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第百六話(第二部エピローグ)

 オークの総大将を倒した。

 異空間の扉ディメンジョンゲートの効果が切れると、俺たちは元のエルフ集落に戻された。


 集落で最も大きな巨木の下。

 そこに再び現れた俺たちの周囲には、多数のオークが集まっていた。

 オークエンペラーが異空間に呑み込まれる前に、集落じゅうのオークに集合をかけたためであろう。


 ただオークたちは、突如現れた俺たちと、倒されたオークエンペラーや二体のオークロードなどの姿を見て明らかに狼狽していた。

 連中にしてみれば、自分たちの中で圧倒的に最強の存在であったリーダーたちが倒されたのだ。


 そしてそれを倒したのであろう人間たちはいずれも健在である。

 いま連中には、俺たちがさぞやとてつもない力を持った怪物に見えていることだろう。


 さて、ここで必要なのは、連中の士気を崩壊させることだ。

 半ば以上まで統率の崩れたオークの軍団を、まったく統率のない多数の個としてバラバラに切り離しつつ、戦意を失わせること。


 そのためにはあと一押し、恐怖と混乱を追加してやればいい。


 そしてこういうときは、実質的な効果の大きさよりも、ハッタリ目的を交えた見た目の派手な呪文を使ってみせたほうが良い。

 俺はそう考えて、呪文の詠唱を開始する。


 するとその俺の行動を見て、取り囲んでいたオークたちのうちの一体、オークジェネラルと思しき個体が、何をしている、早くあいつらを殺せと、オーク語で周囲のオークたちに命じた。


 だがその命令にも、オークたちは及び腰だった。

 程度の差はあれ、どんな生き物でもたいてい死にたくはないものだ。

 それはオークどもにしても同じで、圧倒的存在であったオークエンペラーやオークロードたちを倒した者たちを相手に、命を賭して立ち向かってこようとするオークはなかなか現れなかった。

 相手を蹂躙できると見れば細かいリスクは考えずに向かってくる愚鈍なオークたちでも、圧倒的不利を感じながらわざわざ襲い掛かってこようとはしないのだ。


 ただ実際のところ、その力関係の構図は向こうのオークが総出で掛かってくれば容易に崩れるのだが、いまのオークたちがそのイメージを持つことはできないだろうし、そうなるように仕組んだのは俺だ。


 そして、そうこうしているうちに俺の火球ファイアボールの呪文が完成した。


 俺の杖の先から放たれた紅蓮のエネルギー球は、部下のオークの背を押して行け行けとけしかけているオークジェネラルへと直撃し、そこを中心に激しい爆炎を巻き起こした。

 爆炎は中心となったオークジェネラルのほか、その周囲にいた十体近くのオークを巻き込んで炸裂し、その大部分を再起不能にした。


 そしてさらに、それとはまったく関係なしに、取り巻きの後方にいたオークたちが悲鳴をあげる。

 そこには取り巻きの外側から、通常の矢と魔法の矢マジックミサイルの雨が降り注いでいた。


 それはフィノーラが指揮するエルフの軍勢の攻撃に違いなかった。

 そこまでの精度で示し合わせたわけではなかったが、結果としては完璧なタイミングだった。


 それがオークたちの士気が瓦解する、最後の決め手となった。

 この場にいては殺される、そう感じたオークたちは恐慌をきたし、我先にと散り散りに逃げ出したのだ。


 こうなってしまえば、生き残ったオークジェネラルなどの上位種が何を指示しようが無意味だ。

 人質を用いて牽制するなどの部隊統率を前提とした行動もまともに機能しなくなるし、上位種たちとてそんな小さな抵抗をしている暇があるならさっさと逃げ出すだろう。


 そうしてオークたちが群れとしての統率を失って散り散りになってしまえば、あとはもう残党狩りだ。


 実際のところはまだ、こちらの戦力とオークどもの総数はほぼ変わらないのだが、それでも統率を失ってしまえば「残党」であり、烏合の衆だ。

 どたどたと逃げ出そうとするのろまなオークどもを、三人一組スリーマンセル以上で動くエルフの戦士たちが一体ずつ確実に仕留めていった。


 当然ながら俺たちもそれに協力し、五人全員でトータル二十を超える数のオークを狩った。

 撃墜スコアはアイリーンが十、サツキが八、ミィが五で、援護に徹した俺とシリルはゼロだった。

 しかし、「いや、これ半分はウィルが倒したようなもんだろ。援護ってレベルじゃねぇぞ」とのサツキの言にはアイリーンとミィはうんうんとうなずいていたし、「それに僕の傷を癒してくれたのはシリルさんだからね。それがなかったら僕は動けてなかったよね」とはアイリーンの意見だった。


 そうして俺たちとエルフの戦士たちが数時間に及ぶ残党狩りを続けると、もはや集落の周囲に残っているオークは皆無となった。

 俺も空を飛んで偵察をしたが見当たらなかったから、あとは狩り漏らしがあったとしてもせいぜいが数体程度だろう。


 そして、やがて空に夕焼けが広がってきた頃。

 空の偵察から帰還した俺の報告を聞くと、フィノーラは多数のエルフたちが集まっている場に、俺と仲間たちを呼んだ。



 ***



 広場に呼ばれた俺とアイリーンとサツキ、ミィ、シリル。

 その周囲には、俺たちを歓迎するように取り囲む大勢のエルフたちがいた。


 フィノーラはエルフたちを代表し、俺に向かってこう伝えてきた。


「ありがとう、ウィリアム、そしてその友である人間と猫人族ミャールの戦士たちよ。キミたちがいなければ、我々はあのオークどもに敗れ、この地のエルフはみな滅ぼされていただろう。本当に感謝の言葉もない。──これは約束の報酬だ。このようなものでキミたちへの恩に報いられるとは思わないが、提示された額の倍額を入れておいた。どうか受け取ってほしい」


