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魔術学院を首席で卒業した俺が冒険者を始めるのはそんなにおかしいだろうか  作者: いかぽん
第二部/第四章

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第百話

 そうして仲間たちと話をしていると、やがて二人のエルフ──フィノーラとレファニアが俺たちのもとにやってきた。


 フィノーラは俺の前に立つと、そのエルフらしい華奢な手を俺に向かって差し出してくる。


「ウィリアム、キミたちに協力してもらえたのは本当に僥倖だ。感謝の念に堪えない。我々エルフだけで戦っていたなら、この戦士団はすでに壊滅の憂き目に遭っていただろう。それが誰一人犠牲者を出さずにこれだけの数のオークを殲滅できた──私たちは値千金の味方を得ていたのだな」


 見ればフィノーラとレファニアだけでなく、その場にいるエルフの戦士たちが皆、敬意をもって俺たちの一行を見守っていた。

 俺は差し出されたフィノーラの手を受け取り、握手をする。


「ああ。俺も少なくとも賃金分以上の仕事は為せているかと自己評価している。──彼女の手助けもあってのことだがな」


 そう言ってアイリーンを示すと、フィノーラは今度はアイリーンのほうへと向かっていって、彼女とも握手をする。


「あなたは人間の国の王女だと聞いた。それも我々に雇われたわけでもないのに協力してくれていること、感謝の言葉もない」


「僕は自分の正義に則って行動しているだけだから。国を代表して動いてるわけじゃない。でも人間とエルフは大切な隣人だ。困っているときはお互い手を差し出し合えればなって、僕は思ってる」


「ああ。私たちはこの恩を忘れない。もし何かあなたたちが私たちの手助けを必要とすることがあれば、遠慮せずに要望してほしい。可能な限り助力しよう」


「うん、ありがとう。お互い良い関係を築いていけたらいいよね。──でも、それを言うのはまだ早いんじゃないかな。事は全然終わってない。むしろこれからが本番……だよね?」


「ああ。……ああ、そうだ。まったくその通りだ」


 フィノーラとアイリーンの二人は握手を交わし終えると、二人とも真剣な顔で俺のほうへと向き直る。

 俺はその二人に向かってうなずいて、続く話を始める。


「アイリーンの言う通り、いまの戦いは前哨戦でしかない。本当の戦いはこのあとの一戦になるだろう。──フィノーラ、一応聞いておくが、俺たちがここにいなかった場合、エルフたちの戦力だけで勝てる算段は何かあったのか?」


「……いや、恥ずかしながら、算段と言えるようなものはなかった……。オークどもの戦力の正確な把握もなく、希望的観測と、やるよりほかはないという精神論だけで戦うつもりだったのだと、いまさらになって思い知らされたよ」


「そうか、分かった」


 俺はフィノーラの思慮のなさを責めようとは思わなかった。


 感情的になって周囲が見えなくなることは誰にでもある。

 無論、指揮官がそうであってはまずいのだが──仮に俺が彼女の立場だったとして、自分の隣人、例えばサツキやミィやシリルやアイリーンがあのような目に遭っていたら、平静でいられる自信はない。


 いまの俺は、被害者との心理的な距離が遠いから、ある程度冷静でいられるだけ。

 ゆえに俺は、彼女を強く責めようという気にはなれなかった。


 そして、今はそれよりも次の最善を考えるべきだ。

 反省に価値はあっても、後悔に建設的な意義は何もない。

 未来に向けての話をするべきだ。


 そして、俺はその未来に関する話として、まずは問題の共有を図ることにした。


「一つ問題がある。俺の魔素マナの残量と、次のミッション開始のタイミングに関してだ」


 俺は主にフィノーラに向かって、そう伝える。

 彼女が一つうなずいて先を促すのを確認して、話を続ける。


「無駄に謙遜をせずに言えば、俺の魔法は次の戦いにおいても欠かせない、戦術的に極めて重要なファクターになると考えられる。だが俺は今の戦いの流れで、できる限り無駄遣いは避けたつもりだが、それでも魔素マナを総量の三割以上失っている。この残量で次の戦いを立ち回るのは、あまり望ましくない。だが──」


魔素マナを回復するにはまとまった時間を使っての休養が必要。でもそれだけの時間を置けば、敵を警戒させる可能性が高い……よね?」


 俺の言葉を横から継いだのはシリルだった。

 俺は彼女に向かってうなずいてみせる。


「ああ。俺の魔素マナの回復には最低でも二時間程度の休養が必要になるが、それだけの時間送り出した部隊が戻ってこないとなれば、オークの大将は不審がるやもしれん。もし敵に情報を与えないまま強襲するなら、直ちに攻めに出る必要があるだろう」


