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異世界に行ったので手に職を持って生き延びます【コミックス一巻 4月28日発売予定】  作者: 白露 鶺鴒
第六章

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6-33.セルフィス女伯爵


 やられた。

 武闘大会に出場して、1回戦に勝った。

 ここまでは良かった。


 ただ、1回戦に勝ち抜いたことで、問題発生。

 女性のために宿舎が用意されていない。

 そんな説明されて他の選手と引き離された時点で、迂闊だったのだけど。


 案内された部屋にいたのは、セルフィス女伯爵だった。


「ようやくきちんとお話ができますわね、クレイン・メディシーア」

「何もお話しすることはありませんけどね」


 武闘大会の期間中は外部に接触しないということだった。

 これで暴れたりして、他の人に助けを求めたりしたら、大会失格処分になるものなのか。

 それとも、「失格したくなければ言うこと聞け?」というマッチポンプかな。


 どちらにしろ、この目の前の女性以外にも、姿がないだけで部屋に複数の気配。

 閉めたドアの外も、見張りが立った。


 それでも、実力は中途半端で、多対一でも負けるとは思わない程度。

 直感が危険を感じないくらいの出来事だから、対処可能だとしても……面倒ではある。


 身を護るために、いつでも魔法を撃てるようにしておこう。

 おそらく、囮に使われただけで、全く助けが来ないという状態ではないはず。

 しばらくは様子を見よう。


「何か言いまして?」

「……不快だなと」

「あなたにもちゃんと利益がありましてよ」

「私が望むものを用意できるとは思えません」


 たしか、この人にも協力者がいるって話だったから、忙しいラズ様達の目を掻い潜れたかな。


「平民である貴方には理解できないかもしれないわね。わたくしとあなたは対等ではないのよ。伯爵として命じているの。貴方は頷くだけ、それしか許されない立場よ。頷くだけ、それくらいできるでしょ?」

「はぁ……お断りします。平民であろうと、仕える方がいるのでその方以外の命令を聞く義務はありません」


 かつてのラズ様の婚約者。

 ヴァレリア・セルフィス女伯爵。

 今、王国内で、女性の身で爵位を継いだ人はこの人だけ。


 師匠のように功績を得て、家を興す人は別だけど。

 爵位を継ぐのは、男性がほとんど。


 でも、兄グラノスではなく、私にメディシーアの爵位を継がせることを望む人もいた。それは、セルフィス女伯爵という存在がいるから、その道が出来ていた証。


 国として、未来の布石がしっかりとあるって大事なんだろう。

 その能力が見合っているかは別で、彼女が女伯爵であったことに価値はあったのかな。


 今、家の中で爵位を譲り渡すくらいなら、他家と同じ扱いで目立たずに、穏便にすませられるはず。

 でも、問題を起こした。


 これ、起こさせたんだろうな。

 ラズ様ではない……多分、カイア様かな。


「わかっていないなら、説明してあげるわ。わたくしは貴方の存在を認めてあげると言っているの。婿入りするしかない三男が愛人を作ることを認める。他の家ではできないことよ」

「あなたはそれがメリットがあるでしょうね。私には薬師としての価値があります。薬を作らせれば、没落した家の再興もできる巨万の富すら得られる。ラズ様が望むなら、他家でも同じ条件を呑む方はいくらでもいますよ」


 本人が婚姻を望んでないから、私の要望も踏まえて、中途半端な状況が放置されているだけ。

 王位が移る前から色々と問題がある家が多いから、家を断絶させて、ラズ様に新しい爵位の用意くらいできるだろうしね。


「いいえ。婿が必要な家はほぼないわ。それに愛人を許すことは家の乗っ取りになるからできない。それをわたくしは許すのよ。子も作って構わなくてよ? まあ、わたくしの治療をして、わたくしに子が出来たらという条件がつきますけど」


 ここまでの前提、ラズ様は頷くと考えているのだろうか。

 そうだとしたら、頭おかしい。

 ラズ様と復縁が当然できるとか、どういう頭の構造をしてるのか。

 ちょっと理解できない。


「私は国王となったサフィール様に認められ、貴族にならなくてもラズ様のお側にいることを認められています。10年も前に他の人と結婚している女伯爵の出る幕などありません」

