第百五十二話
俺たち五人を取り囲み、包囲網を縮めるようにして近付いてきていた五体のドラゴンフライ。
そのすべてに向かって、俺は三発ずつの光の矢を射出した。
一発余った分はオマケで一体につけてやる。
俺が掲げた杖の周囲から放射状に放たれた光の矢は、そのすべてが狙い過たずターゲットに直撃し、命中部を爆散させた。
──ボボボボンッ!
立て続けに破裂音が鳴り響く。
そして──
それで、終わりだった。
俺たちを攻撃しようと迫っていた五体のドラゴンフライは、そのすべてが体のあちこちに風穴を開け、地に墜ちて動かなくなった。
あたりがしんと静まり返る。
次いで、最初に口を開いたのはサツキだった。
「すっ、すっ──すっげぇぇええええええええっ!」
「うおっ」
サツキはバタバタと駆け寄ってきて、その勢いで俺に抱き着いてきた。
そのまま俺は、地面に押し倒される。
だがサツキはそんなことはおかまいなしだ。
仰向けの俺の上に覆いかぶさったサツキは、吐息が吹きかかるほどの距離からキラキラと興奮した眼差しを向けてくる。
「なぁウィル、いまの何、何なの!? めっちゃ凄くなかった!?」
「……あ、ああ、まあ、新しい技能のお披露目ではあったわけだが、とりあえずサツキ、キミは落ち着け」
「これが落ち着いていられるかよ! やっぱウィルはすげぇ! あたしのウィルは最強だ!」
「あ、ああ、そうか。だが何度も言うが、俺はキミのものではない」
「そんなことはどっちだっていいんだよ! あー、もう! ウィルすごいウィルすごいウィルすご──」
「サツキちゃん、どいて」
「きゃんっ」
アイリーンがサツキを横から蹴っ飛ばしてくれたおかげで、俺はどうにか興奮したサツキから解放された。
石ころ斜面をごろごろと転がるサツキ。
そして俺は、アイリーンが差し出してきた手を取って、立ち上がる。
傍らに転がったサツキを見ると、捨てられた仔犬のような表情でしょんぼりしながら俺の方を見ていた。
ちょっと可愛らしいので困る。
アイリーンはそのサツキの様子を見て苦笑してから、俺の方へと向き直る。
「でもウィル、本当にいまのは何? いまのって魔術師の初級攻撃魔法、魔法の矢だよね? でもあんなにたくさん……あんなのまるで、魔法王国レヴェリスの戦闘魔術師団、一個分隊の一斉砲撃だよ」
そのアイリーンの言葉に、傍らにいたシリルとミィも、うん、うんとうなずく。
正味のところ、魔法の矢の四重行使というのは、この技能の本領発揮と言うにはほど遠いわけだが──
「多重呪文行使──同一の呪文の効果を、一回の発動に連動させて複数回分同時に重ねて使用することができるという技能だ。無論、重ねた分だけ魔素の消費量は通常通りに増すから、考えなしに使えばすぐに魔素切れを起こす諸刃の剣だがな。それでも瞬間最大の効果を爆発的に上げられるこの技能、価値は相当なものだろう」
「な、なるほど……ウィリアムが舞い上がっているのを見たときには天変地異の前触れを疑ったけれど、その技能の壊れ性能を聞けば納得もするわ。──で、それがひょっとして、ウィリアムの固有技能だっていうわけ?」
シリルが恐る恐るという様子で聞いてくる。
俺はそれに、真っ直ぐにうなずいた。
「ああ、現状はおそらくそうだろう。少なくとも俺は、こんな技能を持った導師の存在を聞き及んだことはない」
この国最強の導師と目されている俺の父親、ジェームズ・グレンフォードを含めてもな──という言葉は、己の胸の内にしまっておいた。
ちなみにだが、グレンと一緒にいたセシリアも導師級の実力者であるようだったが、この巻物の解読はできなかったであろうと思う。
というのも、この巻物の内容を解読するには、前提としてある種類の先端研究に熟知した上で、その先に進んでいる必要があるからだ。
この分野でその領域に踏み込んでいるのは、魔術学院の卒業論文でそのテーマに挑んで徹底的に勉強と考察と推論を積み重ねた俺のほかに、誰か一人でもいるのかどうかも怪しいぐらいだ。
つまり、シリルが言った俺の固有技能という表現は、限りなくそれそのもの、事実を言い当てたに近いということだ。
