ある町 part2
糸川はそれっきり一言も話さなくなった。
一也が声をかけたら言葉を返してくれるかもしれないが、彼もなんとなく空気を読んで話しかけることはなかった。
心が落ち込むにつれ、いつのまにか歩くペースが遅くなっていることに二人は気づいていない。
進むにつれて、ズタズタに切り裂かれた無惨な死体がその量を増していく。
血と肉の生臭い匂いも進むにつれて段々とひどくなっていった。
数十分も歩くと息をすることも辛いほどの異臭が辺り一帯に立ち込めた。
鼻をつまんで歩いても死体から発される、もわもわとした熱のようなものが体を包んで進んで行くことさえ辛くなった。
しかし一也は諦めずに歩いた。
戦っている女の子が妹かどうなのかを確かめるまでは__気を抜くことはできない。
もちろん妹が戦っているというのであればなおさら気を引き締めるはめになりそうだ。
三人組の青年と戦うことを一也は作戦のひとつにしていた。
逃げることも作戦の内だが、体力や歩幅など、どう考えても三人組の青年のほうが有利である。
戦うか逃げるかなら__まだ戦うのほうがいいと一也は考えたのだった。
「なあ......そこの、おい」
歩いていると背後から声をかけられた。
けれど振り返ってみるものの、そこには生きている人間は誰もいないし、死体が山のように転がっているだけだ。
どこからだ? と首を傾げていると急に下ジャージの裾を引っ張られた。
「なんで、こんなとこにいんだよ。危険そうな場所には近づくなよ」
見ると一也と同じくらいの年齢の少年が血塗れで足元に寝転がっていた。
「大丈夫......なわけないよな」
「ああ。もう毒にやられてっからあと数分すりゃ死んでるだろうよ」
助けてやりたいと思うのだが、あいにくもう手遅れなのは誰から見てもわかりきっていることだろう。
本人も自分が死んでしまうことを認めているのか、声に悲しむような震えはない。
「レベルも低いしなにしてんだ。さっさと、この町から出やがれ。死んじまうぞ」
「いや、俺は出るわけにはいかないんだ」
すると少年は小さく笑った。
「なんだ、忘れ物か? 命をよりも大切なものなのか」
バカにしたような口調で彼はいう。
「命よりも大切__なのかどうかわからないけど、とりあえず俺の命と同等かそれ以上のものだ」
それを聞いて少年は少し驚いたような顔をした。
「冗談のつもりだったんだけどな。なんだマジで大切なもんでも置いてきたのか」
「まあそんなとこだよ」
へえと彼は声をあげた。
「じゃあまあ、俺の腰についてるやつ、やるよ」
少年の腰についているのは、振り回しやすそうな、細身のレイピアだった。
「お前武器持ってないみたいだし、一応持っていけよ」
「ああ。ありがとう」
攻撃力が高すぎる一也にとってはまったく必要ではないものだったが、少年の腰からレイピアを抜き取った。
「じゃあな」
「おう。負けんなよ」
このオンラインゲームで同世代の男と出会ったのは初めてだった。
そいつが死んでしまうとなると少し寂しい。後ろ髪を引かれるような気分で足を進めた。
少し進むと、目の前の突き当たりを颯爽と横切っていく、四つの影が見えた。
いまこの町で生きている人間は、一也と糸川を除けば妹かもしれない女の子と三人組の青年だけだ。
いつになく走るスピードが早くなる。四つの影を追いかけるように突き当たりを左に折れて疾走する。
さすが高レベルといったところで、もう影は走り去っていて見えないというほどではないが、かなり遠くにいた。
追いつけるかどうか心配だったのだが、次の角を曲がったときに、小さな広場で四人が戦闘をくりひろげていた。
かなり一方的に三人組の青年達が女の子に攻撃をしていた。女の子のほうは攻撃なんてできるはずもなく、降り下ろされた剣をただひたすら捌くのみだった。
そして肝心の、あの女の子が一也の妹なのかどうか。
それは目を凝らすまでもなく、遠目からみてもしっかりとわかった。
戦っている女の子は絶対に、一也の妹、三条二葉だった。