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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第9章 影照らす花たち
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捻じ曲がった正義

 真っ黒な空間に、まるで浮かぶように存在する白い線は、背もたれの高い椅子を表している。当然それは機能し、紅黄が腕を組んで座っていた。

 この空間はそんな物ばかりで、机も、扉も、壁も、全て白い線でできている。

 部屋の黒よりも黒い渦が無から生まれると、紅黄は気だるそうに立ち上がった。ややあって、渦から1人の男が姿を現わす。

「帰ってきたか、睡蓮スイレン。今度はどこを消してきたんだ?」

「名もない悲しい世界ですよ。それに紅黄、消したのではありません、救ったのです」

 そう言って睡蓮は、先ほどまで紅黄の座っていた椅子にドカっと座り込む。何やら少し機嫌が悪いらしい。きっと救った世界で何かあったのだろうと、紅黄は勝手に納得した。

 信飛子の話の伝達先はこの睡蓮だ。

「あぁそうだった、悪い悪い。でよ、話があるんだ。加蜜列のことだが…」

 紅黄は重要な部分以外を省き、早々に話を終える。

「つーわけだとよ。あんま信飛子を責めてやんなよ」

「いえ、彼は正しいことをしました。あの子にこれからの戦いは厳しすぎる、それを案じてのことでしょう。責めることなんてありません」

 睡蓮という男はいつもこうだ。仲間想いと言えば聞こえはいい、悪く言えば優男。そんな睡蓮を紅黄や仲間達は全員慕っている。

「へっ、分かってるけどよ、一応な。ところであのアホはどうしたんだ? ここにはいないみたいだけどよ」

 紅黄が悪びれる様子もなく、仲間の所在を訊ねた。当然、たった今戻ってきた睡蓮が知るはずもない。

秋明シュウメイですか。はて、どこに行ったのでしょう」

「自由だなぁあいつは、もうすぐだってのに」

「構いません。秋明の事です、何か考えがあるのですよ」

「つってもよぉ、いよいよって時によぉ、ちと意識が低いんじゃねえのか?」

 紅黄が肩をすくめて言い終えると同時に、背後からするりと腕が伸び、紅黄の肩に乗った。

「何の……話……」

 途切れ途切れの言葉と、いきなり肩に乗せられた体重に紅黄は驚き、素早くそれを払いのけ、背後を振り返った。

 仲間の全員が着ているローブで顔を隠しているが、喋り方と雰囲気で紅黄はすぐに、そいつが先ほど話していたアホだと理解すると、もともと荒っぽい口調がさらに乱れる。

「おいアホ秋明! てめぇいきなり後ろに現れんじゃねえ!」

「……紅黄……すまない…、……謝る……」

 秋明はすぐに頭を下げたが、すぐに「そうだ」と頭を上げたことが、紅黄の怒りを逆なですることになった。あのなぁ、と何か言いたげな紅黄を無視し、秋明は睡蓮に伝える。

「偵察……して来た……、封印……解ける……もうすぐ……」

「おや、偵察ですか」

「ああ……騒ぎに紛れ……こっそり……、加蜜列……感謝してる……」

 ゆったりとして、さらに小声である為、紅黄が苛立ちを募らせていると、睡蓮がそれをなだめつつ、

「なるほど、あの子にはいくら感謝しても足りませんね。無念です。加蜜列の為にも、我々は悲願を達成させなければなりません。その封印が解かれるという日は…」

「2週間と……2日後……、それが……運命の日……終わりの日……」

 ぼそぼそと聞き取りづらい情報を秋明が言い終えると、睡蓮は納得した表情になり秋明を労う。

「そうですか、わかりました。偵察ご苦労様です、今はゆっくり身体を休めてください」

 秋明は頷き、黒い渦を作り出してその中に消えていった。満足げな睡蓮に比べ、紅黄は不満そうに睡蓮に尋ねる。

「おい睡蓮、その情報って正しいのかよ」

 その質問も無理はない。気の短い彼が馬の合わない秋明を気に入らなく感じているのもあるが、相当昔にされた封印の解ける日が、はっきり分かるものなのかと甚だ疑問でいた。睡蓮は表情を変えずに答える。

