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死んでしまった彼女の人間性はあいも変わらず終わっている  作者: タカ536号機


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3/3

死人はコーヒーを嗜まない


「律、幽霊の食事事情について気になったりしない?」


 授業後、真っ直ぐ帰路へと向かって歩いていた僕に詠巴うたはがそんなことを問いかけてくる。


「それはつまり...今からどっか寄り道して食べて行きたいってこと?」

「まぁ、そうとも言うかな」


 そうとしか言わない返事をする詠巴を無視して僕は変わらず帰路を歩く。


「ねぇ、今日私、君の言うことを聞いて学校にいる間は話しかけないであげたんだけど...?」

「分かったよ」


 明日以降、彼女に授業中延々とと話しかけられることを想像した僕は否応なしにそれを受け入れる。家に帰ってやりたいこともあったのだが仕方ない。


「何を食べたいとかある?」

「ないよ。そもそも幽霊になってから食欲を感じたことはないからね。だから律が選んでいいよ」


 じゃあ別に食べに行かなくていいんじゃないだろうか。


「それが実験をしてみたところ食欲はないけど味は感じるんだよね。しかも食べても量は減らないし太らないの。幽霊ってすっごくお得。ってわけで、律も幽霊になってみない?」


 流れるように死を推奨されてしまったが、それならアリかもしれないと僕は一瞬考えてしまった。

 だが、眠ることが出来ないという重大な欠点が記憶から呼び起こされ思い留まる。

 さて、それはそうと周辺の飲食店でも検索するとするか。


「あっ、でも人目が気になるならあんまり混んでないところとかがいいかもね」


 スマホを取り出した僕に詠巴は思い出したかのようにそんなことを提案する。なるほど、それは確かにそうだ。

 しかし、これで検査する手間が省けた。この辺りで混んでいないところなら僕は1つ知っている。


 *


「なるほどコーヒー専門店。確かにここでこの時間帯なら人はまずいないわね。ところで私の記憶だと君はコーヒーが苦手だったはずだけど」


 店の前まで来ると詠巴は納得したように頷くが直後、不思議そうに首を傾ける。


「珍しいね。詠巴が人に気を遣うだなんて」


 しかし、もっと不思議なのは僕の方だ。いつもの詠巴ならむしろ自分から連れてきそうなものだが。


「やだなぁ、私はいつだって人に優しい天使のような存在だよ」

「そうか、天使って人がコーヒーが苦手って言った時子供だなんだと煽りに煽った挙句コーヒーの豆の種類について語り出すような存在だったんだ」

「そんなこと...したね」


 記憶には残ってたみたいでよかった。


「でも、今でもこうして2人とも思い出せるってことはあれも私達にとってかけがえのない時間だったってことだね」

「いや、どう足掻いてもそれで良い話だなーとはならないからね?」


 早い話これは僕にとってリベンジマッチのようなものだ。大体、僕が苦手な理由は中学の頃の僕の舌に合わなかっただけという少し期限の切れたようなものもあり、今の僕がどうかは僕自身も知らない。つまりいける可能性もゼロではないということだ。

 と、店の前に来るまでは思っていたのだが僕は足を止めていた。


「早く入らないの?」

「やっぱり、家に帰らない? 別に家でもコーヒーは飲めるし」


 理由は単純で店の前に張り出されていたメニュー表に書いてある値段が思ったよりも高かったからだ。校則によってバイトを禁止されている学生にとってのお金の価値は計り知れない。


「いや、コーヒーを飲む上では雰囲気も大事だよ。それに一緒に飲む相手もね。こういった空間で誰かと一緒に飲むことでコーヒーの味は何倍も美味しくなるんだよ」


 知ったような口をきく詠巴だが、コーヒーを飲んだことのない僕には何も言い返すことが出来ない。...少し痛い出費だが、経験を買ったということにしておくか。


 *


 店に入ると1人だったこともあってかカウンター席に案内をされそうになったが、テーブル席がいいと要望を伝えるとそうしてくれた。

 思った通り僕達以外の客は1組だけで席も離れている為、ここなら人の目はあまり気にしてなくて良さそうだ。

 早速、僕は前に詠巴にオススメされたブラジルを中煎り(ミディアム・ハイ)で注文した。


「ところで、昨日の夜はなにをしていたの?」


 コーヒーが来るまでの時間することもないので詠巴に少し気になったことを聞いてみる。


「夜風にあたりながら空を見上げて、律と月を交互に見ながら「月は綺麗ね」なんて物思いにふけってた。少しロマンチストすぎたかな?」

「最低だよ」


 天体観測をしながら人を貶せるのは詠巴くらいしかいないのではないだろうか。しかも僕が聞きたいのはそこではない。


「冗談だよ。私君の顔好きだもの。好きじゃなかったら付き合ってないし」

「それは初耳だけど、そういう話ではなくて夜は別の場所行ってたって話してたからどこに行ってたのかなって」


 思いもよらぬ詠巴の言葉に僕は内心動揺しながらも、本題を切り出す。


「律、乙女には秘密が付き物なんだよ」

「それでどこなの」

「駅近くの大きな公園」

「目的は?」

「人間観察」


 乙女とは?


