表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕天の翼 〜僕は堕ちた天使の最弱転生体でした〜  作者: みし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/11

11:見張りなのか、嫉妬なのか、それとも。

 土曜日ということもあり、繁華街の中心を担うドリームポーターズ周辺は、休日を楽しむ家族連れやカップルなどが行き交っていた。


 薄いピンクのシャツに焦げ茶のベストを重ねたジーンズ姿の爽太は、立っているだけで道行く女性たちの注目を集めている。髪をかき上げる仕草やスマートフォンをいじる動作は、本人がなんの意識もしていないのに、絵になるのだった。


 爽太がドリームポーターズの正面口に来たのは、十三時五十分を過ぎた頃だ。


 深帰人は、その五十分前――つまり、待ち合わせの一時間前から、正面口が見える高台にある喫茶店のオープンテラスで身を潜めるようにアイスティを啜っている。いや、すでにアイスティは飲み干され、今は気休めのようにストローを咥えているだけだった。


 いったいなぜ自分はこんなことを……。


 泡のように湧き出てくる自問に対し、深帰人は盧子を守るためだ、と自分に言い聞かせる。街中を盧子が歩いているときに、堕天使に出くわす可能性がある。いくら盧子とはいえ、爽太とともにいれば、反応が遅れてしまうかもしれない。だからこそ自分は、いつでも瞬時に対応できるように、二人の動向を見守っているのだ。心の片隅に過る違和感には目をそむけ、深帰人は爽太のほうに目を向けた。


 遠くに見える爽太が微笑み、右手を上げる。


 その視線の先には、盧子の後ろ姿が見えた。どんな顔をしているのか、深帰人のいる位置からでは確認できない。だが、おそらくいつも同じ無表情なのだろう、という推測がついた。休日にもかかわらず、彼女が着ていたいのが学校指定の制服だったからだ。


