第40話「配達前夜」
11月29日 土曜日 午後11時
凛は一日中、部屋にいた。何もせず。ただぼんやりと。
時々スマートフォンで配送状況を確認する。
「配送中」
「現在地:○○営業所」
もう、このアパートのすぐ近く。歩いて15分の距離。
明日届く。午前中か、午後か。時間指定はしていない。いつ来るか分からない。
でも――必ず来る。
凛はベッドに横になった。天井を見上げる。
白い天井。だが今夜は、その白さの中に何かが見える気がした。
防音室―― ピアノ―― 少女――
そして、たくさんの機械。
VHSデッキ、カセットデッキ、MD、フロッピー、8mmカメラ。
すべてが赤いランプを点滅させている。73回/分のリズムで。
凛の心臓も同じリズムで鳴っている。
ドクン…ドクン…ドクン…
「明日――」
凛は呟いた。声が暗い部屋に吸い込まれる。
「すべてが分かる」
「父のことも」 「美咲のことも」 「73のことも」 「そして――自分のことも」
目を閉じる。暗闇。
その中で、低い音が響いている。
ブーーーーーン……
73Hz。
意識の周波数。 記録の周波数。 転写の周波数。
凛はその音に身を任せた。抵抗しない。受け入れる。
そして――眠りに落ちた。
夢の中で、凛は再び防音室にいた。
だが今回は、ピアノの前ではなく、部屋の隅に立っている。
観察者として。
ピアノの前には、三人の人物がいた。
一人は美咲。白いワンピースの少女。 一人は隆。黒縁眼鏡の男性。 一人は真理子。ピアニストの女性。
三人が同時にピアノを弾いている。六本の手が、鍵盤の上で重なり合う。
そして――その演奏を、男性が録音している。
柳沢正臣。父。
「完璧だ」
父が言う。
「三つの意識が、一つに融合している」
「そして――」
父が凛を見た。
「四つ目が、必要だ」
「お前だ、凛」
「お前が最後のピースだ」
凛は―― 逃げようとした―― でも―― 足が―― 動かない――
父が近づいてくる。 その手が―― 冷たい――
「さあ――」 「ピアノの前に――」 「座りなさい――」
その瞬間――
午前0時。
凛は再び目覚めた。全身が震えている。
明日――いや、もう今日だ。
11月30日。日曜日。
テープが届く日。
すべてが始まる日。




