ウォークラリー(2)
明るく開けたところで、昼食を食べる。
ウォークラリー中、好きなタイミングで昼食を取って良いと書かれており、他の班が集まっていたここで、昼食をとると決めたんだ。
「これでやっと半分くらいか」
「結構歩いたよねー」
「ねー」
「今までの問題の答え、本当にあってたのかな?」
「間違ってんじゃね?」
東雲君が、そう言いたくなる理由もいたいほどわかった。
特にさっきの漢字の地名を読む問題で、『月川』と書いているのをツキカワと答えたのは絶対に違う。
「え? ミキのそれ、手作りなの!?」
「う、うん。朝早く起きて、作ってみたんだ」
「メチャクチャ上手なんだけど!」
「ほーん……確かに、美味そうだな」
「あ、あの! 良かったら……食べてみる?」
「良いの? サンキュ」
「ど、どうかな?」
「うん。美味い」
「…………良かった」
……ラブコメを繰り広げられることほど、苦痛なことはない。
なんというか、モテる故の一端を垣間見た気がする。
なんてことを考えていると東雲君と目が合い……逸らされた。
良かった。ここで、『お前も食べて見ろよ。美味いから』とか言われていたら、絶交していたところだ。
こういう、空気を読めるところもあるから憎めない。
◇◇◇
「ヒッ!!!」
班のメンバーから悲鳴が上がる。
ウォークラリーをしていたら、うちの生徒達が倒れているのを発見したんだ。そんな状況を前にしたら当たり前の反応。
固まっている皆んなをよそに、倒れている人たちの側に近寄る。
「近藤さん。し、死んでるの……?」
「ううん。まだ、息はある。全員、気絶してるだけだね」
その言葉にホッとする面々。だけどまだ安心できる状況ではない。
「気をつけて! 近くにこれをやった犯人がいるかも」
その言葉に、離れていた皆んなが一箇所に固まる。
「取り敢えず安全な場所に移動させなきゃ。私はここに残るから、あんたたちは近くのチェックポイントにいる先生に報告してきて」
その指示に従って、全員がこの場を去った。
しかし、異様な現場だ。
近くの木々は倒され、地面は抉られている。これは間違いなく、戦闘の形跡だった。
「でも、傷跡はどれも同じ」
更に言えば、全員の身体に傷跡が見つかった。誰一人として、衣服には切り傷もついていないのに。
間違いなく異能による犯行。しかも、犯人は単独犯。
「この子たちが弱かったのか、それとも……」
間違いなく、何かが起きている。
でも一体何のためにこんな……誰かを狙っている?
だとしたら狙われる人なんて、一人しかいない。
「奏音……っ!!」
◇◇◇
「川澄先生。3組、全員います」
「よし、これで残るは2組と5組か」
生徒の報告で、誰かに襲われ道端に倒れていた生徒を発見し、医務室に運ばれたのが今から40分ほど前。
そこから教員方の力を借りて、至急ウォークラリー中の生徒を呼び戻させた。
「被害の状況はどうなってますか」
「あの生徒たち以外に、4人の生徒が被害に遭っているのを確認しています」
舌打ちが出そうになる。
間違いなくこちら側の失態だ。もっと、警戒を強化すべきだった。今までが無事に終わっていたのもあって、油断していた。
後悔の念は尽きない。
「しかし、下手人の狙いは一体……」
「あるとしたら、夏目奏音でしょうね。あの生徒の……いや、あの兄の影響力を見誤っていました」
あの兄に恨みを持つやつは多いだろう。
ならばこそ、夏目奏音は唯一にして最大の弱点と言えた。だが、なぜそれが今になって……
言い訳にもならないが、言わずにはいられなかった。
「だとしたらなぜ、他の生徒を?」
「……間違えたのだしたら、随分とお粗末ですね」
怒りさえ湧いてきた。が、安心させるためなんとか冷静さを保つ。
「それで、夏目さんはまだ?」
「はい。帰ってきていません」
「わかりました。私も探しに行きます」
何をそんなに驚いているのか、人は多い方が良いはずだろうに。
「主任! まだお身体の方は!」
「そんなの気にしてたら、教職は務まりませんよ」
そう言うと、もはや止めるのは無理だと悟ったのか、大人しく口をつぐんだ。
「では、後は任しました。副主任」
「……はい」
重い重い。一々、重くとらえすぎなんだ。こいつは。
◇◇◇
「ああ、良かった。無事だったか」
「どうしたんすか先生。急に帰ってこいなんて」
「それは後で全体に周知する。で、釘抜の班は見てないか?」
さあ、とばかりに首を振る。
こいつらも見てないから……これで、帰ってきてないのはアイツらだけになった。
「あ、途中でなら見かけましたよ」
「本当か!?」
「はい。俺たちと同じとこで昼食取ってたんで」
「それはどこか教えてくれ」
言われたところに地図でマークをつける。
それは半分のチェックポイントを過ぎた辺りのところだった。
「で、この後は知ってるか?」
「いえ。俺たちの方が先に出たんで」
