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第百七話

「へぇー、あれが鉱山都市ノーバンかぁ」


 旅路の先に見えたその景色に、サツキが感嘆の声をあげる。

 着物姿の少女が見渡す先には、青空の下にそびえる岩山と、その中腹からふもとにかけて広がる住居群の姿があった。


 俺たちが今歩いているのは、鉱山都市ノーバンへと続く街道である。


 俺の隣にいるサツキは、そのポニーテイルの黒髪を揺らし、ひょこっと俺の顔を覗き込んでくる。


「なあウィル、あそこ温泉とかあるかな?」


 そう言ってにひーっと屈託なく笑う少女。

 その様子を見て、俺は一つため息をつく。


「サツキ。キミはここに何をしに来たのか分かっているのか?」


「分かってるって。クエストだろ。何だっけ、ロックワーム……だっけ? でっかいミミズみたいなの退治しに来たんだろ」


「そうだ。観光をしに来たわけではない」


「分かってる、分かってるから、んな固いこと言うなって。な、温泉あったら一緒に入ろうぜ、ウィル♪」


 そう言ってサツキは、俺の右腕に抱きついてきた。

 着物越しの柔らかな感触が伝わってきて、本音のところ、かなり戸惑う。


 だが俺が彼女をどうやって引きはがそうかと困っていると、別の仲間たちからサツキへのツッコミが飛んだ。


「サツキ。いつから酔っぱらってない時までビッチになったですか?」


 そう言ってサツキにジト目を向けるのは、獣人にして盗賊シーフの少女ミィだ。


 子供のような小柄な体躯に、猫耳族ミャールを象徴する猫耳と尻尾。

 外跳ねショートの栗色の髪や、活発さを表すような袖の短いシャツやズボン、それに口元に垣間見える八重歯などが、少女の愛くるしさをこれでもかと表現している。


「まったくだわ。あなたの今のそれ、まるで遊女よ。分かっているの?」


 一方、そう言ってサツキに冷たい視線を送るのは、神官ホーリーオーダーの少女シリルだ。


 歳の頃は俺やサツキと同じ十代中頃。

 セミショートのプラチナブロンドの髪に、知性と真摯さを宿した紫色の瞳。

 金縁の装飾で彩られた純白のローブは、彼女の母性的なシルエットを魅惑的に包み込んでいた。


 だがサツキは、ミィとシリルの冷淡な視線にさらされても、びくともしない。


「『命短し恋せよ乙女』ってのがあたしの師匠の教えだかんな。そのつもりはねぇけど、冒険者やってたら明日死ぬかもしれないんだ。やりたいことはガンガンやってかないとな」


「……なまじ正論なだけに腹立たしいわね」


 シリルはそう言って苦笑する。

 一方のミィは、そのシリルにちらりと視線を送る。


「ならシリルもあれをやりますか?」


「冗談でしょう? 私には恥も外聞もあるもの。四人だけで旅をしているときならともかく、ほかの冒険者たちの見ているところであれはできないわ」


 ミィの問いかけに、シリルがそう言って肩をすくめた。


 俺、サツキ、ミィ、シリルの四人は、活動拠点である都市アトラティアでクエストを受け、鉱山都市ノーバンへと向けて二日間ほどの旅をしてきたところだ。


 受領したクエストは「ロックワーム退治」。

 ノーバンの坑道に大量発生したロックワームを退治してほしいという内容の、クエストランクDの合同クエストである。


 ロックワームというのは、サツキの言う通り、巨大なミミズのようなモンスターだ。

 ただしその巨大ミミズは人を丸呑みにできるほどの図体を備えており、鋭利な牙がずらりと並んだ大口は岩をも融かす酸を吐き出し、板金鎧プレートアーマーを装備した重戦士をもたやすく貪り食ってしまうと言われている。


