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第百三十七話

 二十体ほど残っていたロックワームの幼虫を、サツキとグレンの二人が競い合うように次々と平らげていく。


「何だよ。今さら現れて獲物を横取りかよ。みっともねぇな」


「小さいこと言ってんじゃねぇよ女。それだけの腕を持ったんなら堂々としていろ。──そういやお前、名前を聞いていなかったな。教えろ」


「サツキだよ。うぜぇから馴れ馴れしく話しかけてくんなクソ野郎」


 サツキとグレン、どちらも一言を交わす間に、一体、また一体と巨大幼虫を屠っていく。

 幼虫とは言っても、並みの戦士であれば一体一体に苦戦を免れないモンスターのはずだが、それが束で襲い掛かってもまるで相手になっていなかった。


 グレンの戦闘スタイルは、身の丈ほどもある大剣グレートソードを振り回すだけというシンプルなもののようだ。

 技がないわけではないが、力が主、技が従といった具合で、彼の戦いぶりはその恵まれた膂力に依存する部分が大きいと言える。


 だが一方で、それが正解とも思える。

 あの男の場合、下手に技に頼るよりもその圧倒的な暴力で敵をねじ伏せて回るほうが、遥かに理に適っていると見える。


 それが証拠に、グレンはその大剣でロックワームの岩のような皮膚をものともせず叩き斬っては、次々と巨大幼虫たちを屠っていく。

 無論彼は巨躯だからといって鈍重ということもなく、セシリアがかけた加速ヘイストの効果とも相まって、まるで嵐か暴風かという勢いで敵をなぎ倒していた。


 そしてもう一方のサツキ。

 彼女の立ち回りはと言えば、グレン以上だった。


 舞うような華麗な身のこなしで虫たちの間を潜り抜け、自然の成り行きのごとく刀を振るう。

 グレンが力を象徴とするなら、サツキの象徴は技だ。

 その技で、グレンが二体をなぎ倒す間に、サツキは三体を斬り捨てていた。


 その差はおそらく、魔法による強化がもたらしているものだろう。

 加速ヘイストのみで強化されたグレンと、より高位の呪文である身体能力増強フィジカルバーストを受けた上に炎熱武器ヒートウェポンの効果も得ているサツキとでは、その攻撃力に差が出るのは当たり前のことと言えた。


 そして、最終的には両者同時に最後の一体を撃破し、フィニッシュ。

 ロックワームの幼虫たちはすべて地に伏して動かなくなり、その場に立っているのはサツキとグレンの二人だけ。


 ロックワームと人類との対決で見るならば、人類の圧勝であった。


 よって、通常ならばこれでクエスト達成。

 街に帰還して報告をし、報酬を受け取って万々歳、ということになるのだが──


 今回に限ってはもう一つ、大きな問題がある。

 俺は残った問題を片付けるため、サツキとともに地下空間の底にいるグレンへと声をかけた。


「──さて、どうだグレン。この勝負、どちらの勝ちだと思う?」


 すり鉢状の空間の下と上。

 グレンは俺を見上げ、軽く周囲を見渡し、それから、


「少し待っていろ」


 そう言って、サツキが退治したマザーロックワームがいるトンネルへと入っていった。

 俺の傍らでその様子を見ていたミィが、不思議そうに首を傾げてくる。


「ウィリアム、『どちらの勝ちだと思う・・?』って、どういうことです? 倒したロックワームの数で勝負するのですから、主観が入り込む余地はなくないです?」


「いや、そうでもない。幼虫は『一体』に数えるのか、マザーロックワームは『一体』にしかカウントしないのか。勝負のルールとしては曖昧な部分が多々ある。グレンがここに来るまでに何体かのロックワームを倒していれば、ジャッジが明確でなくなる可能性はある」


