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30話 選択肢なんか捨ててしまえ

「俺はバルロス。元傭兵だ」


そう名乗った男の眼光は、まるで仇を目前にしているかのように冷たい。褐色の肌にツンと尖った銀髪。なんとも威圧感を感じさせる風貌である。


(というか凄い筋肉だな…)


なにより目を引くのがその肉体。白い装束から見え隠れする身体は、カニス君よりも線が細い。だというのに、引き締まった筋肉量は目測だけでも彼の数倍はある。教官が大きく膨れ上げた筋肉だとすれば、こちらは小さな器に限界まで詰め込んだ筋肉といったところだろうか。その研鑽、質量、積み重ねた歴史がひしひしと伝わってくる。


触れなくとも分かる、純粋な膂力では一切勝ち目がないと。


「その元傭兵さんが私に何の用かな?」


私はあくまで冷静に、己の欲を抑えながら問うた。


私としては「戦おう」とか言い出してくれたら嬉しいんだけどな。せっかくこんなにも強そうな人に出会えたのだし。最近は教官とばかり訓練していたから、久し振りに他のタイプの人とも戦いたい。まぁでも、ここは廊下のど真ん中、今直ぐにおっ始めるわけにもいかないか。日を改めて後日……とかが妥当だろう。


などと思っていたのだが、帰ってきた返答は予想外のものであった―――。


「ハッキリ言ってやる。テメェ、冒険者を目指すのは辞めろ。迷惑だ」


「はい?」



この男、いや、こいつは何を言っているのだろうか。

辞める?私が、冒険者を?


「いまいち話が見えないんだけどさ、いきなり話しかけてきて急に」


「いいか、戦場っつーのは男の仕事場だ。男だけに許された聖域だ。テメェみてぇな女が軽々と足を踏み入れていい場所じゃねぇ。冒険者になろうなんてもってのほか。ここには男達の夢が詰まってんだよ。分かったらとっとと失せろ」


(こいつ……)


私を見るこいつの目が冷たい理由がわかった。このバルロスという男は私を……いや、女を戦士として認めていないのだ。


下に見ているわけでは無いと思いたいが、自分達の領域に部外者が入り込むのが許せないのだろう。発言からして仕事にかなりのプライドを持ってそうだしな。


しかし、だからといって「ハイそうですか」と簡単に飲み込める話でもない。こっちはプライドなんてのとは無縁だが、それでも譲れないものがあるのだから。


「私、それなりに戦えるんだけど」


「関係ねぇな、そんなもん。重要なのは戦闘能力じゃなく精神面、心の強さだ。テメェら女はそこが貧弱なんだよ。生まれながらの劣等種だってことをもっと自覚しやがれ」


「あのさぁ……」


前言撤回、コイツは完全に女性という性別をなめている。下に見ているなんてもんじゃない。そもそも目を向けようともせず、ただ女というだけで切り捨てているのだ。


その時、私の脳裏に浮かんだのはミーシャやエールさん等、今までお世話になってきた女性達。たしかに彼女らは戦えないが、それでも強く、真っ直ぐ前を向いて生きていた。


「私の事をなんて言おうが別にどうだっていいけどさ、他の人達まで侮辱するのは流石に聞き捨てならないなぁ。性別で精神面の強さを決めつけるなんて、視野が狭いんじゃない?」


「ハッ、何を言おうが所詮は女の戯言だな。テメェの理屈は関係ねぇ、俺はテメェをこのギルドから追い出す」


「追い出すって……具体的にどうやって?悪いけど、アンタの言葉に従う気はないよ」


「従わねぇなら力で解決すりゃあいい。寝首をかくなり、ダンジョンで疲労してるとこを襲うなり、無抵抗のテメェを確実に殺す方法なんざいくらでもあんだからよ」


「力で解決ってわりには、イヤらしい戦法じゃん。たしかに合理的だけど」


「悪ぃが元傭兵なもんでな。成果を上げられンなら過程なんざどうだっていいのさ」


見下したまま嘲笑うバルロス。

しかしコイツの言う通り、その気になればいつでも私を殺せるだろう。


理由は簡単。ソロの私には護衛役がいないし、仮にパーティーを組んだとしても誰もコイツには敵わないという予感があるからだ。それこそ私が疲弊しているタイミングを後ろから刺されでもすれば成す術がない。


さらに、実のところダンジョン内の死はそれほど珍しくないのである。魔物による犠牲は日常茶飯事で、今までも見習い冒険者が死亡するケースは多々あった。もし私がダンジョン内で死亡しても、数ある被害の一つとして処理される可能性が高いだろう。


そうなれば完全犯罪の出来上がり。私の死は迷宮入りとなるわけだ、ダンジョンだけにね。


………話を戻そう。提示された選択肢は二つ。『従う』か『逆らって殺される』か、そのどちらかだ。 


「……なら、取るべき行動は一つ……」

 

私が意を決した瞬間、バルロスが牙を剥く。


「どうした女?自分で決められねぇなら、試しに軽く脅してやるよ……ッ!!」


バルロスによる回し蹴り―――。大きく弧を描いたその右足が、私の頭部へと迫る。


だが、覚悟を決めた私に焦りはない。


冷静に眼の魔力を駆動。

腰から刀を鞘ごと抜き上げ、柄を用いて蹴りを阻んだ―――。


「なッ!?」


「取るべき行動は一つ『真っ向からぶっ倒して勝つ』だな」


腕に走った衝撃が背中まで伝わる。

魔力で身体を強化していなければ今頃吹き飛ばされていただろう。


「っ!?……テメェ、なんだその瞳……魔力炉…か?」


体勢を戻しながら驚愕するバルロス。

まさか自分の蹴りが止められるとは思っていなかったのだろう。



……そう、これこそが私の取るべき第三の選択肢。

従うつもりも無残に殺されてやるつもりも毛頭ない。私達が気に入らないってんなら直接戦って証明してやればいい。その精神を、その心の強さを、嫌というほど叩き込むだけだ。


「戦ろうぜバルロス。私の魂、アンタに全部ぶつけてやる」


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