死人に口アリ
人は実際のところ死ぬ。これはフィクションや遠い話ではない。そんなことは高校生になればとっくのとうに理解していることである。ごくごく当たり前の話だ。だから、僕は宮原 律はこの一年を共に過ごした彼女子椎葉 詠巴の死を前にしても何も変わらなかった。
彼女が死んだのは突然のことだった。病気とは縁もゆかりもないような少々鼻につくほどの元気な人間であったが交通事故は話が別だったようだ。詠巴の葬式は彼女が母子家庭だったこともあってか限られた人数での小さなものだった。そんな場に詠巴の母親からすれば他人でしかない僕を呼んでもらえたのは予想外だった。
勿論、葬式には参列したし粗相もなかったように思う。でも、それだけだった。彼女が死んだことを実感して当然悲しくはなったが、その悲しみを一生涯引きずるなんてことはなく翌日の学校に登校した僕はクラスメイトと談笑を交わしていた。
詠巴と僕との絆がもう少し深ければもっと引き摺ったかもしれないが、それでも1週間程度だろう。もし、詠巴が僕の立場でも同じことを思うはずなので罪悪感はない。彼女と僕はきっとそういう人間なのだ。
そして、少しづつ少しづつ僕の記憶から彼女は薄れていきふとした時思い出すこともなくなる...はずだった。
*
「宮原っちー、こっち来いよ。早くしないと弁当が冷めちまうよ」
「はいはい、分かってる。というか、弁当は元々冷めてるもんだよね」
詠巴が死んで1週間ほどが経った日、僕はここ数日の間定着した昼飯の席へと足を運ぶ。
「よぉ、宮原っちは今日も元気そうじゃねぇか。こっちは2、3限の小テストで死にかけだってのに」
そこには4年間の友ある岩田 憲明と、
「ノリちゃんは死んでる場合じゃないから一緒に勉強しようねぇ〜?」
同じく4年間の友であり岩田の彼女でもある鈴宮 蛍が待っていた。
「助けてくれよ宮原っち。そ、そうだ、宮原っちも一緒に勉強しようぜ。そうすれば蛍の監視も2分の1になるしさ、頼むよぅ」
高1の夏休み前から僕が詠巴と学生生活のほとんどを過ごすようになった為、あまり交流はなかったがあの日以降こうしてなにかと理由をつけて僕を誘って独りにしないようにしてくれている。まぁ、なにかといいやつらなのだ。
「マジで頼む、宮原。この間なんか朝起きたら四肢を縛られて知らない暗い部屋で青チャートと英単語帳を持った薄ら笑いの蛍がいたんだよ」
前言撤回。彼が本当にただただSOSを出しているだけの可能性が出てきた。僕としてはいかに巻き込まれないようにすべきか早急に考えるべきだろう。
「宮ちゃん、そんな慌てて逃げ出そうとしなくて大丈夫だよ。いつものノリちゃんの大袈裟仕草だから」
「そりゃそうか」
鈴宮の落ち着いた声を聞き僕は思考を止まる。なんだ、やっぱりただの優しい誘い文句だったらしい。
「当たり前でしょ。両手縛ってどうやって勉強するのよ。縛ったのは足だけ」
「なるほどなぁ」
理にかなっている。鈴宮さんらしいと言えば鈴宮さんらしい。岩田が何か言いたげな表情で僕を見ているが、無視をすることにした。僕には拘束プレイなんて趣味はないのだ。
「そんな話はさておき、宮ちゃん本当に大丈夫そうだね」
「全然そんな話ではないが確かにそうだな。俺も安心したぜ」
すると2人はしきりに僕を見てはウンウンと頷く。どうやら心配してくれていたのは間違っていなかったようだ。
「だって、宮ちゃんずっと子椎葉さんにべったりでラブラブだったんだもん。そりゃあんなことあったら心配するって」
鈴宮さんの言葉を聞き、僕は少し驚いた。確かに彼女とはかなりの時間共にいた気がするが側から見るとそう見えるのか。
「まぁさ、俺らの前じゃ平気そうにしてても心の中までは分かんねえからさ、なんかあったら頼ってくれよ。宮原っちは1人じゃねぇんだから」
岩田の言葉に同意するように鈴宮さんもグッと親指を立てる。なんだ、結局ただのお人好しカップルだ。
「今のところ大丈夫だよ。色々ありがとう」
だが、実際の所僕は大丈夫だった。それが彼らの手助けのお陰かは分からないが現状、彼女の死によって何も手につかないなんてことはなく普通に生活出来ている。
「「そっか、じゃあ良かった」」
訂正。ただのお人好しバカップルだ。
「ところでよ宮原っち、俺とお前は友達なわけでそんな友達が酷い目に遭う所なんて見たくないよな?」
「見たくないから僕はもう行くね」
