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魔術学院を首席で卒業した俺が冒険者を始めるのはそんなにおかしいだろうか  作者: いかぽん
第二部/第五章

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第百二話

「キミたちに、ここで確認をしておきたい」


 俺は仲間たちを見渡し、そう口を開く。


 仲間たちはロープでぐるぐる巻きにされており、彼女たちから俺の姿はオークに見えているはずだ。

 締まらないことこの上ないが、致し方ない。


 少女たちが皆うなずくのを確認して、俺は続く言葉を紡ぐ。


「この先に広がる光景は、まごう方なき地獄だ。そこに厳然としてあるこの世の地獄だ。エルフたちはその生命と尊厳と肉体を、無惨に蹂躙され陵辱されている。この先に進めば、俺たちもその仲間入りをしないとは、完全には断言できない。──俺たちはまだ、いまならば引き返すことができる。それでもこの先に進みたいと、キミたちはそう思うか?」


 俺は仲間たちに、そう問うた。


 冒険者をしていればいつだって、命の危険は付き物だ。

 だが一方で、冒険者として立ち向かうべきでないリスクも存在する。

 俺はサツキ、ミィ、シリルの三人を見渡して、報酬状況の確認をする。


「成功報酬は金貨二百枚だ。一人当たり金貨五十枚の報酬は、一般的なEランクのクエストを五度クリアするのに匹敵する報酬であり、日雇い労働者の三ヶ月分の賃金に相当する額だが、『その程度』と言うこともできる」


 だが「一般的なEランクのクエスト」にだって、当然ながら命の危険は存在する。

 それはどんな冒険にも皆無ではない。


 ちなみにアイリーンに関しては、報酬すらも関係ない。

 彼女が動いているのは完全に情であり、己の正義のためだ。

 俺は彼女に向かっても語りかける。


「アイリーンも、いま一度よく考えてほしい。それが自分の命を賭して守るに値する信念なのか」


「……それは僕に、エルフたちを見捨てろってこと? お互いに助け合う良き隣人であろうって、さっき約束したばかりだよ僕は」


 アイリーンは少しカチンときた様子で、俺のほうを睨みつけてきた。

 さすがに頑固だ。アイリーンらしいと言えばらしいが──


「ああ、その選択肢も視野に入れるべきだと言っている。所詮は『大して親しくもないエルフの命』だ」


「……ねぇウィル、それ本気で言ってるの」


 アイリーンの怒気が増す。

 ほとんど殺気と言っていいほどの威圧。


 だが俺も、ここで退くわけにはいかない。


「ああ、本気だ。先に言っておくが、この中の誰か一人でもこの先に進むと決めた場合、俺はそれについていく。つまりアイリーン──キミが先に進むと決めたなら、俺はキミ一人をあそこに向かわせるつもりはないから、キミをサポートするために俺もキミと一緒に行く」


「……はあっ?」


 俺の言葉を聞いたアイリーンは、素っ頓狂な声を上げる。


「だ、だって、ウィルはあのとき、僕の想いに自分の命はベットできないって言ってたじゃない」


 アイリーンが言う「あのとき」とは、俺が鷲の姿で偵察から帰る際に、アイリーンと出会ったときのことだ。


 そして確かに俺も、そのようなことを言ったと記憶している。

 だが──


「いや、それに関しては気が変わった。冷静に考えれば、アイリーンを見捨てるという選択肢は俺の中であり得ない。俺にとってキミは、とても大切で、絶対に失いたくはないかけがえのない──親友だ」


「ですよねっ!」


 アイリーンは何故かズッコケた。

 サツキ、ミィ、シリルの三人がそれを見て失笑し、肩をすくめている。

 よく分からんが、さておき。


「重要なのはここから先だ、アイリーン。キミが進み、俺がそれについていくとなれば、サツキやミィやシリルだってついてくると言うかもしれない」


「……うん」


「つまりキミの決断が、サツキたちの命を脅かすかもしれないわけだ。俺がエルフの命を『所詮』と言っているのはそういう意味だ。──俺にとって、さほど親しくないエルフたちの命よりも、サツキやミィやシリルやアイリーンの命のほうが何万倍も大切なんだ」


