第百十四話
唐突なロックワームの襲撃に、行き止まりだった壁の前からバタバタと逃げ出した冒険者の男たち。
その直前まで男たちがいた場所に、ロックワームの大口がばくんっと食らいついた。
幸いそこにはもはや誰もいなかったが、狙いを外した巨大岩蟲は、壁に開いた大穴からずりずりと身を這い出してくる。
一方、その様子を少し離れた場所で見ている男たちは大慌てだ。
「ひ、ひぃいいっ! あ、あんなのに食われたら即死だろ即死! あれのどこがDランクなんだよ!」
「お、落ち着け。動きの速さは大したことない。冷静に見切っていけば大丈夫だ」
「だったらお前、前に出て壁やれよ! 俺こんな狭い場所で全部はよけらんねぇぞ!」
「冗談じゃねぇ! そんなのちょっと足滑らせたら終わりじゃねぇか! そ、そうだ、鎖帷子着てるお前なら一撃ぐらい耐えられるだろ。お前が前立てよ。ダメージ受けたら回復すればいい」
「ふざっけんなよお前!? 見ただろあの唾液! 岩が溶けたんだぞ! 鎖帷子だって──ってうぉわっ!」
少し離れているから攻撃は届かないだろうと高をくくっていた冒険者たちに、ロックワームが大口を開け、そこから酸を吐き出して攻撃してきた。
戦士がかろうじて飛びのいて回避すると、彼がいた場所の地面にびちゃっと酸がかかり、そこがジュウッという煙と音をあげて抉られていった。
その際、酸は戦士が着ている鎖帷子にもわずかに引っかかった。
鎧を編んでいる鉄製の鎖は、やはりシュウシュウと白い煙をあげるが、しかし岩ほどには溶けず、鎖の表面が軽く溶けた程度だった。
鎖帷子の下に着た鎧下は、すぐさま溶けて穴をあけていたが……。
それを見た盗賊が、戦士の背中を押す。
「ほ、ほら、鎖帷子ならそう簡単にはやられねぇ! な、頑張れ! いつも威張ってんだからよ、こういうときぐらい良いところ見せてくれよ。それにここで逃げたらあのピクニック野郎に負けたことになるぜ?」
「ぐっ……! ──くっそ、分ぁったよ! でもちゃんと援護しろよ!」
「「「オーケイ!」」」
後ろでぐっと親指を立てる盗賊、魔術師、神官の三人。
こういうときだけは息がぴったりだった。
そんなわけで戦士が前に立ち、盗賊、魔術師、神官の三人が後ろから援護という形で迎撃することになった冒険者たち。
そんな彼らに向かって、ずりずりと近付いてくるロックワームの巨体。
その大きさは、二体が横に並べば坑道をみっちり埋め尽くしてしまうほどだ。
そこに──
「うおおおおおっ、魔法の矢!」
──バシュッ、バシュン!
魔術師が放った二条の光の矢が、ロックワームの前面に炸裂した。
──ギュオオオオオオオオッ!
ロックワームが悲鳴を上げる。
「やったか!?」
「んなわけねぇだろ、見ろ!」
ロックワームは、その表面の岩のような肌が幾分か剥がれ、下の肉へとダメージが入ったにも関わらず、ぶるんぶるんと大暴れをしながら冒険者たちのほうへと向かってきた。
「嘘だろ、止まらない!?」
「ちくしょう、怒らせただけじゃねぇか!」
盗賊が悪態をつきながら、腰の短剣を抜いてロックワームへと投げつける。
だがその短剣は──
「なっ……!?」
──カキンッ!
ロックワームの岩のような表皮に弾かれて、ダメージを与えることすらできなかった。
「ふざっ……! 硬すぎんだろ! ──おい、何サボってんだ、投石紐!」
「この低い天井では、投石紐は使えませんよ!」
そんな盗賊と神官のやりとりに、前衛の戦士は舌打ちをする。
「くそっ、使えねぇ奴らだな! ──うぉらああああああっ!」
大暴れで突進してくるロックワームに、タイミングを合わせて愛用の戦斧を叩き込む戦士。
──ガシュッ!
戦斧の刃は、ロックワームの岩肌を打ち砕き、その下の肉に食い込んだ。
だが食い込んだのはその先端部だけで、到底致命傷になるようなものではなかった。
天井の高さの問題で、真上からの振り下ろしができずに不慣れな横薙ぎの一撃になったため、多少威力が欠けるのはやむを得ないところだ。
「くっそ──ぐぉおおおおおっ!」
戦斧の一撃で突進を止められなかった戦士は、そのままロックワームの突進をもろに受けて吹き飛ばされた。
地面をごろごろと転がり、だがどうにかという様子で、仲間たちの前で立ち上がる。
神官が慌てて、頭から血を流している戦士のそばに寄って、治癒魔法をかけていく。
「がっ……! 痛ってぇな、くそっ……!」
「ど、どうすんだよあんな化け物! 逃げるか!?」
「ダメージは与えてんだ! あと何発か叩けばやれる! やるぞ!」
「お、おう!」
彼らとて腐ってもDランクの冒険者たちである。
少なくとも名目上は格下ランクのクエストに、そう易々と白旗を上げるわけにはいかないのであった。




