第百一話
俺はサツキ、ミィ、シリル、そしてアイリーンの四人を連れて、木漏れ日の落ちる森の中を進んでいた。
昨日降った雨の影響で、周囲の木々の葉からはいまだにぽつりぽつりと水滴が落ちている。
「それにしても、本当オークにしか見えねえよなぁ」
俺の後ろを歩くサツキが、俺の姿を見ながらそう感想を漏らす。
ちなみに彼女の体はロープでぐるぐる巻きにされており、その後ろの三人も同様だ。
少女らを一括りに拘束したロープの先端は俺が握っており、彼女たちを連行するようにして引っ張っている。
「それはそうだろう。変装の呪文でオークの姿をとっているのだから、そうでなければ困る」
「何も知らなかったら間違って斬っちまいそう」
「なるほど。そうならないように気を付けることにしよう」
俺は変装の呪文を使って、自分の姿をオークへと変えていた。
そのオークの姿をした俺が、ロープで縛られた少女たちを連れ歩いている。
つまり外から見た絵では、いまの俺たちの姿は「オークに捕らえられた四人の少女たち」という構図になる。
なお変装は変身よりも下位の呪文であり、変身した生き物の能力までを得られる呪文ではない。
いわばハリボテの姿変えの呪文であり、いまの俺はオークの姿はしていても、オークの怪力を持っているわけではない。
ただ、姿を変えたまま呪文を使うことができるし、見た目だけなら衣服や装備ごと変えられることもあって、状況によってはこちらのほうが使い勝手が良いこともある。
「でもウィル、確かもうそろそろだよね? 僕この辺り見覚えがある気がする」
最後尾を歩くアイリーンが、きょろきょろと辺りを見渡しながら言う。
確かにこの辺りは、俺が偵察帰りにアイリーンと出会った場所とほど近い。
「そうだな。そろそろ『目』を飛ばす頃合いか」
俺はアイリーンの言葉を受け、その場で一度立ち止まると、魔法の目の呪文を唱えた。
呪文が完成すると、俺のすぐ前に透明不可視の「目」が現れる。
その「目」は俺の目線と同じぐらいの高さに浮いており、俺の意志で、人が歩くぐらいの速度で動かすことが可能だ。
「偵察をする。少し待っていてくれ」
俺はそう仲間たちに告げると、「目」をこれから向かう先へと進行させた。
そして己のまぶたを閉じ、自身の視界のチャンネルを「目」へと合わせる。
すると、「目」に映し出された景色が、俺の視界へと映される。
俺はそのまま、「目」を進行させた。
しばらく進むと、目的地の集落が見えてきた。
フィノーラたちが元々暮らしていた集落で、いまはオークたちに支配されていると思しき場所になる。
そしてそのことを証明するかのように、集落の入り口には一体のオークが見張りとして立っていた。
その奥、集落の内部を見ても、あちこちにオークが闊歩しているのが見える。
集落は大木の上に住居を構えたツリーハウスが多数並んでいるものだ。
その住居までは木の幹に掛けられた梯子を上っていく形になっていて、レファニアたちの暮らしているエルフ集落と同様の形状をしている。
ただ、住居の数はレファニアの住んでいた集落の数倍もあり、集落の規模としては圧倒的に大きいものだった。
だがその大規模の集落も、いまやオークたちに支配されて、無惨な有り様だ。
俺はその様を確認しながら、「目」に見張りのオークの横を通り抜けさせ、集落の中へと進めていった。
相も変わらず、あちこちに横たわったエルフの死体は野ざらしだった。
いや、ひどいものになると、焚き火跡の近くで「食い散らかされた」ものもある。
俺はそれを見て、生理的な嫌悪感と怒りを覚える。
そしてサツキたち四人にも、「こういった状態であること」は事前に伝えておく必要があると感じる。
事前の心構えなしでこれを見たら、彼女たちがその場で感情的になって行動してしまい、それによって作戦が破綻する可能性が高い。
心構えのための事前情報は重要だ。
そしてそれは、「それ以外の光景」に関しても同様だろう。
