6-23.宰相様と対面
きっかり一週間後の昼、宰相閣下がマーレスタットのラズ様の屋敷に到着した。
「宰相様がラズ様と会談をしております。終わりましたら、こちらにいらっしゃるのでご準備をお願いいたします」
「はい、すぐに片づけて、準備します」
前日から聞いていたし、準備はできている。
それでも落ち着かなくて、フォルさんの知らせまで、書類と睨めっこしていた。
「クレイン・メディシーア嬢。この国の宰相、アイザック・プレミールだ。今後、長い付き合いになるだろう」
「プレミール宰相閣下にお目見えいたしましたこと、光栄です。クレイン・メディシーアと申します。よろしくお願いいたします」
「結構。楽にしてくれ」
失礼にならないように挨拶し、促されるままに椅子に座った。
ラズ様も私の隣に座り、すぐに紅茶が用意される。ただ、すぐに人払いをするような仕草をされ、フォルさんを残し、使用人は退室してしまった。
宰相閣下とラズ様とフォルさんと私。そして、この部屋はしっかりと防音されているので、話は外には漏れない。
宰相閣下に視線を送るが、わかっていても反応はない。
しかし、予想よりも若い。多分、王弟殿下と同じくらいか、それよりも若い気がする。眉間の皺が深く刻まれ、神経質そうに見える。
「さて、クレイン嬢。私の部下を騙る者達のせいで、不自由なときを過ごさせたことを詫びよう」
「いえ。その、邪魔の入らない有意義な時間を過ごせましたので」
「本当に、そこだけは失敗したと思ってるよ」
私の言葉にラズ様が深いため息を吐いた。
ナーガ君が獣王国へ旅立ってからは、レオニスさんとかルナさんが様子を見に来ることはあったけど。ほぼ一人で過ごせたので、かなり集中して研究が出来た。
普段は誰かが声をかけてくるので数時間で中断をするのだけどね。邪魔もなく、時間を忘れて書物を読んだり、色々と素材を鑑定、解析などの作業に没頭した。
いや、没頭しないと宰相閣下との面会に胃が痛くなるから、もう、研究に打ち込むしかなかっただけではあるんだけどね。
「ふむ……有意義か。よい休暇になったのなら重畳」
「休暇なら良かったんだけどね……止める人間を手配しなかった僕の落ち度だったかなと後悔してるよ」
「……何かあったので?」
宰相閣下が怪訝な顔をしてこちらを見てきたので、にこにこと笑顔を返しておく。
ラズ様にはほどほどでいいと言われたけど、研究はかなり進んだ。
「いや、研究に没頭する時間を与えてしまったからね。国の利益にはなるだろうから気にしなくていい」
「喜ばしいことだ。私のことは何処まで説明を?」
ラズ様からは説明を受けていないけど、頷いたので大丈夫なのだろう。
「ある程度の説明は受けました」
「なるほど。それに対し、どう考える」
どう考えると言われても、国の政策に口を出せるような立場ではない。
お互いにある程度分かった上でプロレスするのは好きにしていいと思う。でも、怖いから関わりたくない。
ただ、まあ、無関係でもいられない。国内のごたごたに集中する形は、鎖国政策に近い可能性もある。
薬を作るための素材で外国に頼っているものは代替素材を準備したい。
「私は薬師として、どうしても国外からの素材が無いと困る可能性があるのは困るため、事前の準備を進めようと思いました」
「ふむ?」
「この時期に自分の価値を高めるなという警告をしておくべきだったよ」
「ラズ様だって、助かるでしょう? 属性付きの素材以外は国内で何とでもなります。ネックの部分だけでも対策しておけば……薬が無くて発作が起きたりはしない」
「そりゃあね……属性素材は貴重だし、各国でも主要な特産物だからね。安らぎの花蜜ほどではなくても、かなり重要だよ」
「話が見えぬが?」
「父上からいずれ話はあると思う。クレインは薬師としてやるべき立場であって、他は何も考えていないとだけ言っておくよ」
ラズ様の言葉に首を傾げる宰相。
しかし、敵対派閥のはずなのにあっさりと話しているけどいいのだろうか。
具体的にどんな素材を開発しているかは報告しないから問題ないとしておこう。
「ふむ……聞いていた以上に優秀のようだ」
「ありがとうございます」
褒められたのに、全く嬉しくない。
じっとこちらを見てくる瞳が蛇に睨まれた蛙になった錯覚さえしてくる。
「さて。世間話はこれくらいにしよう」
少し微妙な雰囲気があったけど、世間話として処理してくれた。
そして、こちらを見る宰相閣下の顔が変わった。真剣に本題について話をするようだ。
ちらっとラズ様を見るが、とくに指示はない。好きにしろという態度だ。
「私のことを知っていることを前提に進めよう。クレイン嬢。いくつか頼むことがある。君の答えは?」
「まずはお話を聞きます。その上でここに回答いたします」