 二言、三言の会話を交わした二人は、ビルの中には入らず、街のほうへと歩みを進める。


 きっとコースは爽太プレゼンツなのだろう。どんな場面でも完璧な立ち居振る舞いで盧子をエスコートする爽太のイメージがありありと想像できる。


「……敵うわけないよ」


 深帰人は自嘲気味に独りごちていた。


「何に?」


 いきなり問い返され、「ぴゃ」と小さな悲鳴を上げながら、深帰人は後ろを振り返る。


「やほー」


 Tシャツにジャージ姿の香菜が眠そうな顔をして立っていた。


「な、なんで……?」


 二人のデートを見守ろうとしていたことなど香菜には言っていない。


「いや、この前の様子から、きっとこんな感じになるんじゃないかなーとは思ってたんだよね。君、一人にしとくよりは、一緒にいたほうがいい気がしてさ」


 レイジー――怠惰とは思えない面倒見の良さだ。同時に、あのときの自分が外からどのように見えていたのかと思うと、深帰人は身悶えしたくなる。


「ま、大幅に寝過ごしちゃったけどね。こういうときに、最速の翼は役に立つ」


「無駄な役立て方だね……」


 香菜の翼が戦闘で使われることはないのかもしれない。深帰人は小さく溜め息をつく。


「で、どれどれ、どんな感じ?」


 香菜は深帰人の横に並び、眠そうな目をこすり、街中へ進む爽太たちのほうを見やる。


「ほう」と感心する声を洩らした香菜は「これはこれで……」絵になる、とでも言いたげな下世話な笑みを浮かべると、深帰人のほうへ向き直った。


「何もたもたしてんの? 追い駆けんでしょ」


「え、あ、うん……」


 その通りなのだが、他人からけしかけられると、どうにも調子が狂う。深帰人はのそのそと飲み物の容器を片付け、店を出た。


 盧子を守るために致し方ない尾行なのだ。けしてやましい気持ちはない。断じてない。


 深帰人は頭の中で何度も唱えながら、先方で待っている香菜のほうへと歩き出した。


「あれ、おかしいな、あの二人だと思ったんだけど……」


 香菜がキョロキョロと辺りを見回す。


 見失った……。


 ドリームポーターズから続く街並みは、休日を楽しむ人々で驚くほど溢れかえっている。


 二十メートルくらいの距離をおいて尾行していたが、途中で似たような二人組の後ろ姿を間違えてつけていたらしい。


 深帰人には思い当たる節があった。


 爽太たちと深帰人たちのあいだを、大量の外国人旅行者の一団が横切ったときだ。その一瞬、爽太たちを追う深帰人の視界が遮られる。ギャーギャーと騒ぎたてながら、目の前を通り過ぎる一団をやり過ごすと、香菜が「あれじゃない?」と、人垣の合間から見えた爽太のものらしい後頭部を指差した。しかし、小走りで追い駆けてみたところ、それがまったくの他人であることがわかる。


 こうして深帰人は、爽太たちの尾行に失敗した。


「どうする? 帰る?」


 半ば諦めたように言う香菜に、「帰らないよ」と返し、「まだそう遠くには行ってないはずだし」と視野を広げながら、深帰人は足を動かす。大して土地勘のない場所で、なんの手がかりもないまま目的の人物を探す、というのはかなりの難行だった。


 結局、盧子らしき人物を見つけられないまま一時間、深帰人は街中をうろつく羽目になる。香菜に至っては、すぐに音を上げ、「気が済んだら連絡して」と言って、近場にあったファミリーレストランへと入っていった。


 当てどなく歩いたせいで、人通りの少ない路地までやって来てしまった。さすがにこんなところにはいないだろう、と思った深帰人は、回れ右をして元来た道を戻ろうとする。


 瞬間、深帰人は横から激しい衝撃を受けて、転がった。


 堕天使からの攻撃か? と面食らったが、起き上がって見ると、地面にガラの悪そうな男が伸びている。この男が飛んできて、自分にぶつかったのだ、と理解した。


 いったいなぜ? 


 深帰人は、男が飛んできた方向を見やる。


 ビルとビルのあいだにある狭い通路に、五人ほどの男による人だかりが出来ていた。


 驚いたのは、その中心にいたのが女性だったことだ。


 しかも、普通の女性じゃない。モデルのような体躯をしていた。艶っぽく綺麗に流れる黒髪を軽く手で払い、ホットパンツから出ている長くてしなやかな脚を前後に開いてステップを踏んでいる。顔の辺りに構えた拳は、まるで往年のプロボクサーのようだった。


 どう考えても、チンピラに狙われている美女という絵柄だ。


「い、今! 警察、呼びますから!」


 深帰人は当初の目的も忘れて、スマートフォンを取り出そうとする。


「余計なことすんな!」


 愉しそうなハスキーボイスが深帰人の動きを止めた。


「え?」と見ると、女は薄笑いを浮かべながら、襲いかかってきた男を殴り飛ばす。相当の衝撃のようで、殴られた男は数メートル吹っ飛んだ。深帰人は類推する。さきほど自分を巻き込んで倒れてきた男も、彼女にぶっ飛ばされたのだろう。