「な、なにを言っているの」

「私を騙してこの場で契約でもして、隷属でもさせるにしても無理があります。この場を用意するために力添えした人達も、ラズ様が大人しく従うと考えているなら愚かです」

「平民の愛人を使ってあげると言っているのです。貴族に逆らうことがどういうことか理解できないのなら……」

「私が従うのはラズ様です。貴方じゃない。貴方とラズ様が復縁? あり得ない。ラズ様は利用したい人達の浅はかな考えに乗るような方じゃないですよ」

「なにをっ! 彼が勝手に破棄をするしかない状態に追い込んだのだから、責任を取らなくてはいけないのよ」


 たしかに、ラズ様が婿に入りさえすれば、家の当主の意向に逆らうことはしないとは思う。

 でも、そんな都合のいい現実が起きるはずがない。


 一方的に破棄して、損害を出した側の意見は尊重されない。

 貴族同士の関係ならそれもある。

 この人は本気で自分の考えが通ると思って支持者も集めたんだろうけど。


 貴族であれば……通じる理屈。

 ラズ様、すでに王家の一員。

 さらに、英雄的な立ち位置でもある。

 貴族が出るはずの学園を卒業しているかどうか、誰も気にしない。


 王が変わり、体制が根本から変わる状況を理解していない。

 どこまで、自分の都合のいい世界で生きているのか。


「貴族ですから、利権が大事、家の継続が大事。貴族らしいのかもしれないですけど。でも、その理屈は貴族だから通じることです。私はそのしがらみが嫌で、貴族にならないことを宣言した立場。それを現王から認められているんです」

「平民には理解できずとも、貴族には責任があるのです」

「貴方だけで世界は回らない。元婚約者側に非があるから自分に従うのは貴方の世界でだけ。あり得ないです。だって、あの人、貴族じゃない」

「……何を言ってるの? 最初からそう言ってるじゃない。学園に入学しなかったら貴族ではない。それでも、婿にすると言ってあげてるのよ。それが出来るのはわたくしだけなの」


 う~ん。何と言うか、話が全く通じてない。

 根本的な考え方がラズ様って貴族ではないんだよね。


「そういう意味じゃありません。貴族にとって大事な、家名も利権も領地も。貴方にとって大事で、あたりまえのもの。貴族としての誇り。これ、ラズ様にとって、意味のないものだから、価値観が合わないので、思う通りに進みません。今、あなたが並び立てる理屈、ラズ様に価値はないんですよ」

「は?」


 ぽかんとする女に、ため息しかでてこない。

 ちらっとドアの方に視線を送る。さっきから外で動きがある。


 私では厳しい実力者がドアの外にいる。でも、危険な感じはしないってことは、味方の到着かな。


「ラズ様、国のことを考える王族なんですよね。しかも、自身が王となることがないとわかっている王族。変なんです、根本的に」

「何を……?」

「どんなに迷惑をかけた相手であっても嫌悪したりしない。笑顔で困ったねというくらいはしますけど。まあ、王族が嫌がった対象なんて、近くにいる人達が排除しますからね。それがわかっているラズ様は何でもないことだと受け流します」


 セルフィス伯爵家との縁なんて、婚約破棄した時点で切れているのに。

 いまだに情を残し、次代のクラウディア様と交流をもつどころか、積極的に支援する方向で動いている。


 だから、勘違いする。

 かつて義妹になるはずだった者を重用するなら、元婚約者との復縁もあるはずと。

 そこに今回の動いた人達の根拠があるのかもしれないけど。


「自分の中に入れた人を大切にする。平民も貴族も関係なく、その人を認めて、付き合うことができる……人と関わるのは結構好きなんですよね、あの人。国のためになるかとか、なにか理由があったとしても……そのうち情が湧いて庇護してしまうんですよ」


 私を手元に置いた時点で、色んな思惑はあったのだろうけど。

 短時間でかなり情をもって、保護に変わった。


 さらに、私を使えばいくらでも金稼ぎをできる。

 その気になれば派閥を作ることも可能。それだけの資金源がある状態でも、望むことはほとんどない。

 手が足りないなら手伝うように言われるけど、それだって自分のためではない。


 王都奪還して、王弟殿下が現国王となったきっかけを作ったのはラズ様。

 後継者に名乗り出る姿勢をみせれば、容易に、ラズ様を支援する派閥を形成できる。


 でも、しない。

 国のためにならないから。

 自分にはその能力はないと思ってる節もある。

 存在が歪ではあるんだよね。


「あなたに情を残している? ノーです。あり得ません」


 はっきりと告げる。

 傍から見ると、情を残しているように見える。

 この人のために自分を犠牲にした。そして、その家を陰ながら支援している。

 それくらい愛しているのだと、見る人が見れば思うのかもしれないけど。


「国のために排除するべきではないと判断して、貴方の道を残し自分は貴族の道を捨てて去った。女性でも爵位を継ぐことが出来るという国の在り方を示すために。身を引いたのはあなたではなく、国のためですよ」


