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第23話 だいぶマシ室、正式登録される

 水が飲めるようになると、次に困るものが見えた。


 物の置き場だ。


 レンは管理室の床にしゃがみ込み、工具箱の中を見た。レンチ、端子、切れたケーブル、焦げた基板、細い金属棒、布の切れ端、空になった小型容器。必要なものはある。たぶんある。だが、どれがどこにあるのか分からない。


「ノア。細い端子、どこ置いた」

『分類を指定してください』

「分類?」

『電力端子、通信端子、仮固定端子、焼損端子、形状不一致端子、用途不明端子があります』

「最後のやつ」

『用途不明端子は、管理室床面、工具箱下、寝室入口付近、旧標識柱破片の横に散在しています』

「散らばってるって言え」

『散らばっています』


 レンは工具箱を持ち上げた。その下から、端子が三つ、ねじが二つ、何かの小さな黒い欠片が出てきた。黒い欠片は、見覚えがあるようでない。拾い上げて光にかざすと、焼けた基板の角だった。


「これ、いるやつか?」

『不要です』

「なんで工具箱の下にある」

『あなたが置いたためです』

「覚えてない」

『でしょうね』

「今の、ちょっと棘があったぞ」

『表現を調整しました』


 レンは床の上に座り直した。


 管理室は、もうただの避難場所ではない。空気がある。水も飲める。寝室もできた。だが、床には部品が散らばり、壁際には持ち帰った標識柱の破片が置きっぱなしで、寝室の入口には断熱シートの切れ端が丸まっている。歩くたびに何かを踏みそうになる。


 この状態で補助電源もガタも通信中継部も直すのは、無理がある。


 無理というか、先に自分が転ぶ。


[WORK AREA STATUS]

――――――――――

作業台:未設定

保管棚:未設定

工具分類:不完全

部品分類:不完全

危険物:未隔離

床面障害物:多数

推奨:作業区画/保管区画の設定

――――――――――


「床面障害物、多数」

『はい』

「多数ってどれくらい」

『あなたが三歩以内に踏む確率、六十二パーセント』

「高いな」

『現在、右足の前方十五センチに金属片があります』


 レンは足元を見た。


 本当にあった。


「……危な」

『工具探索に七分二十秒を消費しています』

「言わなくていい」

『作業効率の低下が確認されています』

「言わなくていいって」

『重要です』


 レンは反論しかけて、やめた。


 重要ではある。水処理ユニットの時も、手袋の場所が分からなかった。予備ボルトもなかった。いや、ないと思っていたが、どこかに紛れている可能性もある。今の管理室では、あるものとないものの区別がつかない。


 それはまずい。


「片づけるか」

『推奨します』

「作業止まるけどな」

『整理も作業です』

「正論を出すな」

『正論です』


 レンは立ち上がり、管理室の隣にあるもう一つの小区画を見た。


 寝室とは反対側。扉は半分だけ開いている。中は狭いが、壁に古い固定レールが残っていた。棚板を差せば、保管場所にできそうだった。床には砂がたまり、奥のパネルは少し浮いているが、空気は問題ない。


「ここ、倉庫にできるか」

『可能です。環境確認を実行します』


[ROOM STATUS]

――――――――――

区画:管理室隣接小区画B

気圧:安定

温度:低

湿度:低

壁面固定レール:一部使用可

床面汚染:軽度

用途候補:保管/低負荷作業/廃材隔離

――――――――――


「保管でいいな」

『保管区画として登録可能です』

「登録名は」

『部品保管室』

「普通だ」

『問題がありますか』

「いや、普通で助かる」

『では、部品保管室として登録します』


[ROOM REGISTRATION]

――――――――――

名称:部品保管室

用途:保管

優先度:中

――――――――――


「やればできるじゃん」

『用途と名称が一致しています』

「寝室もそうだったろ」

『寝室は情報量が不足しています』

「まだ言うか」


 レンは古い固定レールを確認した。


 棚板になりそうなものは、寝室を作った時に余った保守用ケースの蓋と、標識柱の外装パネルくらいだ。強度は怪しいが、軽い部品なら置ける。重い工具は床に箱を作って入れるしかない。


 まず砂を払う。次に浮いたパネルを外す。奥から古いケーブル束が出てきた。被覆はひび割れているが、結束バンド代わりには使える。レンはそれを短く切り、棚板の固定に使った。