「いいから早く、この場から消えなって」


 周囲の男たちを牽制しながら、女は明らかに深帰人に向けて声をかけてきた。


「え? でも……」


 逡巡し、二の足を踏む深帰人に、「ああ、もう!」と苛立たしげにした女は、チンピラたちの拳をひらひらと避けながら近づいてくる。


 ガッと右の耳を掴まれる。「痛っ!」と声を挟む間もなく、顔を引き寄せられた。


 女の爛々と輝く瞳に圧倒される。アドレナリンが出まくっているのか、瞳孔が思い切り開いていた。


「ん? あんた……」


 女の顔色が変わった。ような気がした。深帰人にもその理由はすぐにわかった。


 間違いない。この女は堕天使だ。


「へえ、同類か。初めて会ったわ」


 女性は舌なめずりして笑う。さながら新たな獲物を得た獣のようだった。


「よそ見してんじゃねえぞ、コラ!」


 戦慄する深帰人の横から、ドスのきいた声が聞こえてきた。女に絡んでいたチンピラの一人が中腰になって構えていた。


 深帰人から手を放した女は、「ああ、わかってるよ」と男たちのほうへ向き直る。


「とっとと行け。あんたの相手はまた今度だ」


「え……?」


「ここにいられても迷惑なんだよ。アタシの処女がかかってるんだから」


「は?」


 唐突に出てきた台詞に、言葉を継げない。


「アタシに勝ったらヤらせてやるって条件でやり合ってんだ。なんなら、お前もアイツらに混ざるか?」


 とんでもない提案に、深帰人はブルブルと首を振る。


「じゃあ、さっさと消えて。邪魔だから」


 女は深帰人の胸を乱暴に掌で押した。


 強い勢いで押し出された深帰人は、後ろ髪引かれる思いでその場を後にする。


 ビルの合間から生身の肉と肉がぶつかり合う音とともに、男の悲鳴が聞こえてきた。


 深帰人は目を逸らし、耳をそむけ、走りながらスマートフォンを操作する。一度目の操作では通話がつながらなかった。改めて電話帳を呼び出し、ダイヤルする。


「もしもし? やっと飽きたの?」


 何かを口に入れながら喋っている香菜の声だった。


「違うよ! 僕ら以外にも堕天使がいたんだ。しかも、かなり危ない人だ」


「そりゃ、逃げないとね」


「そうじゃないよ! 早く盧子さんを見つけて知らせないと」


 下手にかち合えば、即戦闘になりかねない。だが、あの女は危険だ、と深帰人は思う。確信はない。だが、先ほどの好戦的な物言いから察するに、深帰人はかつてナスティが調べ上げていた堕天使の一人、バーサーク――berserk・狂暴――だろう、と結論付ける。


 深帰人は緊急事態という大義名分を得て、まずは盧子へ電話をした。しかし、盧子が電話に出ることはなく、次善の策として香菜に電話をかけたのだ。


 西端が赤みを帯び始めた空を見て、だいぶ時間が過ぎていたことを思い知る。


 ファミリーレストランの入り口に駆けつけると、会計を済ませたらしい香菜が出てきた。


「で、どうしようってのさ?」


「お願いだから力を貸してほしい」


 広い街を徒歩で探していても埒が明かないのは実証済みだ。深帰人は香菜が持つ最速で飛べる力を借りようとした。


「ワシは別に構わんけどさ、実際見つけたあとはどうすんの?」


「それは……」


 ノープランだった。バーサークらしい女が言った「また今度」が、明日以降のことなのか、チンピラを片付けた直後のことなのか、判然としない。そこまで確認する心理的余裕がなかった。いずれにせよ、盧子を見つけて警戒態勢を整えなくては、と焦りながら、空のほうに目線を向ける。


