無の感情
というのが、この死神の男との出会い。
ちなみに私を変えたのはこの男ではない。
まぁ、布石にはなったと思うけど。
学校という施設は意外と人間を観察するには丁度よかった。
死を予感することは全くないが、行動、言動。一々新鮮で面白味がある。
私ともう一人の死神の男は、転校生として、高校2年生で編入したという設定にした。
高校はその辺の公立高校。有名でも無ければ無名でもない。普通の高等学校だ。
この編入で、もう一人の死神と討論になったのは、学校においての自分たちの名前だ。
死神というのは勿論と言っていいのか、名前は無い。
だから、今回は自分たちの名前を決めないといけなかった。
が、これがなかなか決まらない。
「喜怒悲冷ってのはどうだい?」
「それって私の名前?」
「勿論さ!だって君から伝わってくる冷酷な眼差しは凄いもんだよ」
「じゃあ貴方は、間抜太郎ね」
「もうちょっと捻ってくれよー」
とまぁこんな調子で、全く決まる気配が無い。
結局、候補に挙がった名前はどれも酷いものだった。
「自分で決めましょう」
この一言で片づいてしまった。
学校での成績は上の下くらい。
実際に学問は長年の経験から知り得ているが。特に日本史は。
このもう一人の死神とは血の繋がらない姉弟という設定。字の通り私が姉だ。
この姉弟という設定は、一緒にいても怪しまれないためである。
情報などの交換もしておきたいのに、変な噂が立ってしまっては困る。
あくまでもこの生徒になる目的としては、死仰者をみつけるため。
まぁ、若いしそんなことは滅多にないだろうけども。
恐らく正味なところは、暇つぶし。
死神がやることとしてはよくあること。
でも、学校というのは、今の時代と昔の時代はまったく変わっていた。
まず、校舎。
まだ創立15周年ということもあって、綺麗だとは聞いていたが…。
「あまりにも綺麗じゃない?」
私達は転校生として、学校の廊下を歩いていた。
そこは、どこを見回しても汚れ一つ無い。
私ともう一人の死神は、担任の教師であろう若い女の人に着いていっており。
学校の校風、制度。色々な説明をこの女教師に受けてから、クラスルームへと向かっていた。
「そうかい?前の学校でもこんな感じだったよ」
この男は以前にも違う学校に通っていたらしく、慣れがあった。
一方の私は、表には出さなかったものの、心は半ば緊張していた。
「結局、名前は何てしたの?」
小声でそう投げ掛ける。
「それは自己紹介の時に教えるよ」
「まぁ私も今教えようとは思わないけど」
対したことではないのだが、どうしてもこの人に言いたく無かった。
勿体ないというか何というか。
先に女教師がクラスルームへと入った。
待たされる私達。
廊下の窓には、私達の映る顔があった。
どこぞの男の顔は自身に満ちあふれている顔。そして私はいつも通り、無。
その自分の顔を見つめ、ふと、これからの学校生活について考えてみた。
元気、活発というのは私に似合わない。
だからと言って、冷酷、陰気であっては…。
その考えの結論が出てくる代わりに、先程の女教師が出てきてしまった。
「カイ君、メイさん。こっちよ」
この教師には説明を受けた際に、個別で名前は教えてあったが…。
元気良く声を掛けてくれたのは良かったのだけど。
まさかこんな形でお互い名前が分かってしまうとは。
私は『芽惟』という名前にした。由来は『冥界』の『冥』の読みを取ってきた。死神だけに。
恐らく彼の名前も…冥界の『界』なのか。死神だけに…。
そういう考えを向こうもしていたのか、歩を進めながらも私と目があった。
「気が合いますね」
「…黙れ」
彼。所謂、カイが先に入り続き私。
クラスの中は、結構なざわめきであった。
『格好いい』だの『イケメンじゃん』だの。そんな声ばかり目立つ。
…って、私に対する声は無いの?
教壇上にある教卓の後ろに立ち、生徒の視線を受け止めた。
「はいみんな静かにー!」
手を叩き、女教師が生徒を大人しくさせる。
特別、オーラがあったりするわけでもないこの若い女の教師に素直に従う所を見ると、特にこのクラスは荒れていないことが感じ取れた。
「…よし!じゃあお二人。自己紹介を」
「じゃあ僕から」
そう言い、カイは黒板に自分の名前を書き始めた。
「出雲戒です。不束な所があると思いますが、宜しくお願いします」
出雲というのは、名字を合わす為に二人で考えた。
理由は『日本』、『神』といったら、出雲大社が二人とも思いつき、そこから『出雲』を取った。
軽く頭を下げると拍手が起き、女子からの黄色い声も上がった。
男子には優しいのか?このクラス。
「じゃあ次」
「あ、はい」
私も続いて黒板に字を書こうとする。
が、ふと横に書いてあった『出雲戒』という字に引っ掛かる。
その字は、思った以上に高い位置から書かれていた。
それもその筈。戒とは身長の差が結構あったりするからだ。
「………」
「どうしたの?」
「あぁ、いえ、何も」
書くのを躊躇うものだから教師も気に掛けてきた。
私は設定上、姉。いや、ここは姉という設定よりも、私本来のプライドが心を掻き立てた。
「…んっしょ…!」
無理にでも戒よりも高い位置に書きたかった。自分の名前を。
背伸びをし、最大限に腕を伸ばした。
だが案の定、力が入らないため出雲という名字がまるでミミズの様になってしまった。
背後でくすくすと笑い声が聞こえるが、気にしては駄目だ。
「姉の、出雲芽惟です。宜しくお願いします」
軽く会釈をすると、今度は男子共の拍手が異常に大きかった。
私としたことが、その時ばかりは頬が赤くなってしまった。
それを見て何が嬉しいのか、戒は手を口にあて、笑っていた。
「それじゃあ、戒君はあそこで、芽惟さんがそこね」
戒は廊下側の一番後ろ。私は窓側の一番後ろになった。
日当たりも良く、丁度良いんじゃないかと思う。
「芽惟ちゃんよろしくね」
「出雲さんって面白いね」
席に着くなり、前からその前からと、色々声を掛けられた。
女子男子関係なく、私に話しかけてきた。
このクラス。あまり男女の差や壁などはなさそうで平和だ。
「よろしく」
そう最後に声を掛けてきたのは、横にいた一人の男。
ニッコリしながらこちらを向いてきた。
ふんわりとした顔立ちで、優しい顔持ち。服装も乱れていない所、性格も正しいのだろう。
「こちらこそ」
と返せば、その男は前を見つめ直した。
その時だった。
その時の彼の目は、驚くほど感情が無かった。
光が無く、厳しくなければ優しくもない。何を見つめているのか想像が出来ない。
深い闇だった。いつまでも底がない。
透き通った目。それでもって狂気な気がする目。
恐ろしかった。勿論、こんな目をしている人間は初めて視る。
「黒田くん次なんだっけ?」
「世界史だよ」
次の時間割りを聞いてきた女子生徒に笑顔で教える、その黒田という男。
またその笑顔が消えると、無の感情が感じ取れた。
そう。その黒田という男こそ。
私を変えることとなった人物。
人間と思えない人間だった。