 実際にその場にいたわけではないし、詳しい事情は知らないけど。

 ラズ様にとって大事な事とこの人にとって大事な事は違う。

 そもそもだけど、根本的に合わない二人だと思う。


「そんなはず……」

「普通なら国のために切り捨てる場面でも、それを判断するのは王。王になる気がないラズ様って口に出さずに見守るので……すごく質が悪いですよ」


 私がやることも止めないけど、あれもたまにいいのかって思う。報告さえすれば自由にはさせてくれる。多分、責任も取ってくれるのだろうけど、危うい気もする。

 だからこそ、止めることができるカイア様の下にツルギさんは行ったんじゃないかな。多分だけど。


「わ、わたくしは……どう……」


 カイア様とか、そういう切り捨てたり、利用したりは得意そう。

 ラズ様はそこらへん苦手。学園で学ばせるつもりだったのか、教育は王族寄りで終わっていて、貴族の考えは理解しているけど、貴族寄りの判断してない気がする。


「前王も第一王子もいない。ラズ様を大事に思う人にとって、あなたはラズ様の未来を奪った人です。大人しくしていればよかったのに」

「何も言わずに降りた。そのせいで……何も説明がなかったから、わたくしは今、酷い状況に、追い込まれているの」

「ラズ様と婚約関係にあったくせに、彼を全く理解してなかったからじゃないですか? だから、彼の周囲はあなたを認めていない」


 特にカイア様。

 フォルさんもか。結構、怖いなと思ったし。


「国王陛下も、セレスタイト王太子殿下も、カイアナイト様も……貴方が敵に回したのは、この国の中枢となった人達ですよ。もう諦めてください」

「っ……」


 ようやく折れたのか、項垂れて黙った女伯爵。

 彼女を放置して、部屋を出ようとすると、その瞬間にこちらを襲おうと姿を現した怪しい人達。


「雷の檻〈サンダープリズン〉」


 部屋全体に雷魔法を放つ。びりびりと痺れて、数人が倒れ込んだ。


「はぁ……正当防衛、なりますよね?」

「んふっ、ええ、大丈夫ですよ。拘束しておきますね」


 ガチャとドアを開けて、目の前に立っていたネビアさんに確認する。

 痺れて動けなくなっている人や、動けはするけど戦意が無くなったのか戸惑っている人。

 こちらに向かって来る人はいない。


 ネビアさん以外の人が部屋に入ってきて拘束し始めたので、後始末は任せていいらしい。


 そして、部屋から出ると同時、カイア様が目に入った。


 その後ろには奇病のための薬を納品する謁見の間にいた貴族。

 顔を真っ青にした初老の男性。目論見が外れたどころか、やらかした現行犯として捕まっている。


「ラズのことをよく理解しているのだな。安心したぞ」

「いや、理解不能な生物です。もう、全く意味わかりません。ただ、あの人にはああいった方が嫌だろうなと思って断定で言ってみただけです」

「うむ。ラズもそなたを理解不能と言っていたな。仲が良いな」


 いや、ラズ様もひどい。

 私は穏便に暮らしたいだけだと何度も言っている。


「なんで、接触させたんですか?」

「ラズを未だに自分の所有物だと考えているようだからな。今、お前よりも大事な女がいるのだと、わかりやすく見せてやった……それに、家の中で決めただけでは弱い。外部からの決定打は必要だ。あやつには出来ぬ」


 う~ん。

 私が疲れただけで、意味はなさそうだけど。


 まあ、これを仕組んだだろう貴族は、自分の目論見がいかに的外れだったかを私と彼女のやり取りで理解したみたいだ。


「んふっ……面白い人ですね、本当に」

「ネビアさん。できれば、早めに助けてほしかったんですけど。結構前からいましたよね?」

「僕が助けるまでもなく、撃退していたではありませんか。それに、僕がしなくても過保護なのがいるでしょう。彼が武闘大会で身動きできないから、このチャンスしかなかった。あなたが囮になってくれたので、そこの貴族を含め、いろいろと対処できるようになりました。お疲れ様です」


 芋づる式に貴族を締め上げるのだろうけど。

 これ、ラズ様の許可は得てないよね。たぶん。


「その気になったら、いつでも爵位とラズの嫁という立場を用意しよう」

「いりません。嫌です」

「なぜだ?」

「ラズ様、私より大切な人なんていくらでもいますよ。でも、誰か一人を特別に選ぶことはしない。全部まとめて背負うから、恋人にするなら最低です」

「はっはっはっ、その通りだ」


 玉の輿狙いの女性に狙われ続けて、苦手意識があるのか、女性の影はないけど。

 ラズ様に恩はある。でも、生涯をかけてまで、彼の隣に立つなんて冗談ではない。

 

 愛人という嘘偽りで周囲を騙すのは悪いが、互いにメリットあっての契約関係が一番いい。


「では、本当の部屋まで送りますよ」

「ありがとうございます、ネビアさん」


 頭を下げて、ネビアさんについていく。

 カイア様はいいのだろうかと思ったけど、振り返った先には他の騎士が姿を現していた。


 私の視線に気づいて、軽く手を振ったカイア様にお辞儀をして、その場を去る。


 セルフィス女伯爵がどうなるかは知らないけど。

 多分、これ以上は煩わされることはない。そんな気がする。




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― 新着の感想 ―
平民に言われて理解出来ているあたり 前評ほど猪突猛進でもお花畑でもなさそう? 回りから片寄った情報流され続けられていたとかでしょうか 現実の新興宗教の囲い込みとかも怖いですしね
クレインがわざわざ囮にされて、相手してあげる意味がわからん
ざまぁ展開をカタルシス全開で書く人が多いけど、こんなふうに落ち着いて書かれたほうが、相対的に主人公側に重みが出て好きです。
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