「えっ?」


 それは一瞬の出来事だった。


 深帰人の上げた声に、香菜が「どうしたのよ」と訊いてくるが、即座に反応できない。


 空に一筋の闇が走ったのだ。


 何度も目にしたことがある闇だった。


 恐れていた事態はすでに起きていたのかもしれない。


「香菜さん、あっちだ! あっちに盧子さんがいる! 先に行ってて。僕もあとから追い駆けるから」


 深帰人の慌てた口ぶりに呆れた様子の香菜は、「いいけど、ワシは見に行くだけだからね」と言い捨て、「翼身」と唱える。


 香菜の背中から、蝙蝠のような翼が出現した。


 自己申告に嘘はなく、香菜は目にもとまらぬスピードで、深帰人が示す一閃の闇が見えた空のほうへと飛び去った。


 息を切らしながら深帰人が駆けつけた場所は、港の倉庫区画だった。


 倉庫の影から顔を出した香菜が、おいでおいでと手首を上下させている。


「盧子さんは?」


 深帰人の声に、静かに、というジェスチャーをした香菜は、「あっちにいるよ」と倉庫の向こう側を指で差す。


「ただね……」


「ただ?」


「君が予想してたのとは違うかもしんない」


「盧子さんがいないの?」


「いや、そうじゃないんだけどさ……」


 歯切れの悪い香菜を差し置き、深帰人は「翼身」と唱え、戦いが繰り広げられているだろう倉庫の向こう側へと歩みを進めた。


「えっ!?」


 いきなりの光景に、深帰人は目を疑う。


 視線の先にいたのは、確かに黒い巨剣を構えた盧子だった。


 だが、盧子の前に立っているのは、バーサークだと思っていた女ではない。


 孔雀のような壮麗な翼を広げた爽太だった。


「やあ、深帰人」


 爽太はいつものように涼しげな微笑を浮かべている。


「な、なんで爽太兄が……」


「見ての通りだよ」


 お前たちと同じ堕天使だ、と言わんばかりに、爽太は両翼を動かした。


 次の瞬間、盧子が深帰人の前に入り、黒い巨剣を一振りした。何かが弾ける音がする。


「気をつけて。アイツの攻撃は、真空の刃みたいだから」


 そう言って深帰人の前に立つ盧子の体には、痛々しい切り傷が複数ある。


「なんで? いったいどういうことなんだよ、爽太兄?」


「仲間になってもらいたかったのさ、彼女に」


 爽太は盧子をアゴで示した。


「それでまあ、情報交換を餌に今日の舞台を設定したわけだけど……見事に袖にされてね。」


 深帰人は、これまでの経緯を類推する。


 爽太は堕天使として覚醒をしていたが、相手にそれを気取られない術を心得ているタイプだったのだろう。深帰人が目覚めたこともわかっていたに違いない。それでも素知らぬ風を装い、良い幼馴染を演じ、盧子に個人的な興味があるように見せかけた。


 校舎裏にいた盧子を呼び寄せたとき、彼は自分が堕天使であることを明かしたのかもしれない。そして、情報交換を理由に、一見デートのような会合を持ちかけたのだろう。


 だが……。深帰人は思う。


 もしかしたら爽太は、始めから盧子との戦闘を想定していたのかもしれない。だから、いつでも人目のつかない港の倉庫区画に出られるドリームポーターズを待ち合わせの場所に選んだ、という推測はあながち大外れではない気がする。


「深帰人は、恐怖……『フィア』だったね」


 爽太の声が深帰人の思考を寸断する。


「僕のも教えておこうか。とはいえ、この戦いが終われば、忘れてしまうことだけど」


 爽太の語り口には余裕のようなものが感じられた。


「僕のロストエレメントは、『正直』。エフェクトは……『虚偽』のfalseフォルスさ」


 爽太の自己紹介などどうでも良かった。深帰人は泣きそうになりながら懇願する。


「爽太兄、やめようよ」


「ん?」


「僕は、爽太兄と戦いたくない」


 深帰人の脳裏には、小さい頃から頼れる兄貴分として存在した爽太の姿が次々と浮かぶ。


 爽太は「うん。わかったよ」と微笑んだ。


「本当に?」


「つまり僕に、勝ちを譲ってくれる、ということでいいね?」


 爽太は翼を動かした。


 いつの間にか、細い長剣を両手に持ち替えた盧子が軽やかな動きで割って入り、見えない何かを叩き落す。


「戦え、とは言わない。でも、戦う気がないなら、消えて」


 盧子は爽太に向かって剣を構えながら、深帰人に言う。


「でも……」


 深帰人は盧子と爽太を交互に見た。二人が戦っている姿を見るだけで胸が痛む。


「残念だけど、深帰人を逃がすわけにはいかない」


「え?」


「僕の翼もね、高い飛行能力を持ち合わせてはいないんだ。逃げられると面倒だから、今ここで二人とも、僕が復天するための礎になってもらうよ」


 爽太が言葉を発するたびに、見えない刃が放たれているらしい。盧子が何度も両手の剣を振るい、薙ぎ払っている。


 深帰人は、基本的に視覚で捉えた攻撃を光の盾で防ぐ。爽太の見えない真空の刃との相性は悪いと言う他ない。盧子が攻撃を弾いているのは、動物的な勘に似たような感覚で察知しているようだった。