「あっ……! で、でも、だとしたら勝負が成立しなくないです? これだけ苦労したのにノーゲームですか?」


「いや、そうはならんだろう。まあ見ていてくれ」


 俺のその言葉を聞いても、ミィは頭上に疑問符をいくつも浮かべていた。


 まあ、基本としてはミィの言うとおりだ。

 俺とグレンとは、ロックワームの退治を競って「勝負」をすることを合意し、このクエストに挑んでいる。

 勝負のルールは、より多くのロックワームを退治したほうが勝ち、というものだ。


 だが俺は、実質その「ルール」にあまり意味はないだろうと考えていた。

 この勝負、事の本質はそこにはない。

 この勝負の本質は、「グレンが納得するかどうか」という一点に懸かっている、俺はそう考えていた。


 ──そしてしばらくすると、グレンが件の大型トンネルの中から戻ってきて、姿を現した。

 そして彼は、俺を見上げて声を張り上げる。


「どうだも何もあるか! 俺を舐めるのも大概にしろ。こんなもんテメェらの勝ちに決まってんだろうが、畜生が!」


 グレンは苛立たしげにそう言うと、セシリアのいるトンネルへと向かって、すり鉢状の地面を上って行った。

 その様子を見て、ミィが目をぱちくりとさせる。


「えっと……今の、負けを認めたってことです? グレンは倒したロックワームの数を数えたですか?」


「いや、おそらくは直観で決めたのだろう。あれはそういう生き物だ」


「……? 『直観』です?」


「ああ。自分の戦果と俺たちの戦果、どちらが上かを直観で判断して、自分のそれのほうが下だと認識したわけだ。あれはそういう部分で自分に嘘はつけない男だ。やつの考え方も主義主張も認める気にはなれないが、そこだけは信に足る」


 俺がミィとそんなことを話している一方、グレンはセシリアの元まで行くと、彼女に何かを要求したようだった。

 そしてセシリアが荷物から一巻の巻物スクロールを取り出してグレンに渡すと、グレンは俺の近くまでのしのしと歩いてきた。


「受け取れ、魔術師」


 そう言って、巻物を俺に投げ渡してくる。


 俺はそれをキャッチすると、紐をほどいて中を軽く検める。

 古代文明記の文字で書かれた文書──おそらくは呪文書のようだった。


 俺は巻物を結びなおすと、グレンに視線を向け直す。


「これは……古代遺跡からの発掘品か?」


「ああ。以前に気まぐれで潜った遺跡で見つけたもんだ。俺はテメェから大事なもんを奪うつもりでいたんだ。負けて何にもなしじゃ座りが悪いだろ。俺の大事なセシリアがいらねぇってんなら、それより劣ろうが社会的価値のある物品で代えるしかねぇだろうが」


「確かに、人の価値に見合うものではないが……」


 これはとてつもない宝物だ。

 内容を読み込んでみないと確たることは言えないが、これを売り払えばひと財産を築けるぐらいのものではある可能性が高い。

 こんなものは通常、気分でポンと渡せるようなものではないはずなのだが……。


 しかし俺が驚いている一方で、グレンはさらにこんなことを付け加えてくる。


「あと魔術師、お前名前は」


「……ウィリアムだ」


「そうか。ウィリアム、お前あとで酒場に付き合え。お前には興味がある。一度酒を酌み交わしておきたい」


 グレンはそう言うだけ言って、俺の返事を待たずにセシリアの元に向かって行くと、そのまま二人でトンネルの奥へと姿を消した。


 やがてサツキが戻ってきて、俺に向かってにひっと笑って言う。


「ウィルって本当、モテモテだな」


「……あんなのにモテても嬉しくないのだが」


 俺がそう返すと、サツキはケタケタと笑った。

 一方、俺のローブをくいくいと引っ張ってくるのはミィだ。


「じゃあウィリアムは、ミィたちにモテるのは嬉しいですか?」


「…………まあ、それは嬉しくないと言ったら嘘になるが」


「イエーイ!」


「イエーイです!」


 サツキとミィはパンパンと手を打ち合わせて楽しそうにしていた。

 ……どう反応したらいいのか、この事態。


 なお後ろを振り向けば、トンネルの地面にぺたんと座って、鎚鉾メイスをぎゅっと抱きかかえた姿で涙目になっているシリルがいた。


「ぐすっ……終わった、の……?」


「あ、ああ。……キミは今回、本当に何もしなかったな」


「ひぐっ……! ……ごめんなさい、ごめんなさい……この埋め合わせは、何でもしますから……お仕置きしてくれてもいいから、私のこと見捨てないで……むしろお仕置きして……」


「そ、そうか。キミは今とても情緒不安定になっているようだから、その話は必要ならばまた今度にしよう」


 完全に子供のようになったシリルは、容姿とも相まって何かこうとても危険な様子だった。


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[気になる点] シリルちゃんが可愛すぎる……膝枕して頭撫でたい……はぁはぁ
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