 ぎし、と棚が鳴る。


「落ちるなよ」

『棚板への命令効果はありません』

「最近それ多いな」

『あなたが命令形を多用しています』

「癖になってるな」

『修正しますか』

「いや、たぶん無理」


 棚は三段できた。


 一段目は使える基板。二段目はケーブルと端子。三段目は用途不明だが捨てるには惜しいもの。床の左側に工具箱。右側に廃材箱。危険物は、寝室から外した焼損ランプのケースに入れて、赤い線を引いておく。


 赤い線は、古い絶縁材の色を削って使った。見た目は雑だが、分かればいい。


『分類案を提示します』


[STORAGE CLASSIFICATION]

――――――――――

A:使用可能部品

B:補修候補部品

C:用途不明/保留

D:廃棄予定

E:危険物/要隔離

――――――――――


「ABCは分かる。Eが危険物か」

『Dは廃棄予定です』

「DよりEが危ないの、ちょっと変だな」

『記号に危険度の意味はありません』

「でも気になる」

『では、危険物をZにします』

「急に最後に飛ばすな」

『隔離感が出ます』

「出すな」


 結局、危険物は赤札付きのEになった。


 赤札と言っても、薄いパネルの欠片に赤い絶縁材を巻いただけだ。だが、遠くから見ても分かる。レンは焼けた端子と膨らんだ小型セルをそこに入れた。


「これは触るな、だな」

『あなた以外に触る個体は存在しません』

「俺への注意だよ」

『有効です』

「そこは否定しないのか」

『あなたは危険物を一時的に安全物と同じ場所へ置く傾向があります』

「……否定しづらい」


 管理室に戻ると、床が少し見えるようになっていた。


 それだけで、部屋の印象が変わる。足の置き場を考えなくていい。工具箱を探してまたぐ必要もない。端末前にしゃがんでも、膝の下に何かが刺さらない。


 レンは管理室の中央に残っていた古い外装パネルを二枚拾い、壁際へ立てかけた。


「作業台もいるな」

『推奨します』

「今あるもので作る」

『使用候補を表示します』


[MATERIAL CANDIDATES]

――――――――――

保守ケース蓋:二枚

旧標識柱外装:一枚

破損ラック脚:四本

配管支持具:二個

固定ボルト:不足

――――――――――


「ボルト足りないの、ずっとだな」

『はい』

「どこかに落ちてない?」

『床面探索では三本検出済みです』

「あるじゃん」

『あなたが工具箱の下、寝室入口、管理端末裏に落としたものです』

「回収する」


 レンは端末裏に手を突っ込み、ボルトを拾った。ほこりと黒い粉が指につく。寝室入口のものは、断熱シートの下に隠れていた。工具箱の下の一本は、さっき見つけたものだ。


 三本。


 足りない。


「一本足りない」

『配管支持具を仮固定に流用可能です』

「強度は」

『低いです』

「だめじゃん」

『作業台の右奥に重量物を置かない条件で使用可能です』

「右奥に“重いもの禁止”って書いとくか」

『表示札を作成しますか』

「いや、口で覚える」

『あなたは口頭注意を忘れる傾向があります』

「書く」


 レンは小さなパネル片に「右奥に重いもの置くな」と書いた。


 字はかすれた。古いマーカーのインクが切れかけている。二度なぞって、ようやく読めるようになった。


 ノアが沈黙している。


「何」

『表記が雑です』

「読めればいい」

『機能上は問題ありません』

「じゃあ採点するな」

『採点はしていません。観測です』


 作業台は、思ったより時間がかかった。


 ラック脚を四本立て、保守ケースの蓋を上に渡し、標識柱の外装を天板にする。固定ボルトは三本だけなので、右奥だけ配管支持具で押さえる。がたつく。足元に薄い金属片を噛ませる。まだがたつく。もう一枚入れる。


 揺れが少し減った。


 レンは手のひらで天板を押した。


 ぎ、と鳴る。


 もう一度押す。


 今度は、耐えた。


「まあ、使える」

『低荷重作業台として登録可能です』

「登録名は普通に作業台で」

『作業台』

「そう」

『情報量が不足しています』

「またか」

『低荷重仮設作業台』

「まあ、それならいい」


[WORK AREA REGISTRATION]

