第百二十九話
状況を整理しよう。
ロックワームをより多く退治したほうが勝ちというこの勝負。
もし両チームとも戦闘力が十分なのであれば、より多くのロックワームに遭遇したほうの勝利というゲームになる。
これは普通に坑道を探索していたのでは、グレンたちと俺たち、どちらも条件は一緒ということだ。
どちらも適当に散策した結果、「偶然」より多くのロックワームに遭遇したほうの勝ち、という勝負になってしまう。
この状況を覆すためには、どうすればいいか。
これには、偶然に頼るのではなく「能動的に」ロックワームを捜し出す手段が必要になってくる。
ただ、そんな便利な呪文があるのであれば、俺も昨日の段階で使っている。
あてどなく坑道を探索するなどという非効率的な手段は、そもそも用いていない。
魔法の目、警戒、透視、魔力感知──その他にも索敵に役立つ呪文はいくつかあるが、いずれも本件の状況下で決定的な成果を及ぼすものではない。
しかしそんな中、例外的な呪文が一つある。
魔獣使役という呪文だ。
これは俺も最近になって──エルフに協力してオーク退治をしている最中に行使が可能になった、俺が現在使える中でも最高位の呪文の一つだ。
この呪文は、モンスターに分類されるものを含めた、あらゆる生物の制御を可能にする効果がある。
かなり格下の相手でないと制御を成功させることは困難だが、今の俺の魔力のレベルから考えてロックワーム程度ならばおそらくどうにかなるだろうと思ったし、実際にもうまくいった。
ちなみにこの呪文、極端な話、人間を制御することもできる。
ただそれならば、同ランクでより魔素消費量が少ない魅了という呪文があり、人間やそれに類する生き物を制御するならばそちらで事が足りる。
つまり魅了という呪文は、魔獣使役の機能限定版であるというわけだ。
ただ、魅了は対象を意のままに操れる呪文ではない。
魅了は術者を、親友や恋人のように極めて親しい間柄であると対象に錯覚させる呪文に過ぎず、親友や恋人に言われても実行しようと思えないような内容であれば、それをさせようと思ってもうまくいかない。
その上位互換である魔獣使役も、基本的にはそれと同じ性質のものだ。
対象にこちらを仲間あるいは群れの上位者であるように認識させ、その提案や指示に従わせる呪文になる。
なお、この呪文の真の凄さは、ロックワームのような知能の低い生物に対しても一定の意思を伝えることができる点にこそあるのだが……その辺は少々学術的な話に突っ込むことになるため、さて置くとしよう。
「──と、ざっとそのような呪文なわけだが、理解してもらえたか?」
俺は巨体ですり寄ってくるロックワームの頭部を手でポンポンと叩きながら、サツキ、ミィ、シリルの三人に確認をする。
その三人はというと──やや引き気味に、俺から少し距離をとっていた。
俺たちが今いるのは、例によって坑道だ。
探索を続けると手頃なロックワームに遭遇したので、俺は魔獣使役の呪文を行使し、そのロックワームを手懐けていた。
「ね、ねぇウィル……そいつホント、大丈夫なの……? ひぎゃあああああっ!」
サツキが少し離れた場所から刀の先でロックワームを突つこうとして、ぐぱぁっと大口を開けたロックワームに威嚇されていた。
……いや、それはそうなるだろう。
そもそも俺に懐いているのであって、サツキたちを攻撃するなとは伝えてあるが、それ以上の何かがあるわけでもない。
「ご、ごめんなさい……私も無理……。理解はしたけど、生理的に無理……」
シリルはというと、ほか二人よりもかなり距離をとって、ずっといやいやと首を横に振っていた。
若干涙目にも見える。
今思えば、シリルは昨日ロックワームと戦っていたときも、若干腰が引けていた気もする。
彼女はこのような生き物が苦手なのかもしれない。
「ミィは別に無理っていうことはないですけど、かと言ってあまり近付きたいものでもないです」
ミィは一人淡々としていたが、やはり一定の距離は保っている。
まあ接し方としては、彼女の態度で問題ない。
「ああ、これと仲良しこよしをする必要はないし、それを推奨もしない。魔獣使役の効果は半日ほどで切れる。最終的にはこいつも倒す必要が出てくる。あまりこれに愛着や愛情を持ってしまっても苦しむことになる」