「やれやれ……なかなかに見事だね。こんなに攻撃を弾かれると自信を失くすよ」


 そんな台詞を口にするのに、爽太の表情から優位の相が消えることはない。


 深帰人は盧子を見る。盧子が、うかつに攻撃を仕掛けることができないでいるのは、自分を守っているからだ。自分が唯一できる防御が、爽太の見えない刃の前では無力に近い。どう考えても盧子の足を引っ張っている。だが、無力感を嘆いている場合ではないのだ。どうにかしてこの局面を打破しなくては、と焦るが、妙案は浮かばない。


「では、そろそろ、次の一手を打つことにしよう」


 爽太が右手の指をパチンと弾く。


 いきなり、深帰人の前にいる盧子の背中に大量の紫色をした粘液が吹き掛けられていた。


 驚きとともに、深帰人はその粘液が飛んできた方向を見る。


 蝙蝠のような翼を広げた香菜が宙に浮いていた。


「香菜さん!?」


「ごめんね」


 寂しそうな顔をした香菜は、そう口にした瞬間、目にも止まらないスピードで深帰人の背後に回り込んだ。深帰人が後ろを振り返ろうとしたときには、盧子を襲ったのと同様の紫色の粘液を浴びせられていた。


 痛みはない。だが、かけられた粘液は瞬時に固まり、深帰人から体の自由を奪った。


 前にいる盧子も同じようで、懸命に体を揺すっているが、微動だに出来ずにいる。


「どうして……?」


 深帰人は、自分たちの前に立つ香菜を見る。


「『最速で飛べる』っていうのは、ワシの翼の特性で、能力じゃないんだ」


「え?」


「この翼から出す粘液を固めて、相手の動きを封じたり、尖らせて武器にして攻撃したりするっていうのが、本当の能力なのよ。まあ、それにしたって、最弱であることには変わりないわけだけどね」


「それじゃあずっと、僕らのことを騙してたってこと……?」


 突然のこと過ぎて、深帰人の声は震えていた。


「そういうことになるね」


 答えたのは香菜ではない。彼女の近くに降り立った爽太だった。


「まさか……」と深帰人が爽太のほうを見る。


 爽太は嬉しそうに「そうだよ」と微笑んだ。


「僕が、レイジーを君たちに差し向けたんだ。こういう事態を狙ってね」


 身動きの取れない盧子や深帰人を前にして、圧倒的な優位を感じたのか、爽太はゆるゆると歩きながら語り出す。


「もともと、彼女が覚醒したのを発見したのは僕だったのさ。だけど、見ての通り戦力的に勝ち抜ける器を持ち合わせていない。だから、協力してもらうことにしたのさ。君たちの仲間になるフリをして、観察や偵察を繰り返し、情報を引き出すという役割を与えてね」


 深帰人は香菜のほうを見る。だが、香菜は目を合わせようとはしない。


「今日、途中で僕らを見失っただろ? あれだって、そうなるようにレイジーに仕組ませたのさ。どうしてもホープレスと二人っきりで話がしたかったから。まあ結果、交渉は決裂に終わっちゃったけど」


 爽太は再び香菜の傍に歩み寄り、「お疲れ様。よく頑張ってくれたね」と彼女の肩に手を置いて労をねぎらった。


 しかし、当の香菜は、暗い顔をしている。


「こ、これで……二人で復天できる方法を教えてくれるんでしょ」


「え?」


 香菜の言葉を聞いて、深帰人は思わず驚きの呻きを上げてしまった。


「二人で復天する方法があるって、フォルスから教えられたのよ。深帰人たちはそれを発見したから、本来なら一人しか勝ち残れないバトルロワイヤルで共同戦線を張っているんだって」


「そんな、僕たちはただ……」


 深帰人は前方で蠟のような塊に動きを封じられてしまった盧子を見る。


「ねえ、言ったよね、フォルス。二人で復天する方法があるって! だからワシは……」 


 !!!


