こちらにもそのつもりはない」
「そ、そう。……って、そう断言されると、それはそれで少し悔しいわね。意地でも振り向かせてやろうかって思えてくるわ」
自信家らしき牙と闘争心が、神官の少女の奥底に垣間見えた気がした。
困った、なぜそうなる。
「えっ? えっ? ちょっと待ってシリル。……本気?」
「さあね、どうかしら。ただ一つだけ言っておくと、私、結構負けず嫌いなの」
慌てるサツキにシリルはそう答えて、また紅茶を一すすりした。