俺がそう説明すると──
「ふにゃっ? それは、ウィリアムは大丈夫なのですか?」
ミィが突っ込みを入れてきた。
さすがに鋭いな。
つまり彼女はこう心配してくれたわけだ。
俺は、自分に懐いたものを倒すことになっても、苦しくはないのかと。
「確かに、気持ち的に若干厳しい部分があるから、あまり使いたい呪文ではないというのはあった。だが贅沢を言っていられる状況でもない。自分にとって大事なものに優先順位を付けていけば、この選択が最適解になると考えた」
俺がそう答えると、今度はサツキがふと首を傾げる。
「……ん? ウィルにとって大事なものって何? 『冒険』じゃないよなこの場合?」
……この娘は、こういうときばかり鋭い。
仕方ない。
無駄に嘘をつくべき事柄でもない。
俺はこほんと一つ咳払いをし、それからサツキたち三人に向かって言う。
「この場合、俺にとって大事なものとは──き、キミたちだ」
「「「……えっ?」」」
俺の発言を聞いて、我がパーティが誇る美少女三人が一斉に赤面した。
ついでに言うならば、それを言った俺自身も、似たようなことになっているだろう。
俺はさらに、もう一つ咳払いをしつつ、発言を続ける。
「じ、自分の気持ちに正直になったところ、俺はどうしてもキミたちを失いたくないのだということに気付いた、ということだ。身勝手な物言いかもしれないが、俺の中で、その……キミたちの存在が、かなり大きなものになっているようだ」
「「「えぇぇええええーっ!?」」」
今度は三人、一斉に驚きの声をあげた。
むぅ……どうせ普段の態度に出ているだろうと思っていたが、そこまで驚かれることなのか……。
「な、なあ、今のあたしの幻聴じゃないよな……?」
「違うです。ミィも聞いたです。驚天動地です」
「いやだどうしよう、こんなところで胸がドキドキしてきたわ」
三者三様、キャーキャーと黄色い声を上げ始める三人。
そこでさらに、サツキがこんな話を持ち出してくる。
「なぁウィル、そういやあのグレンたちの前で言ってたよな、『俺の女』がどうとかって。これってもうさ、あたしたちのことオーケーしてくれたってことでいいの? あたしたち、ウィルの彼女ってことでオッケー?」
「……っ! い、いや、それは……」
しまった、それの説明を忘れていた。
うろたえる俺に、さらにシリルがつかつかと歩み寄ってきて、追い打ちをかけてくる。
「もう、煮え切らないわね! じゃあもう、この質問にイエスかノーかで答えて。ウィリアムは私たちのこと、好きなの、嫌いなの、どっち!」
ずずいと間近に顔を寄せて詰め寄ってくるシリル。
それはイエスかノーかで答える質問になっていないとか、ロックワーム嫌いはどうしたんだとか、色々と突っ込みどころはあるのだが、そのようなことを突っ込める雰囲気でもない。
俺は気圧されながら、やむなく答える。
「そ、それは……」
「それは!?」
「……まあ、その二者択一なら、『好き』が答えになるな」
「にゃーっ! もう、ホント煮え切らないですね!」
今度はミィが騒ぎ出した。
まずい、こうなると静止役がいない。
……と、思ったのだが。
「分かったです。サツキ、シリル、ちょっとこっち来るです」
ミィが残り二人を呼び寄せて、少し離れた場所で何やら密談を始めた。
……何とも嫌な予感しかしない。
三人はしばらく密談を続けた後、話がまとまったようで、その後ミィが代表して俺のもとにやってきた。
「とりあえず、今は勝負の最中で時間も惜しいですし、追及は避けます。でもこの冒険が終わってからミィたちも勝負をかけるので、そのつもりでいてほしいです」
「あ、ああ……分かった」
そう答えるよりほかはない。
しかし、「勝負」とは一体……。
一方、そんな俺の戸惑いなど意に介さず、サツキが話をまとめに入る。
「──よっし、それじゃ話は決まりだな。そしたらさっさとこの冒険終わらせちまおうぜ。負けは絶対許されねぇからな!」
「もちろんよ」
「はいです!」
「…………」
少女三人、謎の結束が強まっていた。
やる気を出してくれるのは悪いことではないのだが、どうもやる気の方向性がおかしい気がするのだが……。
ううむ……まあ、いいか。




