第百四十話
サツキたちに連れられてたどり着いたのは、昨日も宿泊した高級宿「白鳥の翼亭」だった。
二日連続で宿泊するには少々贅沢すぎる宿のように思うのだが、三人はお構いなしにずんずんと中へ入っていって、俺を含めた四人分のチェックインをしてしまった。
しかも──
「……おい待てサツキ。いま四人同室で部屋を取らなかったか?」
「ん、そうだよ? いつもウィルだけ別の部屋って寂しいじゃん。あ、ウィルは今日の宿代は気にしないでいいぜ。今日はあたしら三人のおごりだから。いつもウィルには世話になってばっかりだからさ。たまにはあたしらもお返ししないとなって」
「いや待て待て。いろいろとおかしい」
「にひひひっ。まあいいからいいから」
サツキは抗議を無視して、俺を強引に部屋まで引っ張っていく。
なおミィやシリルは特に何も言わないが、それはつまり、このサツキの行動に対して肯定の意思があるということでもある。
おそらく彼女らの間で事前に合意を取りつけてあるのだろう。
そしてサツキに手を引かれるままに、部屋に到着。
そこはゆったりとした四人用の部屋で、奥にはベッドが四台置かれていた。
「あーっ、疲れたぁ!」
サツキは俺の手を離すと、部屋の奥へ行って刀や一通りの荷物だけを下ろし、そのままベッドにダイブした。
そしてマットレスの上で気持ちよさそうにごろごろする。
ミィとシリルも各々自分のベッドを定めてポジション取りをする。
三人とも、くつろぎに入っている。
その中で、一人立ち尽くすのは俺だ。
それを見たシリルが、声をかけてくる。
「う、ウィリアムもこっちに来てくつろいだらどう?」
その声は少し上ずっていた。
心なしか彼女の頬も赤く染まっている気がする。
「ウィル~、何ならあたしの隣でもいいよ。ほら、ここ」
サツキはそう言って、彼女自身のベッド、自分が寝転がっている横をぽんぽんと叩く。
彼女はシリルと違ってまったくの自然体であるように見えるが、それだけにちょっと待てと言いたくなる。
……ミィが言っていた「勝負をかける」というのは、このことなのだろうか。
そうとしか思えない。
今俺の目の前で起こっていることは、いくら何でも異常すぎる。
そして当のミィはというと、シリルやサツキの様子を見て、はぁと大きくため息をつく。
「……シリル、変に意識しすぎです。普段通りでいいって話したの忘れたですか」
「そ、そうは言うけれど、いざこうなってみるとそんな簡単には……」
「別にいかがわしいことをしようってわけじゃないです。あとサツキは少し自重するといいです」
「えーっ、だって普段通りでいいって言うから」
「サツキは普段に問題がありすぎです」
どうやらこの場を仕切っているのはミィのようだ。
俺は彼女に問いかける。
「ミィ、これはどういうことだ? 意図その他の説明が欲しい。少々混乱している」
「んー、説明ですか? 説明ってほどの何かがあるわけでもないですけど。ただ今日は一緒の部屋で過ごそうっていうだけです」
「いや、ただ過ごすだけとは言うが、男女が宿で同室というのは色々と問題があるだろう」
「そうですか? 例えば家族連れだったら、父親と母親が同室はおかしなことじゃないですよね?」
「……まあ、それはそうだが」
「恋人同士、カップルでも普通にあるです」
「むっ……いやだが、その場合は情事に及ぶ可能性が前提にあるだろう」
「ふにゃっ!? ……あれ? 確かにそうです。……あうあう、今のはミィの失言です。家族のほうに戻るです」
「わ、分かった」
ミィは顔を真っ赤にしてわたわたとしていた。
……どうやら結構、穴だらけの企画らしい。
ミィは気を取り直すように、こほんと咳払いをする。
「よ、要するに、家族だと思えばいいだけのことです。さっきサツキが言っていたアレが全部です」
「アレというと?」
「ウィリアム一人だと寂しいってやつです。一緒のパーティなのに、ウィリアムだけ仲間外れは嫌です」
「ああ」