 深帰人は思い切り、自分の目を疑った。


 幻覚を見ているのだ、と自分に言い聞かせたくなる。それくらい、目の前で信じられない出来事が起こった。


 自分たちの前に立つ香菜の頭上にある堕天の輪が、きれいに両断されていた。見えなかったが、何が起こったかはわかる。爽太が放った真空の刃が香菜の堕天の輪を切ったのだ。


「どうして!?」


 目を丸くしながら、呆然自失の表情で、香菜は地面へ跪く。一気に力を奪われてしまい、立つことすらできないようだった。


「悪いが、君の役目はここまでだよ、レイジー。今までありがとう」


「ワシも騙してたの?」


 倒れながら、香菜は悔しそうに爽太を睨み上げる。


「そりゃあ、僕は『虚偽』――『フォルス』だからね……」


 申し訳なさが一欠けらも感じられない言葉だった。


「彼らが、どうして二人一緒に組んでいるのかは、よく知らない。まあ、堕天使の数が減るまでの共同戦線くらいに思っているけどね」


 爽太はそう言って、身動きの取れない深帰人と盧子を交互に見た。


「残念ながら、二人同時に復天できる方法はないよ。そういうルールなんだ」


 香菜は、言葉にならない悔しげな吐息を洩らした。


「君だけではないさ。すぐにこっちの二人も君と同じようになる」


 盧子が「レイジー」と呼んだ。


「アイツはわたしたちが倒す。だから、これを解除して」


「無理。それは一度放ったら、ワシに解くことはできない」


 深帰人たちにとって絶望的な答えだった。


 香菜は、意識を失いかけている寸前なのか、瞼が痙攣させながら、「でも……」と呟く。


「考え方ひとつだってば」


「どういう……」


 意味? と、深帰人が言い切る前に、香菜はすでに目を閉じていた。


 香菜の傍らに立った爽太は、宙に浮いている光球を、自身の堕天の輪に吸収すると、「さて……」と深帰人たちのほうを見る。


「では、そろそろ決着をつけるとしよう」


 爽太が盧子のほうへと歩み寄る。勝利を確信しているからか、爽太の一挙一動はとてもスローに感じられた。


 深帰人は思考をひたすら回し続ける。ヒントは、香菜が残した「考え方ひとつ」という言葉だ。その言葉を聞いたのは一度だけではない。以前にも香菜は深帰人に対して、同じセリフを口にしたことがある。


 思い出せ。そして考えろ。深帰人は自分の脳に命じる。


 香菜はあのとき、どんな意図で「考え方ひとつ」と言ったのか?


 学校の校舎裏で香菜と話していたとき、自分は防御しかできない、と己の無力さを深帰人は嘆いた。それに対する香菜の答えが「考え方ひとつ」という言葉だった。そのときは、盧子が戻ってきたせいで、追及することができなかった。ただ、あのときの香菜の口調には、否定のニュアンスが込められていたように思う。