「結構。では、貴族にならぬ。その意志は変わることは?」
「ないです。それに、異邦人を貴族にするんですか?」
実際、私の立場って微妙だろう。
宰相という立場であれば、当然、私が異邦人であると知っているだろう。
どこまで知られているか、それはわからない。でも、常に疑われる立場のはずだ。
私を貴族にすることは、以前よりもリスクがあるはず。
「あり得ぬな。異邦人は秩序を乱す。だが、その功績を考えると影響が大きいことも事実。だからこそ、意思の確認をしている」
「……私が異邦人ではないと証明できないのでは?」
私が爵位を得れば……他の異邦人への可能性の道を作る。
元々あったメディシーアの爵位を受け継ぐという立場ならまだしも、すでに貴族ではなくなった。私個人への功績とするなら、他の異邦人だって対象になるだろう。
「この国の貴族はメディシーアを貴族として残すことを望まなかったはずです。それに私は貴族には性格的に向かないと師匠も言っていました。今後、私が薬師として功績を残したとしても、ラズ様の功績でいいんじゃないですかね」
ゆっくりと頷いた。多分、その答えを聞きたかったのだろう。
この結論に文句はないらしい。
「その言葉、違えぬように」
「はい」
違えた場合にどうなるのか。そんな説明はなかったけど、多分、良いことにはならない。考えるだけで、背筋がひんやりする。
「宰相。クレインを貴族にしないのはいいけど、念押しする必要ある?」
「異邦人の者達が色々と成果を上げようとしている。より、成果のある者が貴族にならないと表明することは重要だ」
「えっと? それなりに使える結果がでてるんです?」
「今までも異邦人が現れることはあった。すでにある知識を超えるような成果は今のところはない。他の国に行くというなら止めるほどでもないが……君は別だ」
私は国を出ることは許さないらしい。
ただ、この国で認められないなら他国に行くという意志を持つ者もいるらしい。
しかし……成果ね。
この世界は少数ではあるけど、昔から異邦人が現れていたので、目新しい発見はそうそうにはないらしい。まあ、管理されてる中で、できる事って限られてるしね。
他の国が奴隷にしている中で、王国では異邦人でも貴族になれる。
これでは世界情勢としては余計な摩擦を生む。戦争を起こさないためにある程度の国同士の協調性も必要で、貴族には絶対にできないらしい。
それでも、王国は奴隷として消費するよりは自発的な協力を望むという立場を貫くというのは、ちょっと安心した。
「では、話を続けよう。すでに王として実務を行っているが、二か月後、サフィール陛下が国王としての即位式典が行われる。参加しないと聞いたが?」
「身分的にできないでしょう?」
ラズ様から話は聞いている。立場としては、愛人であるし、平民。どうあっても参加することにはならない。
それに、スタンピードで外出予定も入っていたからね。
「大々的に参加する必要はないが、王都には来るように」
「え?」
すごく嫌。だけど、これは命令らしい。
ラズ様に対しても、「いいですな?」と確認を取っているけど、否とは言わせない雰囲気だ。
「いや、理由もなく王都に行くことはできません」
「では、ラズライト様の騎士候補としてでも王都にて武闘大会に出るように」
「えっと、嫌です?」
何を言っているのか。
騎士候補もなにも、私は薬師だ。ラズライト様の専属の。
王都に行く理由がないと言ってるのに、何故、武闘大会なのか。
「拒否できる立場ではない。ラズライト様の立場では、手駒にはそれなりに活躍してもらう必要がある。S級になれずに引退した冒険者では他家につけ入る隙となろう」
「え?」
「別に僕は気にしないけどね。レオがS級になる気なかったのは事実だからね」
どういうことかとラズ様の方を見ると、簡単に説明をされた。
面倒な話ではあるけど、王弟殿下の即位の式典の前に、武闘大会を開かれる。
これは王が優勝者を称えるための伝統があり、最初であるからこそ王の覚えが目出度いということで、各貴族としても重要視する。
各貴族が代表を一人出す武闘大会。そこには、ラズ様も参加が義務付けられているが……ラズ様には、騎士はいない。家に仕える騎士はいるけど、専属を設けていない。
宰相閣下はそのことも知っており、私が薬師ではあるけど戦えることも知っている。そこで候補として、私の名を上げた。
「ラズ様、それ……私が出る必要あるんです?」
「今のところ、部下が少ないのは事実だけどね」
ちらっとフォルさんを見たけど、首を振られた。彼では駄目らしい。
「それなりの結果でいい感じです?」
「うん。優勝する訳にもいかないけど、一回戦負けはまずいかな。武器は自由、魔法もあり、馬とかに騎乗して戦うのもあり。基本、何でもありと考えていい。レオにするつもりではあったけどね。君がいく?」