「…………何だよそれ。卑怯だよそんなの」


 俺の言葉を聞き、アイリーンは思いつめた顔でうつむいてしまう。


 だがこれは必要なことだ。

 今回ばかりは、彼女に短慮で動かれては困る。

 そして彼女に短慮をさせないためには、社会常識よりも情に訴えかけるほうが的確だ。


 だが短慮でなく、しっかり悩んだ末に出した結論ならば、それを否定するつもりはない。

 俺だってエルフたちを見捨てたくはない。

 はっきりと言うならば、俺もまだ迷っているのだ。


 本当に手遅れなのか、と問えば本当の手遅れではないのだと思う。

 死んだ者たちは救えないとしても、生きている者たち。

 例えばサツキたちがあのような目に遭っていたら、もう手遅れと思って見捨てるのかと問えば、そうはならない。


「──ねぇ、ウィリアム。私の意見を言ってもいい?」


 そのときシリルがそう聞いてきた。

 俺を見つめる眼差しは、真剣な、力強いものだった。


 俺がシリルに続く発言をうながすと、彼女はうなずいて続く言葉を述べる。


「勘違いされると困るのだけど、想いで動くのはアイリーン様だけじゃないわ。報酬に関係なく、私にだって正義がある。私はオークどもを許せないし、救えるエルフの命があるなら救いたい──私はこの自分の信念を曲げて生きたくはないわ。たとえそれが、目の前にあるものだけしか見ていない、偽善に似た信念だとしても」


 シリルは純白ローブに包まれた立派な胸に手をあてて、そう訴えかけてきた。


 そしてさらに、もう一人。

 猫耳をぴょこぴょこと動かしながら、獣人の少女が口を開く。


「ミィもオークどもは許せないです。片っ端から喉元を掻き切ってやらないと気がすまないです。──それにウィリアムがここまで来たからには、十分な勝算があるのですよね?」


「ああ。百ではないが」


「だったらいつも通り、ミィはそれに乗るです。ミィたちは冒険者をやっているです。命の危険なんて考えすぎていたら何もできないです」


 そしてそのミィに続き、着物姿の少女も口を開く。


「あのさ、なんかときどき思うんだけど、ウィルってあたしらの保護者か何かのつもりでいるんじゃねぇ?」


「いや、それは……」


 ……ないとは、言い切れないか。

 これに関してはサツキの言う通りかもしれない。


「頼りないかもしんないけど、あたしらウィルの『仲間』だよ。だから、なんて言うかさ──まああれよ、大船に乗ったつもりで任せとけってこと! オークの親玉だろうが何だろうが、あたしが全部まとめてぶった切ってやるからさ!」


 そう言ってサツキはニッと笑う。


 俺はそれを聞いて、つい口元が緩んでしまった。

 無茶苦茶だ。

 サツキにかかると、計算も何もあったものではない。


 そしてそのサツキには、アイリーンが横から茶々入れをする。


「えー、サツキちゃんには無理じゃないかなぁ? 虚勢張らないで僕に任せておけば?」


「う、うるせぇな! こういうのは気分の問題だ! バーンッとやってドカーンってぶっ飛ばしゃいいんだよ!」


「あはは、これじゃサツキちゃんには任せられないよね~。ね、ウィル?」


「ふふっ、そうだな」


「えーっ!? ウィルまで! ひどい!」


 サツキにそうして泣きが入ると、その場の皆に笑いが広がる。

 不思議なことに、いつの間にか場が温まっていた。


 そして何より、皆の意志は固まっていた。

 俺は総括として、少女たちを見渡して言う。


「では満場一致で『進む』でいいか? 先にも言ったが、この先に広がっているのは地獄のような光景だぞ?」


 そう問うと、アイリーンが分かってないなぁという顔をして言った。


「だから、その地獄に僕たちが殴り込んで、ぶち壊してやるんでしょ?」


 その自信たっぷりのアイリーンの顔を見て、俺は一本取られたなと感じる。


「ああ、そうだな。──では行くか、地獄をぶち壊しに」


「「おーっ!」」


 俺の掛け声に、少女たちは思い思いの賛同の返事をしたのだった。


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