なるほど、考え方の方向性は理解できた。
確かに男女が同室することすなわち情事に及ぶという発想は、少々紋切り型の考えに染まりすぎていたかもしれない。
「家族か……」
一方で俺は、その言葉に実の家族の姿を思い出していた。
父親、ジェームズ・グレンフォード。
知性と有能の塊のような男。
俺はいつの頃からか、あの男に家族らしい温もりのようなものを感じなくなった。
母親、フェリシア・グレンフォード。
包容力・奔放さ・理性という一見相反しそうな要素を、個人の中に矛盾なく内包していた俺の母親。
一般に家族と呼んだときにイメージするようなものは、おおよそ彼女から与えられたように思う。
……母親と一緒にいるときのようなものだと思えばいいのか。
なかなかイメージが難しいようにも思うが──
「分かった、そのように考えてみよう」
俺はミィにそう答える。
まあ母親と考えるのは無理があるから、もっと年の近い家族、すなわち兄弟などがいたらこう接するだろうというイメージか。
そう考えると、概ね合点がいった。
俺は残った一台のベッドを自分の本拠と定めると、そこで荷物を下ろして一息をつく。
「ふぅ……」
まあ、落ち着かないでもない。
特に彼女らを異性として意識しなければいいという話か。
そうしていると、サツキが俺の方に寄ってきて、再び俺の手を取る。
「ウィル、温泉行こうぜ温泉! 昨日はグレンの野郎に邪魔されて台無しだったからさ。今度こそまったりしようぜ」
「そうか。それもそうだな」
確かに昨日は、折角の高級宿での宿泊だというのに、あまりゆったりとした気分には浸れなかったように思う。
もう一度やり直したいというのも、気持ちとしてはよく分かる。
「しかし家族だと考えると、この歳になって男女一緒に風呂に入るのはいかがなものかと思うのだが」
「んー、そうかな。仲のいい兄妹だったらあるんじゃね? 何なら身を寄せ合ってイチャイチャしたりとかも」
「……何だその爛れた兄妹関係は」
「やだやだやだ! あたしウィルと一緒にお風呂入るの~! そんでイチャイチャするの~!」
サツキがよく分からない駄々のこね方をし始めた。
ミィを見れば、頭が痛いという様子で首を横に振っていた。
どうやらサツキのこの言動は、ミィの制御下ではないらしい。
俺は一つため息をつく。
「……まあ、昨日も同伴しておいて今更ではあるから、また一緒に入浴すること自体は構わんと思うが。俺も昨日サツキたちとともに入浴したときは楽しかったしな」
「うっし、やりぃっ! ウィルと温泉♪ また温泉♪」
小躍りを始めるサツキだった。
ここまで慕われると逆に困惑するものがある。
何が彼女をここまで駆り立てるのか。
「じゃ、決まりですね。まずはお風呂からです」
ミィがそう仕切って、俺たちは全員で浴場に向かうことになった。
***
それから、昨日と同じように俺たち四人は温泉に浸かってまったりした。
例によって事実上の貸し切り状態。
昨日と違うのは、余計な闖入者がいないことだ。
ちなみにその浴場にての一幕。
サツキの「イチャイチャしたい」という希望を俺が却下すると──
「しょうがねぇなー。じゃあシリルで我慢すっか。一度そのでっかいおっぱい揉んでみたかったんだ」
「えっ……? ちょ、ちょっとサツキ、何をする気……?」
「うへへへ、姉ちゃんええ乳しとんのぉ。──おりゃあ、覚悟しろ!」
「やっ、ちょっ、やめっ、んんんっ……!」
「……何をやってるですか、ウィリアムの前で」
などという見てはならないような光景が展開され始めたので、俺は粛々と体を洗いに逃げたということがあった。
俺とて健全な男子なのだから、あまり不用意に誘惑しないでほしいものである。
まあそんなこんながありつつも、無事入浴を終えた俺たち。
ぐったりとしたシリルを、「やりすぎたかー」などと言いつつサツキが運んでいたような気もするが、目撃しなかったことにしようと思った俺だった。




