Lv 28 聖夜の小屋 part3
「なんで早く寝てくれないんですかねえ」
背後からお年寄りの声がすると、視界を埋め尽くすように『BOSS BATLE』の文字が現れた。
左端にはヴィシャス・ニコラウスとあり、HPバーの下には30000とあった。Lvは28。
右端には気絶している糸川のHPバーと一也のHPバー。糸川のほうには数えるのも面倒なくらいのHPの数値。一也の方は数えるまでもないほど少量な数値があった。
負けるわけにはいかないけれど、かといって戦って勝てるわけではない。
たとえ一回攻撃に耐えたとしても、次にHPが一ならばスキルは発動しないのだ。
一撃で仕留めることができるような相手には見えない。レベルの差が結構大きいのだ。
せめて糸川が起きてくれていれば戦いになったのかもしれないが......
「くっそおおおおおおおおおおおおお!!」
逃げることしかできない自分に無性に腹がたった。
だがそんな自分を変えようとしたところでゲームオーバーが待っているだけである。
「お待ちくださいな」
さっきとはまったく違うお年寄りの図太い声が背後からまるで襲いかかるように飛んできた。
驚いたのか一也の足が動くスピードを上げた。振り返ると自分の二倍ほどの人間が床を叩きわりそうな勢いで近づいてきているからよけいに逃げ足が早くなる。
やべぇやべぇと突き当たりを右に折れる。ドアに入って鍵かけたらどうなるんだろうかという考えが頭をよぎったが、ドアごと鍵を蹴り飛ばして逃げ道のない部屋の中で追い詰められるだけのような気がしてすっぱりあきらめた。
こいつは自分の家だろうとなんだろうと、必要であればお構い無しに壊していくだろう。
たとえ細い廊下へ逃げ込んだとしても、その廊下を叩きわってでも襲いかかってくるのは間違いない。
ヴィシャス・ニコラウスは右肩から下げていた白の袋からかわいらしい猫の人形を取り出した。
そしてニヤリと笑うと、
「プレゼントですよ」
疾走する一也の背中めがけて勢いよく投げつけた。
猫の人形は一也とぶつかった瞬間に機械的な音をたててチェーンらしきもので腰の辺りに巻き付いた。
しかし、それ以上なにも起こらない。
強いていえば腰の辺りが少し重くなったことで走るスピードが若干遅くなったということだけだ。
もちろん若干なので大した問題ではない。これだけじゃあ一也を捕まえることなんてできないし、なによりさっきとほとんど現状は変わっていない。
それでもヴィシャス・ニコラウスはニヤニヤと悪意のある笑みを崩さずに一也を追っていた。
何をされたんだ__と走りながら考える。
まったくもって走りにくいわけではない。腰の辺りが少々重いなど、このレベルの重さならば無視しようとすればなんとでもなる。
チェーンに細工があるわけでもなさそうだ。
急に魔法が発動して身動きがとれなくなる__なんていうこともない。
人形の方に細工があるのだろうか__
「__っ!」
目を凝らして猫の人形を見れば額の辺りにはパネルが埋め込まれていて、そこには赤色で数字がかかれてあった。
一秒、二秒と時間を刻んでいくそれは、いうまでもなく時限爆弾だった。
そこに表示された文字は30。
__あと30秒後には猫の人形が爆発してしまう、ということだった。
こんなの逃げるもクソもない。
放っておいたらこの猫の人形は勝手に爆発するのだ。
たとえヴィシャス・ニコラウスを降りきったとしても__爆発は免れない。
というかヴィシャス・ニコラウスを降りきること事態がまず不可能に近い。
30秒以内になんとかこの人形を外して逃げることができれば__だ。
糸川が気絶していなければなんとか逃げながらでもチェーンは外せそうだ。
けれど気絶している彼女を逃げながら起こすというのはそれ以上に大変だろう。
それにまさか糸川を放り出すなんていう選択肢があるわけでもない。
スキルに頼ることも考えたがあいにくそれはHPを1に保つだけのものだ。
爆発で体が粉々に吹き飛んでしまえばどうすることもできない。
あと30秒で何ができるんだ。
そう思っているうちに黙々と時間が過ぎていく。
ああ、こんなところで死んでしまうのかと気が重くなった。
諦め混じりの意味のない笑みが口元からこぼれ落ちた。
もうなんとでもなれと近くにあったドアを腹いせに蹴り飛ばした。
そのドアは壊れかけていたのか予想以上に簡単に開いて、中の様子がある程度余裕をもって伺えた。
「あ__」
気づいたときにはヴィシャス・ニコラウスのことなど忘れて部屋の中に走り込んでいた。
なぜならそこには__強風に煽られたカーテンのかかる、開いた窓があったからだ。
近づいて手早く窓枠に手をかける。
糸川を抱きかかえたままでなんの躊躇もなしに窓枠を蹴って空中へ飛び出した。
それほど高い場所にあった部屋というわけではないらしく地面はそう遠くない。
けれど着地時にうける衝撃は並々のものではなくいてえいてえと地面を転げ回りそうになる。
なんとか痛みをこらえて気絶している糸川を優しく下ろす。
のんびりしている暇はない。次いで腰に巻きつけられたチェーンを外そうとする。
そうして数秒かかってチェーンを解くことに成功した。外すついでに猫の人形の額に目を移すと、そこには赤い文字で5とかかれていた。
「__おおおお!」
突如耳をつんざくようなうめき声が上空から聞こえた。
あわてて上へ目をやるとヴィシャス・ニコラウスが窓枠どころか部屋の壁を粉々にぶち壊して飛び降りてきていた。
反射的に一也の腕が動いた。
猫の人形を持っていた右腕を思いっきり振りかぶって__出来る限りのスピードで投げつけた。
直後、ヴィシャス・ニコラウスの悲鳴がほとんど掻き消されるほどの爆音と暑苦しい熱風が辺りを埋め尽くした。
爆発とそう遠くない位置にいた一也と糸川も爆風で大胆に吹き飛ばされた。
五六メートル転がって首を強く打った。痛い。けれど死んでしまうということよりは格段にマシなのでなんとかこらえて糸川の方を見る。
糸川も小さなうめき声をあげながら目を覚ましていた。
「おはよう」
「え、あ、おはよう」
糸川は一瞬辺りを伺うようにしてから、すまなさそうにえへへと笑う。
「なんかあったの? もしかして終わっちゃった?」
「うんまあ__ちょっと前に終わった」
もう少し早く起きてくれていれば楽だったのにな__と思った。
「やっぱりあのおじいさんがボスだったりしたの?」
「ああ。怖かったな。メイドたちがお年寄りと合体してデカイサンタクロースになったし」
「どういうことなのそれ」
「よく分からんけど、まあそんなことがあったんだよ」
立ち上がろうとして、急に割れるような強い痛みが一也の足を襲った。
「いてえ」
「__なんか、えっと、寝ててごめんね」
「べつにいいけど。で、お前はどういう夢を見てたんだ? うなされてたぞ」
すると、悩むような表情を見せる糸川。
「よく覚えてないけど......怖い夢を見てた。それ以上はなにも思い出せないよ」
「へえ。俺とは違うとこで頑張ってたわけだ。お疲れ様」
なんとか立ち上がって、遠く広がる氷の大地を見渡す。
そろそろ次の町に行きたい、と思った。




