第百十二話
冒険者の男たちが、たいまつを片手に天井の低い坑道を進んでいく。
するとやがて、彼らは行き止まりへとたどり着いた。
「んだよ、行き止まりじゃねぇか!」
リーダーの戦士が、苛立たしげに行き止まりの壁を蹴りつける。
大男である彼は天井の低さから身をかがめながら探索をしなければならず、探索を続けるごとにストレスを増していた。
そしてそれは、そんな彼の様子にあてられた彼の仲間たちも同様だ。
盗賊の男が、リーダーの戦士に向かって舌打ちをする。
「うるせぇな、一々わめくな。だいたいな、だから俺はさっき右だっつったんだよ。左に行くって決めたのはてめぇだぞ」
「あぁ? 俺のせいだってのかよ」
「そう言ったつもりだが、違う風に聞こえたか?」
「こんなところで仲間割れすんなよ……」
そう言って魔術師の男が仲裁に入るが、それも藪蛇だ。
戦士の苛立ちの矛先は、その魔術師へと向かう。
「そもそも誰のせいで俺がこんなにイラついてると思ってんだ! てめぇがクライアントの前で恥かかせるからだろうが!」
「はあ? 言いがかりもほどほどにしろよ。だったらてめぇが答えりゃよかっただろうが」
「何言ってんだ。俺が見たこともねぇモンスターのことなんざ知るわけねぇだろ。そういう知識ってな魔術師の担当に決まってんだろうが。現にあの魔術師っぽい優男は答えられただろ」
「あのなぁ……ありゃ偶然知ってただけだろ。世の中にどれだけの数のモンスターがいると思ってんだよ。その特徴を全部頭に叩き込んでおくなんざ、魔術学院を卒業するぐらいのガリ勉だってできるかどうか怪しいぜ。普通は図書館で調べてから行くんだよ」
「だったら何で調べてこなかったんだよ!」
「はあ!? だから俺は前々から、図書館使うのに金が必要だって言ってたよな!? なあ、それ無駄な金だって却下してたの誰だよ!?」
「んぐっ……! あああもう、うるせぇなあ!」
返答に窮した戦士は、再び苛立たしげに壁を蹴りつける。
すると──
ゴゴゴゴゴッ……。
どこかから、地鳴りのような音が聞こえてきた。
その音を聞いて、言い争いをしていた男たちが怯えて寄り集まる。
「お、おい……強く蹴りすぎたんじゃねぇか……?」
「ば、バカ、いくら俺様だって、地面蹴っただけでこんな風には」
「ってことは……」
男たちはきょろきょろと坑道内を見回す。
灰色の岩石でできた洞窟は、前は行き止まり、後ろは彼らが通ってきた道で、それ以外に道らしき道はない。
来た道を数十メートルほど戻れば分岐路はあるが──
「し、振動、近くねぇか……!? ど、ど、どこから来るんだよ……!?」
「ば、バカッ、んなもん知るかよ!」
「あ、あああーっ!」
そのとき魔術師の男が大声を上げた。
戦士、盗賊、神官の三人はびくっと跳ね上がる。
「何だよいきなり大声上げやがって!」
「警戒……! 警戒使っとけばよかった……!」
「な、何だよそれ!? 魔法か?」
「五十メートル以内にモンスターが入ってきたら気付くやつ!」
「はああああっ!? バカ野郎! そんなのあるならなんで使っとかなかったんだよ!」
「思いつかなかったんだからしょうがねぇだろ! だいたいいつもお前ら、攻撃魔法のために魔素残しとかないと役立たず扱いするだろうが!」
「んぐぅううううっ……! ああくそっ、もういい、今からでも使え!」
「今から使っても意味ねぇんだよ! 警戒は範囲内に入ってきたときに反応するだけで、すでに範囲内にいるときに使ったって……!」
「んだよ、よく分かんねぇけどホント使えねぇなお前!」
「なんだとテメェ!」
「バカお前ら喧嘩してる場合じゃねぇって──」
今度は逆に盗賊が仲裁に入るが、そのとき──
──ガゴォンッ!
行き止まりだったはずの岩壁が突如崩れ落ち、そこに大穴が開いた。
「えっ……?」
冒険者たちがおそるおそるそちらを見ていると──
──にゅっ。
大穴の向こう側から、人の背丈ほどの直径がある、巨大な動く岩石のような何かが顔を出した。
目も何もない。
ただその中央やや下寄りに、岩と岩の隙間のような筋が横一文字に走っていて──
それが男たちの目の前で、ガパッと上下に開いた。
ずらりと並んだ鋭い歯。
唾液のように垂れる粘液が飛び散れば、洞窟の岩肌がジュウと音を立てて白い煙をあげ、そこに穴が空く。
──それはロックワームというモンスターの頭部が穴から出て来て、その大口を開いた姿だった。
「「「「──ぎぃやぁああああああああああっ!!!」」」」
男たちの悲鳴が、坑道内に鳴り響いた。