「それだけ知れたら充分だ」
こいつらは確か、後ろから教師に呼び止められたと言っていた。
つまり、その教師は釘抜たちとすれ違っていなければならない。が、ここに釘抜たちの姿はない。
つまり、その間で釘抜たちは行方不明になったってことになる。
「俺はこのことを主任に伝えに行く。お前らはじっとしとけよ」
「は、はい」
釘抜たち……生きてろよ、頼むから。
◇◇◇
「あ、あれ?」
「どしたー、レイン?」
不安げな顔を浮かべる青い髪の少女に、2人ババ抜きをしていた赤い髪の少女は何の気なしに尋ねる。
青い少女は、いつも不安げだった。
「いえ。なんだか様子がおかしいような」
「ルートなら、とっくの前に外れてたじゃん?」
「そうじゃなくて……他の生徒方の姿も見えませんし、とにかくどこかおかしいんですよー!」
その少女の必死な呼びかけに、最後の駆け引きを楽しんでいた2人の少女も、その腰を上げた、
「確かに……他の生徒の姿は見えませんね」
「これって今気づいたの?」
「面目ないです……その、ホルダー様たちの様子を確認していたので、ルートが外れてたこともあって、他の方々にまで注意が及んでいませんでした」
一陣の風が吹く。
3人の少女の頬に、冷たい汗が伝った。
「とにかく一旦、近づこう。この距離じゃ、すぐに対応できない」
その言葉に頷くと、青と灰色の髪の少女は一枚のカードへと変化し、それを手に持って赤色の少女は走った。
◇◇◇
「……やっぱ、間違えてね?」
「やっと自分の非を認めたんだね」
「違う違う。道だよ」
全員が内心思っていたが気を使って言い出せなかったことを、堂々と口にしやがる東雲君。
「だから言ったじゃん。自分の非を認めたのって」
「だから違……この道行こうって言ったの俺か?」
思わず頭を叩く。
その行為を咎める人は、誰一人としていなかった。
「仕方ない、戻ろ」
「この距離をか? もっと早く言ってくれれば……悪かったって。反省してるからそう睨むなよ」
一人、憤慨しながら先を歩いていると、隣で東雲君が誰か向こうから歩いてくるぞ、と突如として言う。
確かに豆粒のような、人影が見えた。
「あれは……うちの担任だな。焦ってどうしたんだ?」
「へー、見えるんだ。腐ってもシーカーってことね」
「……今だけだからな?」
そんな東雲君の言葉を無視して、元気良く手を振る。
そして、息を切らして走ってきた担任の先生と相対するのだった。
「お、お前ら……無事だったんだな。良かった……」
「あ、すいません。道を間違えてたみたいで」
「いや、そんなことはもう良い。早く帰ろう、皆んな集まってる」
そんなに時間が経ってたのか。気づかなかった。
「いや。ちょっと待った、先生。あそこの木々の中から、誰かがこっちを見ている」
「……っ!! 本当かっ!!」
焦った様子で僕たちの前に立つ先生。その表情は真剣そのもので、何か僕たちの知らない事情があるんだと感じ取った。
そして、その視線の正体を僕は知っていた。
「た、多分ウサギとかじゃないかな?」
「馬鹿言うなよ、完全に人間だった。シーカーの俺が保証する」
「僕も一応、シーカーだよ」
「黙ってろ、ひよっこ」
くっ……仕方ない!
ここはぼかしながら、真実を伝えよう。
「実はその視線の正体、僕の知り合いなんだ」
「は?」
東雲君と、担任の先生までもが僕を疑いの目で見てくる。
「最初言ってたでしょ? 誰かの気配がするって」
「ああ、言ってたな。で、知り合いって?」
「僕には過保護の兄がいるんだよ。林間合宿には着いて来ないでって強く言ってたのに、着いてきちゃってたみたいでさ」
これは、流石に苦しいかな。
恵南さんのしようとしてたことを、流用させてもらったんだけど。
「……信じるわ。で、なんでこの視線がその兄ちゃんだって?」
「だってそれ以外考えられないでしょ? 僕たちを見てるなんて」
僕の必死な説得が通じたのか、警戒心を急激に霧散させる東雲君。その後の差で、風邪をひきそうになる。
「お前も、苦労してんだな」
「うん。それなりにね」
危ない危ない。なんとか凌ぎ切れた。
……未だ、担任の先生の僕を見る目は、猜疑心が混じってるけど。
◇◇◇
「まさか、あの子。私の存在に気づいてたの?」
完全に自分のことを言い当てたような言種に寒気が走るが、瞬時にその可能性を否定する。
自分の隠密は完璧だった。
(……でも、あの言いよう)
『最初言ってたでしょ? 誰かの気配がするって』
その言葉が頭の中をリフレインする。
もし、気づかれていたとしたら?
それはつまり、私をも凌駕する才能の持ち主ってことでーー、
(いいえ。無益ね)
頭を振り、自分の目的を思い出す。犯人の捜索、ただ一つ。
(でも、報告はしておいた方が良いかしら?)
そう考えて、手元の携帯を操作する。
その口元は、ゆるゆるに緩み切っていた。




