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第一話

 俺には願いがあった。

 冒険者になって、一個の自分として自由に生きたいと思った。


 でも冒険者は、決して楽な稼業じゃないだろうとも思った。

 生半可な気持ちで挑んでは、すぐに命を落としてしまうだろう。


 だから努力した。

 それは冒険者として生き残る、その確率を上げるためのものでしかないとは認識しながら、それでも出来る限りのことはしてきたつもりだった。


 それがどうして──

 どうしてこうなったのか。


「はぁ? 冒険者になるだって? ……お前、正気か?」


 魔術学院ウィザーズアカデミーを卒業する少し前のこと。

 学院の食堂で友人と進路の話をしていたら、その友人に呆れられた。


 俺は彼に問い返す。


「ああ。……やはりおかしいか?」


「いや、そりゃそうだろ……。お前の成績だったら、学院教授でも宮廷魔術師でもより取り見取りだろ。冒険者なんて学院で落ちこぼれたやつが行きつく先だぜ?」


「ふむ……親にも同じことを言われたな」


「だろうな」


 その友人や親の弁によれば、学院を高成績で卒業した者は、将来安定で高収入の学院教授や宮廷魔術師などを志望するのが普通らしい。


 だが俺は、それらの職業にはあまり魅力を感じなかった。

 例え高収入が約束されていようと、学院や国に縛られた生き方は、少なくとも俺には向いていないと感じた。


 それに何より、俺は冒険者として生きるためにここまで努力してきたのだ。

 それが「普通」だとか何とかで道を違えては、本末転倒だというのが俺の考えだった。


「一応親には、学院の学費やこれまでの生活費はいずれ利子をつけて返すと言ったんだが、納得してもらえなかった」


 親には在学中の学費や生活費を払ってもらったという恩があるのも確かだ。

 俺は十三歳で学院に入学し、今年で十七歳になる。

 一般には十五歳になれば成人であり、以後自分の食い扶持は自分で働いて稼ぐのが当たり前だ。

 学院の安くない学費を払ってもらい、なおかつ二年間の猶予ももらった俺には、それなりの責任があるのは分かる。


 だが友人は、俺の言葉を聞いて哀しげに首を横に振る。


「そういう問題じゃないって言われたろ?」


「ああ。……お前は俺の親の心が読めるのか?」


「少なくともお前さんよりはな。それで、納得してもらえなくてどうなったよ?」


 友人はサラダをむしゃむしゃと食べながら聞いてくる。


「勘当だそうだ。卒業までは面倒を見るが、冒険者になるつもりなら以後は家の敷居をまたぐことまかりならんと言われた」


「ふむふむ、勘当というわりにはなかなか温情のある理性的な措置だな。それでお前は?」


「断った。勘当すると言うならそれは仕方ないが、せめて一度だけ敷居をまたぐことを認めてほしいと伝えた。そうでないと、親に養ってもらった恩を返せないからな」


「……相変わらず人情ってものがどこかに吹っ飛んでるな、お前さんは」


「そんなつもりはないんだがな」


 ──と、そのような会話をしてから、数か月後。

 俺は親の温情もあり、無事に学院を卒業することとなった。


 卒業時の肩書きは、首席。

 目的のために努力をしてきた自負はあったが、そこまで大したものではないというのが俺の認識だった。


 所詮は現場での実践を伴わない、座学と実験室での魔法試験による成績である。

 このつちかった能力が、実際の冒険者という世界でどれだけ通用するのかは、はなはだ怪しいものだと思っている。


 ──いずれにせよ、ここから先は実力のみがモノを言う世界だ。

 成績がいかに高かろうが、そんなものは何の意味もない。


 冒険者。

 俺はついに、その世界へと最初の一歩を踏み出したのである。



 ***



 学院がある魔術都市レクトールの冒険者ギルドでは、友人が言っていたように、学院の落伍者が多数冒険者として活動している。

 そのような場所で活動をしても、魔術師の需要はあまりないだろう。

 そう考えた俺はひとまず魔術都市レクトールを離れ、乗合馬車で一週間ほど揺られた先にある都市アトラティアへと向かった。


 都市アトラティアは、特に変哲のないごく一般的な中規模程度の都市である。

 工業、商業ともほどよく発展していて、冒険者ギルドもまた同様にそこそこの規模であった。

 俺はアトラティアに入ると、早速冒険者ギルドへと向かい、その入り口をくぐってゆく。


「冒険者登録の窓口は……ふむ、あれか」


 ギルド内全体の様子を見渡して、それらしき窓口を見つけたのでそちらへと向かう。

 そこにはカウンターがあり、向こう側に若い女性職員が一人いて何やら書き物をしていた。


 女性職員の年の頃は、俺と同じぐらいだろうか。

 彼女は俺が窓口の前まで行くと、それに気付いて顔を上げた。


「こんにちは。初めての方ですか?」


 満面の笑顔で聞いてきた。

 営業スマイルと分かっていても、なかなかに魅力的である。

 だが俺はここに恋人探しをしに来たわけではない。


「ああ。冒険者登録をしたい」


「かしこまりました。じゃあこちらに、お名前と年齢、種族、出身地などをご記入くださいね。文字が書けない場合は、言っていただければ私のほうで代筆しますので」


 彼女はそう言って、記入欄の用意された羊皮紙を一枚、それにペンとインクを渡してきた。


「大丈夫だ。文字は書ける」


「ですよねー。……失礼ですけど、魔術師メイジの方、ですよね?」


 彼女は俺の姿を下から上までまじまじと見て、そんなことを聞いてくる。


 俺が身につけているのは濃緑色のローブで、手には身の丈ほどの長さのねじくれた木の杖を持っている。

 これらは学院の制服のようなものなので、この姿を見れば魔術師メイジと思うのは当然のことだ。


「まあ、そんなところだ」


「やっぱり! あとお兄さん、イケメンだってよく言われません?」


「どうだかな。その仏頂面をどうにかすればモテるのに、などと言われたことは何度もあるが、世辞なのか批判なのか、あるいは別の意図があるのかは分からん」


 俺は自分の容姿に関しては、まったくもって平凡な十七歳男子のそれだと認識している。

 多少長身なほうではあるが、特に太っているわけでも痩せているわけでもない。

 髪の色はありきたりなブラウン、瞳の色も同色。

 特徴がないことが特徴と評するべき容貌だろう。


「書き終えた。これで大丈夫か?」


 渡された羊皮紙に必要事項を記入して返す。

 受付の女性職員は、それに一通り目を通していった。


「はい、必要事項の記入はバッチリです。念のため確認しますね──ウィリアム・グレンフォードさん、種族は人間で、年齢は十七歳、出身は魔術都市レクトール──でよろしいですね?」


 その女性職員の確認に、俺はうなずく

 女性職員は手元にあった印章で、ぽんと判を押した。


「はい。それではウィリアムさんは、この都市アトラティアの冒険者ギルドで冒険者として登録されました。冒険者活動に関しての細かい説明はあちらに書いてありますが、口頭での説明は必要ですか?」


「いや、自分で確認するから大丈夫だ」


「かしこまりました。冒険者になったばかりのウィリアムさんは『Fランク』の冒険者となります。冒険者ランクはクエストを何度か成功させることで徐々に上がっていきますので、高ランク目指して頑張ってくださいね」


「ああ、ありがとう」


 俺は営業スマイルで見送る女性職員に礼を言って、冒険者登録用の窓口の前から立ち去った。


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