「いやぁ、深夜に行くと中々面白いんだよね。気になる?」

「気にならないと言えば嘘になる」

「例えば、私服姿の若い男女のグループ。公園内では1番大きな声で騒いでるんだけど基本的に未成年が多いからパトカーが寄ってくるとみんな借りてきた猫みたいに黙り込んで解散の雰囲気を出しはじめる。次にその集団をただ見つめて何を話すわけでもない中年男性グループ。彼らにあるのは無だね。あとは勇敢な単独兵達。基本的には弱い立場だけどそれ故に互いに何も言わず協力して己が土地を守っているよ。最後に見るからに柄の悪いお兄さん達。基本的にはみんなあの時間帯の公園には我が物顔でその場に居座っているんだけど、彼らが歩く時だけは「モーセの十戒」みたく道が生まれるの。こうしてそれぞれが独自の生態系を築いているのが夜の公園なんだよね。日によって色々なイベントも開かれるみたいなの。どう人間アクアリウムみたいで面白くない?」


 どうしようか普通に面白そうだと感じてしまった。これではまるで僕が性格が悪いやつみたいじゃないか。

 そんなことをしているとコーヒーが僕の元へと運ばれてきた。


 そのコーヒーの匂いは僕の知る一般的なものだった。ほんのりしたチョコレートのような甘さと苦味、酸味を感じる匂いが空気を通して僕の鼻へと伝わってくる。

 匂いだけならとても美味しそうなのだが、問題は味だ。

 恐る恐る、カップを口元まで持ってくると僕は一口飲んでみる。


「...美味しい」


 誰に聞かせるわけでもないのに思わずそんな言葉が漏れた。まず広がったのは苦味だった。中学生の頃の僕は忌避きひしたものだが、今となればこの苦味の良さに気付く。

 そして酸味だ。これが苦味を良く引き立たせてその風味を一段階上へと押し上げていた。


「律、その表情でその感想は無理があると思うの」


 要するに苦いし、酸っぱいということだ。負けたくなかったので詠巴に聞かせる為に言ってはみたが表情までは取り繕えなかったようだ。まだ僕には早いものだった。


「ところで、詠巴は飲まないの?」

「えっ?」


 元々、そういう話で来たというのに詠巴は固まってしまった。どうしたというのだろう。実際のところ僕も幽霊がどのように食事をするのかについては興味があるのだが。

 まぁ、頼んだのは1つで僕が口をつけたからというのは理由としては成り立つが最初に食べても量が減らないことをアピールして頼むのは1つでいいとしてきたのは詠巴の方だ。


「まぁ、私はいいかな。ほら幽霊って眠くならないし。そもそもコーヒーを飲む理由の9割って眠気ざましみたいなところあるからさ」


 それどころ何故か言い訳めいたことを口にする始末。もしかすると、これは...。


「詠巴コーヒー飲めない?」

「...の、飲めるけど!?」


 凄い、ここまで嘘をつくのが下手な詠巴を

 見たのは初めてだ。

 もう詠巴が飲めないことは僕は十分理解したのだが、詠巴自分で言った手前意地があるらしく飲みかけのコーヒーの入ったカップに手を近づける。

 すると、彼女の手がカップに触れたように見えた瞬間彼女の顔は苦虫を噛み潰したかのような表情に変わった。


「こ、この苦味がいいんだよね。あと酸味。これが苦味をより感じさせる為の舞台装置として機能していて——」


 それでも尚、必死に取り繕って詠巴は食レポを行うが、


「ごめんなさい。私飲めないの」


 数秒後には降参していた。全く、


「それだけ苦手なのによくあそこまで僕のことを煽ってたね」

「いや、律があまりに深刻なことみたいな感じで話してたから、ついからかいたくなって...でもからかうには上の立場じゃないと無理じゃん? だから、知識はあったから何も知らない律なら騙せるかな、と。いや、今日実際に飲むまでは騙せてわけだし!」

「人を騙してたことはそんな自慢げに言うことじゃない」


 当時の彼女はどれだけ僕を煽りたかったんだ。


「というか、それなら僕が店の前で家に帰ろうって言った時点でそれに賛成すれば良かったんじゃない? そうすれば飲まずにすんだのに...」


 しかし、疑問点は1つある。詠巴は今回の事態を回避しようと思えばいくらでも出来たはずだ。なぜ、そうしなかったのだろう。


「そんなことはしないよ」


 彼女は当たり前と言わんばかりに僕の考えを否定する。


「今日の目的はこうして律と生きてた頃のように寄り道をして、くだらない話をしながらお店で食事をすることだもん。それがどこで何を食べるのかは私にとってどうでもよかったの。まぁ、食べるというより飲むだったけど」


 彼女のそんな言葉を聞き、僕は残ったコーヒーを口にする。

 なるほど、コーヒーは誰かと一緒に飲むことで美味しさが何倍にもなるというのはあながち嘘ではなかったらしい。

 チョコレートの少し甘い味がした。


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