だってそれは恋人だけの特権だろうから、遠慮するのが真の友達というものだろう。背後から聞こえてきた声が歓喜の雄叫びか、断末魔だったのか確認する術は僕にはなかった。
だがその答えを僕はもう知っている気がした。
*
授業後、惜しい友人をなくした僕は1人帰路についていた。流石にお人好しの彼らと言えど部活動に支障をきたすわけにはいかない。
そうなると思い出すのは彼女のこと、とはならない。最初の2日はそうだったが今考えていることはせいぜい今日の晩ご飯と目の前にある魅惑的な食べ物とのせめぎあいだった。
その食べ物というのは他人丼だった。
他人丼と言えば親子丼が鶏肉と卵を使うことで親(鶏)と子(卵)両手を食べられるから親子丼というのに対し、豚肉や牛肉など子(卵)とはなんの関係もない赤の他人を共に食すことから名付けられた料理である。
特にここの店のものは最高なのだ。
そんなわけで自分の財布と真剣に向き合いながら店の前で頭を悩ませていると、
「君は変わらないわね」
どこか呆れたような、そして聞き馴染みのある声が耳元で響き渡った。
僕は思わず反射的に声のした方に振り向く。
「おー、本当に君は私が見えるんだ」
するとそこには確かに彼女がいた。綺麗な黒髪のショートボブに特徴的な水色のリボンをつけ、透き通るかのような青い瞳はあいもかわらずここではないどこかを見つめていた。
子椎葉 詠、1週間前ほど前にこの世を去ったはずの彼女が。
「ちゃんと死んでるよ、私。夢なんかじゃない。私ね、今は幽霊やってるの」
詠巴は僕の内心を見透かしたようにそう告げる。幽霊も十分夢っぽいが、確かに彼女からはこの世のものとは思えない異質なモノが漂っていた。
「で、何の用なの?」
だが、そんなことはどうでも良かった。死んでようが生きてまいが彼女が僕の前に姿を現したということは目的があるということだ。その目的を聞かねばなにも始まりはしない。
「律にただ会いたかった。それじゃ駄目?」
「真面目に話そう」
詠巴は目をウルウルとさせながら僕の手を握るフリをするが、彼女が嘘をつく時の癖を知っている僕にそんなものは通用しない。
「うーん、死んだから同情的になって騙されてくれるとか感動のあまり冷静な判断がとかはないのかー。死人に厳しい世の中だなぁ。生きてるのが辛くなってくるよ」
なんとも触れづらいジョークを口にした詠巴。だが、彼女の口からも先程のセリフが軽口であることが確定した。
「分かった言うよ。隠しても無駄だしね」
「最初からそうして」
「うーん、早速で悪いんだけど律も死んでくれない?」
「えっ?」
何の悪気もなしに淡々とそんなことを言う彼女に流石の僕も度肝を抜かれる。
「理由を聞いても?」
「簡潔に言うと私、今暇なんだよね。死んじゃったら寝なくてもいいというか眠くならないし、当然学校もない。そんでもって、生きてる人間で私が見えるの律だけっぽいんだよね今のところ。でもさ、律は生きてる人間でさ学校は行かなきゃだし夜は寝るでしょ?」
「まぁ、そうだね」
彼女の問いかけに僕は頷く。
「というわけで律にも死んでもらえば暇じゃくなるから、死んでくれないかなって単純な話だと思うんだけど」
「悪霊かな?」
さも詠巴は当然かのように言い放って見せたが、内容は悪霊そのものだ。そしてびっくりするほど子椎葉 詠巴である。
そもそも子椎葉 詠巴と言えば、入学式からその圧倒的な容姿から人気を博しながら僅か2週間でその視線は好意的なものから、好奇的なものへと代わり、その1週間後には奇異のものへ、更にその3日後には怪異として認定されていた。
そんなわけで異例の昇格スピードで学校の七不思議の1つとなった彼女だったが、その大きな要因は性格にあった。
人間性がとにかく終わっている。それが我が校が誇るオカルト研究部の出した答えだった。
だからこそ、普通に聞けば死んだ人間が悪霊化した以外のなにものでもないが彼女であれば通常運転に他ならないのだ。
「あのね詠巴、ドラマとか漫画とかだと普通恋人の前に登場する死んだヒロインは「私は幸せだった」とか「私の分まで生きること」みたいに相手の幸せを願うものなんだよ」
「リアルって残酷だね」
「いや、だとしても死んでほしいまでいくのは詠巴くらいだと思うけどね」
一応、諭してはみたが詠巴には通じない。まぁ
「詠巴も変わらずってとこだね」
「なにその言い方。私が今も昔も変な奴みたいじゃん」
変じゃなくて悪ね、悪。