「もちろんです。2週間と2日、ぴったりでした。あの封印の半分は私がしたようなもの、私が1番わかっています。ちょうど2週前に覗きに行こうとしていましたが、手間が省けました。秋明は仕事が早くて助かります」ここまで言って、睡蓮は被っていたフードを鬱陶しがって脱ぎ、「まあ、やろうと思えば今すぐにでも解くことができますが、あの時から万全を期すのが好きなので」

 睡蓮の言葉のひとつひとつが紅黄は引っかかる。紅黄の知る中で、1番の実力者は紛れもなく睡蓮で、かなりの実力を持つ紅黄も、彼だけには敵わないと思っていた。そんな睡蓮が、過去に経験した事を、紅黄は納得できない。

「17年前の事か…、未だに信じられた話じゃねぇ、睡蓮がただの人間に負かされたなんてよぉ…」

 睡蓮は昔、自らの計画のためにある世界を訪れ、その世界の人間に返り討ちにあったという。紅黄はその出来事の後に仲間になった為、当時のことは詳しく知らなかった。

 タダでは転ばなかった、と本人のいう通り、置き土産はしっかりとして来たらしいが。

「いいえ、私はまだ未熟でした。自らの力を驕っていた、ただの馬鹿者です。ですが、今は違います。今の私にはあの時と変わることのない理想があり、尊い仲間があり、全てを変えるチカラがある。2度と失敗はありません……何より––––」

 睡蓮はいつもそれを言う。紅黄は何を言うか予想できていた。

「あの世界の魔女はもうこの世にいません」

 睡蓮が世界から脱出する直前、魔女は瀕死寸前だった。どんな治癒魔法もチカラも、魔女の体力を回復させることはできない状況だったとか。

 それから十数年ほど、何度もその世界に忍び込み、魔女の存在の有無を確認しようとしたが、なにやら固いガードで世界への侵入が拒まれ、つい最近、ようやく魔女が本当にいないことを確認できたという。

 だが、紅黄の悩みのタネはまだ尽きない。

「だけどよぉ、聞いた話だとその魔女には娘がいるらしいじゃねぇか。そいつもとんでもねぇチカラを持ってるんじゃねぇのか?」

「いつもの紅黄らしくありませんね、それほど心配ですか」

 睡蓮は肩をすくめ、軽く笑う。荒っぽい性格の紅黄が、必要以上に心配しているのが可笑しいのだ。

 ああその通りだ、と答えるように紅黄は言う。

「いや、考えるより手が先に出るオレだがよぉ、今回ばかりはどうも落ち着かねぇ。自信はあるが、確信が持てねぇんだ。全てを手に入れて世界を変える確信がよ…」

「そんな事ですか。それなら心配しなくても構いません。何しろその娘は––––––」

 

 睡蓮が魔女の娘の情報を言い終えると、紅黄は一旦キョトンとしたが、次第に笑いが顔に現れた。

「……そうだったのか、なんだよ心配して損したじゃねぇか! ハハッ、そりゃあ笑いもんだなぁ!」

 笑っては悪いですよ、という言葉はもちろんなく、睡蓮は静かに頷き、

「ええ、魔女なき今、我々に敵はないのです。ですが油断は失敗を生みます。じっくりと、計画通りに、我々の理想を築くのです」

「しかし不憫だなぁ、そいつ、もう死んでてもおかしくねぇぜ」

 そうかもしれない、と言いたげな表情かおをして、睡蓮はくるりと紅黄に背中を向ける。

「3日前に動きます。それまでゆっくり休むように、と皆に伝えておいてください」

 と言うと、睡蓮は黒い渦を作り出し、また悲しい世界へと向かった。静寂に包まれた真っ暗な空間で、紅黄の笑い声が響いた。

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