「それに──」


 今度発言を挟んできたのはミィだった。


「敵にこっちの戦力を警戒されるのは非常にまずいです。向こうには人質にできるエルフがわんさかいるです。はっきり言って人質を取られたらおしまいです。手も足も出せないか、人質を見捨てるかしかできなくなります」


「人質か……確かにそれやられると、どうしようもなくなっちまうんだよな」


 そう言ってサツキが苦い顔をする。

 ほかの面々も、一様に暗い表情になった。


 人質というのは、いつの世でも極めて厄介なものだ。

 敵対勢力に人質を取られれば最後、人質となった人々を見捨てずに敵対勢力を撃破することは、圧倒的な戦力差なしにはほぼ不可能課題になると見てよい。

 その場合は、小を捨て大を取る戦術を取るよりほかはなくなってしまう。


 例えば、眠りスリープの呪文などである程度の対応は可能かもしれないが、それもあくまでも「ある程度」だ。

 呪文詠唱を目撃された段階で人質を殺されるかもしれないし、うまいこと呪文を行使できても、人質が複数いれば捕えている敵すべてを完璧に眠らせなければすべての人質を救うことはできない。


 戦いなのだから犠牲は付き物、と考えればそれまでなのだが──

 これも被害者が自分の隣人である場合を考えれば、そう易々とは言えない。


 もし仮に、サツキを、ミィを、シリルを、アイリーンを人質として殺されるかもしれないとなれば、誰一人として「犠牲は付き物」などという言葉に殺させてなるものかと思う。


 そして、フィノーラをはじめとした集落のエルフたちにとっては、いま捕まっているエルフたちがまさにその隣人にあたるわけなのだから、「犠牲は付き物」などという血の通っていない言葉で片付けるべき問題ではない。


 それでも救いたい、誰一人欠かさずに。

 そう考えるのは人情だ。


 だがそうなれば、必要となってくるのは──


「……敵がこっちを警戒していないうちに強襲を仕掛けて、『人質を取るという戦術』を取る前に人質を救出、あるいは敵を殲滅する──それしかないよね?」


 アイリーンが俺のほうへと視線を向けてくる。

 俺はそれにうなずく。


「ああ。もしくは何らかの手段で隠密裏に人質をすべて救出、その後に攻撃を仕掛けるかだな。いずれにせよ、敵に警戒される前に動く必要がある」


「でもそれじゃあ、ウィルの魔素マナが回復できない」


「ああ。そういうことになる」


 俺は再びアイリーンに向かってうなずく。

 あちらを立てれば、こちらが立たず。

 ままならないとはこのことだ。


 ただ正直に言って、現状の魔素の残量でもそれなりに戦えないことはない──とは思う。

 だがどうしても節約を要求されるし、本来打てるはずだった手が打てなくなる可能性もある。


 オークエンペラー以下、二個小隊ほどが残っていると目される相手に対し、万全の状態で挑めないのはやはり不安が残る。


 そして万一、それが原因で大切な仲間を失うようなことがあれば──俺は一生、そのことを悔やむことになるかもしれない。


 かと言って、ここでエルフたちを見捨てるということも、なるべくならばしたくはない。


 八方塞がり。

 何かを切り捨てなければいけない局面なのか──


 だがそのとき。

 その話を聞いていたエルフ戦士の一団が、互いに視線を交わしうなずき合うと、その中から一人が代表して前に進み出てきた。


「だったら、これを使ってくれ」


 そのエルフ戦士が俺に手渡してきたのは、一本のガラス瓶に入った液体だった。

 液体は透明度の高い若葉色で、心なしかほのかに光を放っているように見える。


「これは……エルフの魔法薬か?」


 それは魔術学院時代に見たことがある、マジックアイテムの一種だった。

 世界樹の蜜から精製されると言われている秘薬で、その製法はごく一部のエルフにのみ伝えられている秘伝なのだという。


 その効果は、これを飲むことで体内の魔素をたちどころに一定量回復することができるというものだ。

 消耗品ながら非常に貴重な品であり、人間の街の魔法屋で購入すれば、一本あたり金貨五十枚はくだらない代物である。


「ああ。うちの集落の宝物庫で眠っていたものを、いざという時のために持ってきておいたんだが、正解だったな。あんたに使ってもらうのが一番いい。同胞のためだ」


「……そうか。ならばいざというときには、遠慮なく使わせてもらうことにしよう」


 俺はエルフから魔法薬を受け取ると、それを懐にしまう。


 強力なアイテムを得た。

 これならばやれるという静かな自信が湧いてくる。


 俺はエルフの集落がある方角を見据える。


 準備は整った。

 あとはこちらの総力をもって、敵の本拠地に殴り込むまでだ。


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