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第十八話

 *** 間章 少女 ***


 目を開けると、昨日までと何も変わらない、間違い探しが容易にできそうな景色が広がっていました。一言で表せば病室で、もう少し付け足すなら仕切りのない三人部屋で、でも残りのベッドは二つとも空いています。まだ起床時刻ではないので廊下の薄い灯りだけが部屋の上の方のガラスの向こうに透かし見えています。


 学校の消耗著しい蛍光灯を更に劣化させたような安っぽい灯りを、私は見るともなしに見上げていました。その灯りの中に、マッチ売りの少女が人生の最期に見た幻のように、お兄さんの顔が浮かんでいました。


『お兄さん、本当にそんな位置にそんな角度で佇んでいたなら、ただの心霊現象ですよ』


 そう話しかけたいと思いましたが、話しかけた途端、この幻は遠くへ離れていってしまうだろうことは容易に予測できたので、口に出すことは想像の範囲に留めておきました。


 お兄さん。夢の中で会ったお兄さん。現実には存在しないお兄さん。

 そのあなたに会いたいと焦がれるように望む私は、目を背けたくなるくらい痛い人間ですか?


 事故と言い表すこともできないけれど自殺と言い切ることもためらわれるあの車との接触の後、私は意識不明の重体になり、生死の境に静止していました。その間、色々な夢を見ていたように思います。数々の夢の中には、それを現実と信じて疑わないほど精巧なものもありました。自分の本当の過去に思えて仕方がないくらいです。


 夢の中には一人の変なお兄さんがいて、そして一人の変な私がいました。今はどうしようもなく一人ぼっちな私ですが、あの夢の中では、一人と一人が組み合わさって二人いたんです。

 そしてそこにもう一人加わって、ほんの一瞬だけ三人でした。


 夢は私にとってとても都合のいい展開を繰り広げてくれていました。なんとお父さんが生きていた(笑)んです。首を吊って私の目の前であれだけしっかり死んでおきながらそれを『ムチウチでした』で済ますとか、我ながらどれだけご都合主義設定なんでしょうか。目を覚ました後の現実では容赦なく死んでいましたよ、ええもちろん。復活とかないですない。


 お父さんは死んでいて。生きているおばあちゃんは施設にいて。お母さんは行方不明のままで。そして私は一人病室にいます。


 帰りたい。家に帰りたい。家族のいる家に帰りたい。

 一人は嫌です。

 一人は嫌です。


 *** 間章 少女 終 ***

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