「!!」


 深帰人はそこで閃きを得た。


 香菜が言おうとしていたことがなんなのか、わかった気がした。


 眼前では盧子の堕天の輪に、爽太が手をかけようとしている。


 迷う余地などない。やってみればいいのだ。


 バチン! という音が響く。立て続けに三回ほど、衝撃音が鳴った。


 何事か、と爽太がこちらを見る。


「うおぉぉー!」


 深帰人は爽太に向かって、拳を振り上げ、飛びかかっていた。


 突然のことに反応が遅れた爽太に、深帰人は渾身の力を込めて拳を放つ。


 それは攻撃の意思を持った一撃というより、ただ爽太を盧子から引き放したい一心で放たれた右ストレートだった。


 防御態勢を取れなかった爽太は、一気に十数メートル吹き飛んだ。


「深帰人?」


 盧子に呼ばれ、深帰人は「今、助けるから」と振り返る。光をまとった拳で、盧子を覆っている紫色の蠟のような塊を数回殴り、打ち砕いた。


「それって……?」


「香菜さんが教えてくれたんだ」


 盧子の問いに、深帰人は地面に倒れている香菜を見ながら答えた。


 香菜が言った「考え方ひとつ」というのは、言い換えれば「自分の力をどのように使うか」だと深帰人は解釈した。それがわかったとき、深帰人は自分で勝手に、「防御しかできない」という先入観を持っていることに気づいた。


 深帰人が「シールド」と呼ぶ光の盾は、確かに防御で大きな力を発揮していた。だが、光の盾は深帰人の意思で、自由に移動させられ、分割も結合もできる。何より、それまでどんな攻撃にも破られたことがないほど堅牢なものだ。ならば、その堅牢な光の盾を、強い衝撃でぶつければ、それは強力な攻撃となる。


 香菜の言葉に込められた意図に気づくと、深帰人は光の盾を分割して複数、体外に出現させ、己を覆っている蠟のような塊にぶつけたのだ。目論見通り、そして、香菜がヒントを出してくれた通り、蠟は砕け散り、深帰人は自由を得た。


 盧子の堕天の輪に、爽太が手をかける寸前であるところを見た深帰人は頭に血が上り、そのまま光の盾を自分の右手にまとって飛びかかり、思い切り拳を振るっていた。無我夢中だった。爽太が吹き飛び、すぐに起き上がれないことからも、その威力が凄まじいものであると察することができる。


 あまりにも想定の範疇を超えていたらしい。起き上がった爽太は、それまでに見たこともない口惜しさを滲ませた表情を見せる。形勢が不利だと判断したのか、舌打ちをして、その場から飛び去ろうと後ろに跳ねる。


 だが――。


「あとは任せて」と盧子が飛び出していた。


「なっ?!」


 一瞬にして盧子がゼロ距離まで詰める。爽太は目を見開くことしかできない。次の瞬間には、盧子の右手にあった長剣が、爽太の頭上にある堕天の輪を切り裂いていた。


 爽太はがっくりと膝を折る。


「……深帰人……いや、フィア……」


「え?」


 地面に手をつき、失いそうな意識をなんとかつなぎ止める爽太に呼び止められた。


「君は、どれくらい憶えている……?」


「な、何を?」


「……自分の前世を、さ?」


 言葉が出なかった。深帰人が知っているのは、夢に見たことがある故郷のことだけだ。


 前世の自分が何者だったかなど、憶えているわけがない。


 表情から何かを読み取ったのか、爽太は小さく微笑むと、盧子のほうを一瞥し、そのまま地面に倒れ伏した。意識を失っているらしい。


 深帰人の目は盧子のほうを向く。


「盧子さん……?」


 目一杯の力を振り絞ったのだろう。盧子は肩で息をしていた。


「……助かった」


「え?」


 耳を疑った。盧子から出た言葉だとは思えなかったからだ。


「もし、深帰人がその力の使い方を思いつかなければ、ああなってたのはわたしだった」


 盧子はそう言って地面に倒れている香菜と爽太に目を落とす。


 深帰人は「うん……」と頷くと、同時に右の拳をギュッと握っていた。胸の奥にかすかな震えを感じている。恐怖から出たものではない。それは、初めて盧子をちゃんと守れたかもしれない喜びにも似た感覚だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