俺が「目」を進めていくと、集落のあちこちで、一人のエルフの女に複数のオークが群がっている光景が見てとれた。
木漏れ日による清々しい朝日の落ちる中で展開されるその光景は、何の冗談かと思うほど不似合いで、無惨だった。
それを見る「目」が音声までを伝えてくれないことは、幸いと言うべきなのかどうなのか。
現実感のないその光景は、しかし疑いようもない現実である。
だが俺が魔法の目の呪文を使ったのは、こうした現実を再確認して自身の怒りの感情を増幅させるためではない。
ミッション達成のために必要な、重要な情報を獲得するためだ。
俺はその光景を尻目に、さらに「目」を進める。
そして集落の中を、くまなく偵察して回った。
ほどなくして、「そいつ」は見つかった。
集落にあるツリーハウスの中でも、最も立派な大樹の上に建てられた住居があった。
おそらくはこのエルフ集落の長が住んでいた住居だろう。
その住居が立てられた大樹の下部、木の幹を背もたれ代わりにして作られた即席の「椅子」に「そいつ」は座っていた。
いや、あれを椅子とは呼びたくない。
それは多数のエルフの死体を積み重ねて、その上に布敷きをし、無理やり椅子に見立てた代物だった。
そこに座っている主は、確かにオークのようだ。
オーク特有の緑色の肌を持ち、豚面をしている。
そして巨体だ。
だがその巨体の巨体ぶりが、ほかのオークの比ではない。
二メートル半ほどの背丈があろうか。
俺も人間の成人男性としてやや背が高い方ではあるが、その俺が子ども扱いにしかならないほどの大きさだ。
もはや巨人と呼んで差し支えない大きさ。
それに、背丈だけではない。
一般オークの肥満体がそのまま巨大化したような形をしていて、その重量感と威圧感はすさまじいの一言。
その巨体に、オーラだ。
全身に、オーラの薄い輝きが見える。
その頭には、何か大型の獣の頭部の骨で作ったような兜とも冠ともつかない被り物をしている。
その存在が、山積みにされたエルフの死体を押し潰すようにして、我が物顔で座っていた。
──オークエンペラー。
敵の総大将にして、この騒動の元凶とも言える存在だ。
いまそいつは、手慰みのようにして、何かを口に運んでいた。
そして、それが骨だけになったと見るや、無造作に捨て、「次」を要求する。
そのエンペラーの傍らには、側近のようにして立つ二体のオークロードと、その周辺で怯えるように肩身を狭くしている三体の一般種のオークがいた。
オークロードのうちの一体が、エンペラーの要求を受けて一般種のオークに指示を出す。
三体の一般種のオークのうちの一体が、慌てて、オークエンペラーの「椅子」とは別に積んであったエルフの死体から、腕を一本もぎ取った。
そしてそれを、エンペラーに献上する。
エンペラーはそれを無造作に受け取り、自らの口へと運ぶ──
──俺はそこで、「目」を別の方角へと移動させた。
不快でしかないものを、つぶさに観察しても仕方がない。
重要なのは、そこにエンペラーがいて、さらにロード二体と、通常種三体がいたということ。
目的地はあそこだ。
俺はさらに、「目」を使って集落の全体をざっと見て回る。
そこで見た光景は、それまでに見たものと大差はなかった。
そして俺はその後、集中を切って一つ息を吐いた。
「……どうだったですか?」
まぶたを開くと、ミィがそう聞いてきた。
サツキ、シリル、アイリーンもいる。
俺の視界に地獄はなく、ただ平和な森の中の風景と、優しい仲間たちがいるばかりだった。
「…………」
俺は言葉を失ってしまった。
俺はこれからこの少女たちを、あの地獄へと連れていくのか?
何故。
ここでエルフたちとの依頼を打ち切って、見なかったことにしてしまえば──
そもそもあそこに、救うべき対象などいるのか。
もうすべてが手遅れなのではないのか。
何のために戦うのか。
何のために俺と、俺の仲間たちの命を賭けるのか。
「……キミたちに、ここで確認をしておきたい」
俺は仲間たちを見渡し、そう口を開いた。