第百八話
鉱山都市ノーバンは、ドワーフの都とも呼ばれている。
人口一千人ほどの小都市だが、その都市人口のおよそ六割がドワーフであるという。
ドワーフはずんぐりむっくりとした姿の種族で、その容姿に見合わぬ器用な手先を活かした職人としてのイメージが一般的である。
だが一方で、彼らはその頑健さや単純作業を厭わない精神性から、優れた鉱夫であることも知られている。
このノーバンで暮らしているドワーフも大半は鉱夫であり、街中では土汚れにまみれた姿で台車を押している彼らの姿がよく見られた。
またノーバンは、都市構造もかなり特殊だ。
ノーバニア鉱山の中腹から麓にかけて三百ほどの建物が密集、あるいは点在しており、坂道と階段だらけのたくさんの道路がそれらを不規則につないでいるという形である。
このため街中を移動するには上り下りを繰り返さなければならず、大層しんどいというのが個人的な感想だ。
だがこの街の主な住人であるドワーフたちは、その頑健さゆえに、こうした街の構造を特に苦ともしていないようであった。
それに──
「ふぅ……はぁ……き、キミたちも……随分と、余裕のようだな……」
俺は石段を一段一段踏みしめるように上りながら、前方を進む少女たちへと声をかける。
すでにいくつもの階段や坂道を上ってきた俺は、露骨に息が上がり、膝もだいぶ前から笑い始めている有り様だった。
だが一方で、俺の視線の先には、軽々と階段を上っていくサツキとミィ、それに彼女らほどではないにせよ俺と比べれば幾分も余裕がありそうなシリルの姿があった。
俺も魔術学院によくいるタイプの研究者肌の導師と比べればまだ体力があるほうだと自負しているが、さりとて体を動かすのが専門でないのも事実だ。
怪物的な身体能力を持つサツキや、彼女ほどではないにせよ命気を使いこなせる上に体重の軽いミィ、最低限なり戦士としての訓練を積んでいるシリルと比べると、どうしても身体面の能力では劣ってしまう。
「へぇ、ウィルにも弱点ってあるんだな。なんかちょっと意外」
十数段先で振り返ったサツキが、こちらを見下ろしながらそう言ってくる。
「あ、当たり前だ……。キミは俺を何だと思っているんだ……」
「えっとぉ……完璧超人?」
「そんなわけがあるか。魔法が使えることを除けば、俺は凡人だぞ……」
「あと頭もいいじゃん。……ってか、その魔法使ってどうにかできねぇの?」
「できる……。それにそうしておくべきだったと後悔もしている。浮遊や飛行まで使わずとも、持久力強化ぐらいは使っておくべきだった……だがもう眼前に目的地が見えているのに、今から使うのもいかがなものかと思っている……」
俺が見上げる先、サツキの位置からさらに十数段を上ったところには、目的地であるノーバン市長の屋敷が見えていた。
もう少しだから大丈夫だろうと高をくくってここまで来たが、自分の体力の残量と目的地までの目算が少しズレていたようだ。
「ふぅん。魔法使わないのってさ、魔素とかいうのがもったいないから?」
「ああ……。しばらくしたら追いつくから、サツキたちは先に行っていてくれ」
「そっか。そしたらさ」
するとサツキは何を思ったか、トントンと軽い足取りで階段を下りてきた。
そして俺の隣まで来ると、
「よっ、と」
「なっ……!」
サツキは疲労困憊状態の俺を、お姫様抱っこの要領でひょいと持ち上げてしまった。
身体能力を強化する命気を自在に使いこなす彼女にとって、それがたやすいことなのは分かるが──
「な、な、何をしているんだキミは……!」
「だって、こうやってあたしが運んでいけば早いじゃん?」
サツキは俺を抱えたまま、ひょいひょいと余裕の足取りで石段を駆けあがっていく。
だが俺としては、とてもではないが気が気でない。
「バカなのか!? キミはバカなのかサツキ!? ここは街中だぞ! いや、街中でなければいいというものでもないが……!」
「にひひー。ああ気分いい。あたしウィルにはいつもおんぶに抱っこだからさ、たまにはウィルの役に立ちたいじゃん?」
「役に立っていない! いいから下ろしてくれ!」
「えー。でももう着いたし」
サツキはあっという間に階段の最上段まで上り切ってしまった。
彼女は俺の体を、ゆっくりと地面に降ろす。
そしてそこに、絶望を誘う声が聞こえてきた。
「……はあ? ……何だそりゃ」
それは聞き覚えのある男の声だった。
俺はおそるおそる、声の聞こえた方を見る。
すると案の定、その市長の屋敷の門の前には、俺たちのほうを唖然とした様子で見ている四人の先輩冒険者の姿があった。
聞き覚えのある声は、彼らのリーダーらしき戦士のそれであった。
彼は俺に向かって、追い打ちの言葉をかけてくる。
「おいヒヨッコ。お前今、その子にお姫様抱っこされてたよな?」
「……否定はできない」
「恥ずかしくないのか?」
「……いや、非常に恥ずかしい」
「なるほど。……お前さんも色々大変なんだな、ヒヨッコ」
その後、先輩冒険者たちは屋敷の使用人に案内されると、俺のほうへ憐れむような視線を送りながら、屋敷の中へと入っていった。
そしてそこに、ミィとシリルの二人が、階段の下から遅れて到着する。
「サツキ……今のはあんまりです……」
「へ……? あんまりって、何が?」
「ウィリアム、心中察するわ。ご愁傷様」
シリルにぽんぽんと肩を叩かれ、俺はがくりとうなだれるのだった。