「にゃるほどです。ただでさえ怪物のウィリアムが、さらに大怪物に化けたわけですね。ウィリアムはそのうち神にでもなるつもりですか?」
「いや、別段そういったビジョンや将来計画は持っていないが」
ミィの疑問にそう答えると、獣人の少女は引きつった顔で、「わりと真面目に検討していそうなところが怖いです」などと呟いたのだった。
***
ドラゴンフライの群れを撃破した後、俺たちはその場で休憩を取り、それから再び火竜山を登り始めた。
その後も山道の険しさは変わらなかったが、それ以上モンスターなどの大きな危険に出会うことはなく、俺たちは順調に登山を進めていった。
そうして、そろそろ西の山間に太陽が差し掛かり、風景が赤みを帯び始めてきたという頃。
俺たちはようやく、火竜山の八合目と思える場所まで到達していた。
そんなとき、先頭付近を歩いていたサツキとアイリーンが、ふとこんな話をし始める。
「でも竜って結局、どんぐらい強いんだろな? 今のあたしや姫さんだったら、サシでやり合えたりしねぇかな」
「いや、サツキちゃん、いくら何でもそれは。……だって竜だよ? そりゃあ僕だって、騎士の端くれとして竜殺しの称号に憧れないわけじゃないけどさ。だからって一対一でやろうとは思わないよ」
「あー、まあな。竜殺しの伝説とかって、腕に覚えのある何人かで挑んで最後に生き残ったのは一人だけとか、そんなんばっかなんだっけ?」
「サツキちゃん、そういう伝説とか物語ならウィルが詳しいよ。ウィル昔っからそういうの大好きだから」
アイリーンがそう言えば、二人の視線が後ろを向いて、俺へと集まる。
注目を受けた俺は、こほんと一つ咳払いをする。
「そうだな。竜殺しの伝承で最も有名なものと言えば、エルフの大英雄セフィロトの冒険の一節だろう──」
俺は幼い頃に穴が開くほど読み込んだ冒険譚の内容を、サツキたちに向けて語っていった。
短編集の色彩が強いセフィロトの冒険は、その一篇一篇を見ていけば、概ね大英雄セフィロトが単身で成し遂げた偉業を描いたものとなっている。
行く先々で出会う美女たちとのロマンスが描かれることはあっても、彼の前に立ちふさがる障害は、彼一人の手で鮮やかに打ち払われる。それがセフィロトの物語が綴る王道パターンだ。
ところがそんな中にあって、一つ大きく異彩を放っているのが、彼が竜退治の冒険に旅立つ一篇である。
この篇だけは、三人の腕利き冒険者に誘われての冒険譚となっているのだ。
魔法の腕は一流、剣の技は超一流という絵に描いたような英雄として知られるセフィロトだが、それでもさすがに竜を一人でうち滅ぼすのは苦しかったということだろう。
ちなみにだが、エルフの大英雄セフィロトは、実在した人物であるらしい。
その冒険譚の多くは、脚色こそ加えられているものの、大筋では本人がたどった軌跡を描いたものであるという。
竜退治の一篇も、実話を下敷きにしたものと目されている。
物語の結末では三人の冒険者仲間は帰らぬ人となり、ただ一人セフィロトだけが生きて帰って竜殺しの称号を得ることになるのだが、どうやらそこは脚色なしの実話のようだ。
もっとも、竜と一言に言っても、幼竜、下級竜、上級竜、果ては古竜まであって、そのいずれであるかによっても脅威度は段違いに変わってくる。
セフィロトが退治した竜がそのいずれであったのかは明確ではないが、おそらくは下級竜であろうとする見方が一般的で、ひょっとすると上級竜だったのではないかという説もある──
「──と、そんな具合だ。いずれにせよ言えるのは、竜というのは英雄と呼ばれるような人物にとっても大きな脅威であるということだな」
俺がそう話を締めくくると、それを聞いていた少女たちは「おー」と感嘆の声をあげて拍手をした。
いつの間にか、語り部と聴衆の関係になっていたらしい。
余話としてそんな話をしながらも、俺たちは火竜山を登って行き──
そしてやがて、山の九合目というあたりまで登り詰めたとき。
俺たちの視界に、そこに竜が棲んでいるに違いないと思えるほどの、巨大な洞穴が姿を現したのだった。