 フィノーラはそう言うと、俺にたっぷりの貨幣が入った革袋を渡してくる。

 ずっしりと重みのあるそれには、紐を解いて口を開けば、確かに黄金色の輝きを放つ金貨が大量に詰まっていた。

 俺はフィノーラに問い返す。


「……いいのか? これほどの額は、キミたちにとっても安い額ではあるまい」


「ああ、構わない。これでうちの集落の金庫はほぼ空だがな。しかし我々エルフにとって貨幣は人間たちとの取引で使うばかりのものだ。元より自給自足の生活をしている我々にとって、大きな支障はない。それに何よりこれは、キミたちの働きがなければすべて失われていたはずのものだ。私たちにとっても良い取引だよ」


「そうか。ならばありがたく受け取っておこう」


「ああ、そうしてほしい。──ついでに言えば、キミたちは我々にとっての英雄だ。大英雄ウィリアムとその仲間たちが築いた偉業は、今後我々エルフの間で伝説として語り継がれることになるだろう」


 フィノーラは余興のつもりなのか、「ついで」としてそんなことを言ってきた。

 だが俺は、それを聞き捨てすることはできなかった。


「……冗談だろう? 俺たちはまだ新米の冒険者だ。英雄と呼ばれるような段階には到底ないぞ」


「我々からはそうは見えんということだよ──なぁ、みんな」


 フィノーラがそう言って周囲を見渡すと、そこにいたたくさんのエルフたちは示し合わせたようにうんうんとうなずいた。

 そしてぽつりぽつりと、「英雄だよな」「ああ、間違いなく英雄」「どう考えても英雄」という、英雄という言葉の大安売り発言がそこかしこから聞こえてきた。


 ……むぅ。


 俺にとって「英雄」という存在は、冒険物語を読み漁っていた幼い頃からの憧れだ。

 そんなに安売りをしないでほしいものなのだが……。


 そう思っていると、横からサツキがひょこっと俺の顔を見てくる。


「……あれ? ウィルなんか顔赤くねぇ? ひょっとして照れてる?」


 するとそこに、俺を挟んで逆隣りにいたアイリーンが口を挟んでくる。


「あー、ウィルは昔っから物語の英雄に憧れてたからねぇ」


「え、何それ姫さん。その辺の話詳しく」


「うん、あのね、ウィルは昔っから冒険物語を読むのが大好きでー……」


 ただちにアイリーンの口を封じなければならない。

 俺はそうした強い衝動に駆られた。


「う、うるさい。サツキもアイリーンも、それはこの場で話すようなことではないだろう!」


「わきゃっ」「ひゃんっ」


 俺は両手でそれぞれサツキとアイリーンの頭を押さえて黙らせた。


 するとサツキとアイリーンは、俺に頭を押さえられたまま互いに目くばせのアイコンタクトで何かを伝え合ったようだった。

 まったく……この二人は仲がいいのか悪いのか。


 するとそこに──


「ねぇ、お母さん。私もウィリアムに話したいことがあるんだけど、いいかな」


 フィノーラの後ろに立っていたレファニアが、話に割り込んできた。

 フィノーラはうなずいて、娘にその場を譲る。


 レファニアは俺の前に立つと、こう言ってきた。


「ウィリアム。あなたにその意識はないかもしれないけど、あなたたちはまごうことなき私たちの英雄だし──それに何よりも、私の英雄よ」


 そしてレファニアは一歩、二歩、三歩と俺のほうへ向かってきて──


「ありがとう」


 背伸びをして、俺の頬にキスをしてきた。


 そして気恥ずかしそうに顔を赤くしたレファニアは、一歩、二歩と後退する。

 それからエルフの少女は、何やら知らないが「よし」と小さくガッツポーズをした。


 それを呆然と見ていたサツキやアイリーン、それにミィとシリルまでが──


「「「「あああーっ!」」」」


 一斉に大声を上げた。

 そして四人がバタバタと俺の前に出て来て、レファニアとの間にバリケードを作る。


「て、てめぇ! 恩を仇で返すってこのことだぞ!」


「僕だってキスはしたことないのに!」


「フシャーッ! レファニア、月のある晩ばかりだとは思わないことです!」 


「ちょっとそこに直りなさい! あなたには説教が必要だわ!」


 やんややんやとよく分からないバトルが始まってしまった。

 困った俺は一人、頭を掻くしかなかった。


 ──しかし一方で、大きな肩の荷が下りて、日常に帰ってきた気もする俺だった。


 エルフたちにとっては、オークどもを退治したからといって、それですべてが解決したわけではない。

 命を落とした者、悲惨な目に遭ったもの、そしてその家族、友人。

 物理的な問題、精神的な問題、いろいろな問題が山積みだろう。


 だがそれはエルフたちの物語で、俺たちが関われるのはここまでだ。

 俺たちはまた別な場所で、別の人生ものがたりを紡いでゆくこととなるだろう。


 だがひとまずは、いまぐらいは。

 この心地よい達成感に浸ってもよいのではないか。


 仲間の少女たちがギャーギャーと騒ぐ姿を微笑ましく眺めながら、一人そんなことを思う俺なのであった。


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