 なお「合同クエスト」というのは、複数のパーティが同時に受けることができるクエストのことである。

 今回のロックワーム退治のクエストでも、俺たちのパーティのほか、もう一つ別の冒険者パーティがこのクエストを受託していた。


 そして俺たちは、そのもう一つの冒険者パーティと同時に、ノーバンまでの旅路を歩んできたのだ。

 彼らは今、俺たちの少し前方を進みながら、チラチラとこちらの様子をうかがっていた。


 その冒険者パーティは、Dランクの中堅冒険者が寄り集まった四人組だ。

 全員が男で、歳の頃は全員二十代後半から三十代前半といったところだろう。


「ちっ、Eランクのヒヨッコパーティが、ピクニック気分かよ」


「放っておけよ。ああいう勘違いした若いのは、すぐに命を落とすだろうよ。俺たちが何を言っても耳を貸しやしないって」


「でもだとするともったいないぜ。女三人とも、えれぇ別嬪だ。死なすぐらいならその前に俺たちで食っちまうってのはどうだ?」


「ははっ、いいねぇ。坑道で襲うか? モンスターより怖いものがいるって教えてやろうぜ。あと女の幸せってやつもよ」


「おいおい、聞こえてるぞ。睨んでる睨んでる」


「バーカ、聞かせてるんだよ。気の強そうなところがまたたまんねぇよな」


 彼らはそんな与太話をしながら、げらげらと笑い声をあげていた。

 冒険者によくいるタイプの、あまり品格のない者たちのようだった。


 一方サツキたちのほうも、冒険者などをやっていればああいった手合いには慣れたもののようで、一々詰め寄って噛みつくようなこともなかった。

 たださすがに不快感はあるようで、こちらもこちらで、シリルを筆頭に相手に聞こえよがしに嫌味を言っていた。


「あんなので先輩面されても、尊敬どころか軽蔑しかできないわね」


「だよな。ああいう連中のがすぐに死ぬんじゃねぇの?」


「でも、あんなのでもしぶとくDランクになるまで生き延びているんですから、ゴキブリみたいなものかもしれないです」


 そのミィが言った「ゴキブリ」という表現が言い得て妙に思えて、俺は図らずも軽く吹き出してしまった。

 冒険者生活を続けて生き延びているだけでも敬意を払うに値するとは思うのだが、一方でその人柄がああだと、妙に合致してしまうように思えたのだ。


 冒険者はDランクになれば、ひとまずの一人前として扱われる。

 新米冒険者は経験を積み、このDランクに到達することを一つの目標とする。

 俺たちのようなEランクの冒険者は、まだまだ半人前として扱われるのが一般的だ。


 一方で、多くの冒険者はDランクで冒険者ランクがストップする。

 長年冒険者を続けた者でも、Cランク以上に至るのは全体の二割ほどにすぎないと言われている。


 これは何故かと言えば、Cランクになるためにクリアしなければならないクエストが、多くの冒険者たちにとって危険すぎたり、困難すぎたりするためだ。

 それに挑戦して命を落とす冒険者もいれば、一個下のランクのクエストに安住する者もいるが、挑戦した上で成功し続ける者たちとなると一握りしか残らないというのが現実である。


 そして多くのDランク冒険者パーティが安住する「一個下のランクのクエスト」というのは、具体的にはランクDのクエストになる。

 一方でそれは、俺たちのようなEランクの冒険者パーティが受領可能なクエストでもあるのだ。


 だからEランク冒険者のパーティとDランク冒険者のパーティとでは、受けるクエストが競合することが多い。

 今回のクエストは、まさにそうした内容であった。


 さて、それはともあれ。

 事態はどうも、まずい方向へと進み始める。


 ミィの言葉に噴き出した、その俺の反応がトドメになったのか。

 低ランクパーティからの嘲りの声に腹を立てた先輩冒険者たちが、ついに足を止め、踵を返してこちらへと向かってきたのだ。


 彼らは俺たちの行く手に立ちふさがり、威圧するようにこちらを睨みつけてくる。


「……おいヒヨッコ、ちょっと女にモテるからっていい気になってんじゃねぇぞ」


 戦士ファイターらしき体格のいい男が、のしのしと歩み寄ってきた。

 俺の胸倉を、ガシッとつかみ上げる。


 それを見て、俺の腕に張り付いていたサツキの視線が冷気を帯びた。

 彼女は俺から身を離しつつ、その手を腰の刀へとかける。


「おい先輩、その汚ねぇ手を離せよ。テメェも戦士だろ。ここでやり合うつもりなら、あたしが相手になるぜ」


 見ればミィとシリルも、先ほどまでよりも鋭く相手を睨みつけていた。

 二人とも必要があればすぐに戦闘に突入できる体勢である。


 一方で相手方の冒険者たちも、サツキが刀に手を掛けたのを見て色めき立ち、自らも武器を抜く姿勢を見せ始める。


 一触即発の空気。

 だがこんなことで命の取り合いなど、冗談ではない。


「待ってくれ」


 俺は気色ばむサツキたちを、そう言って制する。

 それから目の前の、俺の胸倉をつかむ男へと言葉を向けた。


「俺の態度が気に障ったならすまなかったが、非礼はお互い様だろう。それに冒険者同士での暴力沙汰は冒険者モラルに反するし、互いの利益にもならない。そのことは俺たちのようなヒヨッコよりも、あなたたちのほうがよく分かっているはずだ」


「チッ……!」


 男は舌打ちをして、俺の胸倉から手を離した。

 そして苛立ちを隠せないという様子で、どすどすと仲間たちのほうへ戻っていった。


 それから先輩冒険者パーティは、最後に俺たちのほうを睨むように一瞥すると、さっさと鉱山都市ノーバンへと向かって行ってしまった。

 俺はそれを確認し、一つ大きく息をつく。


 どうやら前途は多難のようだ。

 冒険者同士で足を引っ張り合うような馬鹿げたことにならなければいいが……。


 なかなかどうして、世の中は思い通りにはいかないものだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] こんな煽っておいて、しかも美少女の仲間を連れておいて裏切られないわけないよね
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