「いや、忘れたの? 僕に詠巴が告白してきたあの時のこと。あんな告白後にも先にもないよ」
何故か不満げな様子の彼女に僕は出会った日のことを話し始めた。
*
『宮原 律 授業後 3棟3階の音楽準備室に来ること』
先生からの業務連絡にしては雑すぎるし、果たし状としては場所がおかしすぎるよく分からない紙を朝、靴箱で見つけた僕が特に用もなかったので指示に従って音楽準備室へと向かうと怪人こと子椎葉 詠巴がそこにはいた。
「13日の金曜日によく出る」だの「目が合ったら終わりだの」だの様々な噂がやまない彼女であったが、僕は直接会って話さない限り噂話は信じないタチであった為、1人佇む彼女に声をかけた。すると、彼女はなんの躊躇いもなく僕が好きだから付き合って欲しいと言い放った。
「私の生き別れた父さんと食の好みが似てるんだよね、君。うん、多分雰囲気も似てる気がする。私、お父さんが大好きだけどもう会えないからその代わりってことでどう?」
とても余計な言葉を付け足して。
*
「聞いたことないからね? 最初から代替え品であることを突きつけてくる愛の告白」
「むー、さっきからまるで私だけが人間性が終わってるかのように言うけど普通に律も終わってるよね」
僕としては上手く言いこめたつもりだったが、彼女は自分の人間性の悪さには何も言わずに僕へと攻撃をしかけてくる。自分の人間性の悪さを当然のようにさて置けるところが彼女の強さの所以だろうか。
「だってさ、ドラマや漫画のヒロインなくした男の人ってさ喉を何も通らず死んだような毎日を送ったり、自暴自棄になって復讐で頭がいっぱいになったりするのに律は至って普通だったじゃん。言っとくけど、この数日の君の様子は私知ってるからね」
確かにそこを突かれると僕も弱い。実際僕も少し疑問を持つほどに僕は詠巴の死を淡々と受け入れていた気がする。だからといって、それ1つで僕の人間性が終わっているとはならないとは思うが。
「更に言うなら君の告白の返事も私に負けず劣らず終わってるからね?」
「なんだっけ?」
「もう、その時点で最低なんだけど一応言ってあげると「別にいいよ。僕は僕のことを好きな人なら誰でもいいから」だからね? 普通の人なら千年来の恋も冷めてるよ」
なるほど、確かに彼女の言うように僕は彼女相応に終わっているらしい。
「まあ、でもそれなら分かるよね? そんな僕が詠巴のそんなお願いを聞くような奴じゃないって」
「知ってるよ。彼女だよ?だから、私も私でこれから勝手に四六時中君に話しかけるってだけ」
バカは死んでも治らないとはいうが、人間性も死んだ程度では治らないらしい。彼女の人間性はあいもかわらず終わっている。
「せめて付き纏われるならなんか一つくらい僕にメリットとかないの?」
「私のご尊顔をずーと拝めるよ。感謝したまえ」
「いや、そういうのじゃなくて」
僕は今けっして冗談を求めているわけではない。
「そうは言われても、うーん。あっ、そうだ!」
彼女はなにか閃いたと言わんばかりにぽんっと手を打った。
「私、君以外の誰にも見えないからどこにいてもキスし放題だよ。まぁ、死んでるから君も触れることは出来ないんだけどね、ぷぷっ」
「生きてる頃は手を繋ぐだけで顔真っ赤だった癖に」
「君、そ、それは言わないお約束でしょ!?」
人を小馬鹿にしたように笑う彼女に僕は何か言い返したくなって、思わず呟いた言葉に彼女は激しく動揺する。基本何事も受け流し自分のペースへと持ち込む無敵にさえ思える詠巴だが、弱点がある。それは直接的な恋愛表現だ。本人の性格故か僕以外に恋人が出来たことがなく、圧倒的な経験値不足。しかし、彼女の唯一可愛らしい所でありその他全てを凌駕する部分と言って過言ではないと僕は思う。
そして、あれ以降しばらく見れていなかった彼女の動揺に嬉しくなった僕は更に彼女と距離を詰めると彼女の唇に口づけを交わした。
感触はない。僕の唇に届いたのは乾いた空気だけだった。彼女の姿が僕にだけ見えても実在するわけではなく見えるだけ。触ろうとすればすり抜けてしまう。
「...き、急にそう言うのっよくないよ」
しかし、彼女の表情が言葉が彼女を僕の中で実在たらしめていた。
「うん、やっぱり君は死ぬべきだよ。世界の為にも」
そうして数分後、しばらく黙りこくり僕の後ろをついて歩いているだけだった彼女はぽつりとそう呟く。僕はもうそれに何も言いはしなかった。
こうして死んだ彼女と僕の変わらない日常が幕を開けた