出来れば、目立ちたくはない。
ただ、なんだろう? レオニスさんはまずい気がする。
宰相閣下から私が名指しされるのも驚きではあるけど。
「女が出場しても問題はないんですか?」
「各家の名誉を背負うが、新人の見せ場であり、古参の騎士はでれない。暗黙の了解として、20歳代以下の若手だ。いくつかの家では引き取った異邦人を出すという話もある」
つまり、レオニスさんは最初から駄目なんじゃ……ラズ様から、仕えるようになってから数年以内であって、年齢ではないと補足は入ったけど。それでフォルさんは駄目なんだ。
レオニスさんは引退するまでは冒険者であり、そこから仕えたなら年齢は考慮されないらしい。でも、宰相としてはそっちを出すなら、私を出せという。
そもそも、レオニスさんって専門はタンク。守ることには特化しているけど、攻め手に欠ける? いや、十分強いけど、逆に大会に出すには切り札過ぎる気もする。
「わかりました。私が出ます」
「貴殿の実力を見せて、色んな方面を黙らせてもらおう。少々、広範囲に目を付けられているからな。自衛できる実力があることを示すように」
う~ん。広範囲って、自国内だけではないって意味かな。派閥としては、どちらからも嫌われてるっぽい気はしているから、今更だし。
命の危険は無さそうだし、立場的に即位式に出るのかも微妙ではあったから、武闘大会に出るという理由で王都に行くなら……嫌だけど、仕方ないか。
「たぶん、3回戦まで行けるような気がするんですけど……駄目だった場合、特に一回戦負けをしたらどうなるんでしょう?」
「相手にもよるけどね。まあ、多少は面倒なことになる可能性はあるよ。御しやすいという判断になるから、その身が狙われやすくなるかな」
「三回戦は大いに結構。一回戦は勝ってもらわなくては困る。身柄を奪おうとする者への牽制として、一人二人では容易に攫えないと認識させるように心掛けよ」
戦えること。私を攫うには骨が折れることを見せろという。
相手次第ではあるけど、魔法も有りであれば、なんとかなるかな。
「父上はクレインに無理にいわずともよいって話だったけど、王都に呼ぶことはちゃんと言ってあるの?」
「意見が一致していない。だが、当然、貴族からの声が大きい。奇病の件もある」
王弟殿下としては、わりと私の意を汲んでくれる。でも宰相閣下は関係ないという立場。必要なら利用することも当然なのだろうけど。
「奇病?」
「カイ兄上を呪っていた連中が、呪詛返しを受けたのを奇病って言ってるよ。まあ、兄上だけでなく、他にも呪いの被害者がいたから、呪詛返し全般かな。治す?」
「どうやってですか?」
「さあ?」
私もどうすればいいかわからない。
ただ、奇病は結構大変な状況ではある。そんな大事になると思わなかったのが正直なところだし、呪詛返しって、呪った側が悪いと思う。
こちらに視線を送ってきたので、宰相閣下の方を向いて、ゆっくりと首を振る。
「……何を期待されてるか知らないですけど、無理ですよ。私だって、何が起きたか把握してないんですから」
「だよね。やるだけやったのはクレインだけどさ。元々の原因は自分たちにあるんだし、解決策ないよね」
「ふむ? 何もできないと?」
「多分ね。クレインの魔力、現時点で僕の魔力上回ってるし、国でも有数じゃないかな……正直、使える属性が多いから、一から育てたところでクレインを超える目途が立たない。そうなると、呪詛返しを治す手段はないよ」
ラズ様が遠い目をしている。
自覚は余りないけど、魔導士としてはそれなりに評価が高いのか? でも、冒険者ギルドではヒーラーとしての評価とソロとしての評価しか知らないんだよね。
ソロの場合、基本的な物理攻撃力で見ているのか、あまり評価は高くない。それでも、ダンジョンに入る許可が出るくらいではあるから私としては問題はないけど。
ただ、私が呪いを解呪したことで、私より上の術者でないと駄目な状態なのは知らなかった。聖教国の司教でも駄目だったとかで、ラズ様は無理と判断している。
「駄目だと理解し、奴らが諦めるまではしてもらおう」
「そう言われても……何もできませんよ?」
う~ん。なんだか、面倒事が増えてきたけど……とりあえず、宰相閣下の指示で、奇病に罹ったという人達に会うことになりそう。
「第一王子が死ななければよかったのにね?」
「全くだ。手間を増やすことしかしない」
「まあ、遅かれ早かれだったかな」
ラズ様の様子だと、多分、第一王子の死による、国王派内での動きなのか。
まあ、私には関係ないことだろうけど。呪詛返しを受けていた人が亡くなり、その余波を残った人が受け、混乱が起きているらしい。
私としては、そんなことよりも、まず、さっさとこの状況が終わって欲しい。