――――――――――

名称:低荷重仮設作業台

用途:小型部品修理/端子加工/基板確認

制限:右奥重量物禁止

状態:仮運用

――――――――――


「名前が長い」

『情報量を保持しました』

「寝室にもその情熱を向けてたな」

『はい』

「誇るな」


 レンは作業台の上に、小型ランプを置いた。


 寝室と同じく、管理室から外したランプだ。こちらは点灯が不安定だったが、端子を磨いてつなぎ直すと弱く光った。天板の上に、白い楕円が落ちる。


 レンは基板を一枚、その光の中に置いた。


 見やすい。


 床で見るより、ずっといい。


 腰も痛くない。膝もつかなくていい。部品を置く場所がある。端子を並べられる。ねじを転がしてなくす可能性も、たぶん少し減る。


「だいぶマシになったな」


 言ってから、レンは固まった。


 壁面端末が小さく鳴る。


[AREA NAME UPDATE]

――――――――――

候補名:だいぶマシ室

対象:管理室作業区画

用途:作業/分類/修理

登録しますか。

――――――――――


「採用するな」

『あなたの発話を優先しました』

「優先しなくていい」

『作業環境に対する肯定評価と判断しました』

「肯定はしたけど、名前じゃない」

『では、作業区画名は低荷重仮設作業台周辺区画とします』

「長い」

『だいぶマシ室』

「戻るな」

『選択肢は二つです』

「少ないな」


 レンはしばらく端末を見た。


 低荷重仮設作業台周辺区画。


 だいぶマシ室。


 どちらも嫌だ。だが、後者の方が短い。腹立たしいことに、分かりやすい。


「……仮だぞ」

『仮登録します』


[AREA REGISTRATION]

――――――――――

名称:だいぶマシ室

用途:作業/分類/修理

状態:仮運用

備考:名称再検討予定

――――――――――


「備考を太字にしとけ」

『太字表示に対応していません』

「じゃあ赤く」

『赤表示は警告用です』

「くそ」

『名称再検討予定は保持されています』

「絶対忘れるやつだ」

『ログは保持します』


 レンは作業台に肘をついた。


 腹は立つ。


 でも、少し笑えた。


 だいぶマシ室。


 ひどい名前だ。だが、今のこの区画には合っている気もする。床は見えた。棚もできた。部品は分類された。作業台もある。低荷重で、右奥に物を置けないが、それでも作業台だ。


 ここで直せる。


 ここで次を作れる。


 ここから、もう少し遠くへ行ける。


 レンは部品保管室から、使える基板を一枚持ってきた。次に端子、ケーブル、仮固定具。作業台の上に並べる。散らかっていた時は、全部同じがらくたに見えた。今は、使えるものと使えないものが分かる。


 それだけで、頭の中まで少し整理された気がした。


『作業効率の改善を確認しました』


「どれくらい」

『工具探索時間、推定七分二十秒から一分四十秒へ短縮』

「まだ一分四十秒かかるのか」

『改善途中です』

「だいぶマシだな」

『名称との整合性を確認しました』

「そこ拾うな」


 レンは作業台の上を軽く叩いた。


 硬い音がした。


 少しだけ、いい音だった。


 その時、車庫の方で、かすかな電子音が鳴った。


 短い。


 ピ、と一回。


 レンは顔を上げた。


「今の、ガタか?」

『小型作業ローバー《ガタ》より微弱信号を検出しました』


 壁面端末が切り替わる。


[ROVER ASSIST UNIT]

――――――――――

機体識別名:ガタ

車両補助ユニット:休眠

接続:一部復帰

自己診断:未完了

音声通知:破損

走行補助:制限あり

――――――――――


「車両補助ユニット」

『小型作業ローバーの下位制御補助です。走行、荷重、地形判定、簡易自己診断に対応します』

「起こせるのか」

『現状では部分起動のみ可能です。ただし、右前輪系統と音声通知に損傷があります』

「音声通知、いるか?」

『状態把握には有効です』

「うるさいやつじゃないよな」

『過去ログ上、短文通知形式です』

「短文ならいいか」

『内容が快適とは限りません』

「どういう意味だよ」

『起動後に確認してください』


 レンはガタのいる車庫を見た。


 右前輪が少し曲がり、荷台にはまだ砂が残っている。観測塔から戻ってきた時、あれはかなり無理をしていた。今は動くが、このまま外へ出すのは危ない。


 でも、車両補助ユニットが起きれば、外へ行ける範囲が広がる。


 通信中継部を探すには、ガタがいる。


 MIOへ近づくにも、ガタがいる。


 レンは作業台の上を見た。工具はある。端子もある。部品も分類した。作業台のランプも点いている。さっきまでなら、ガタを開ける前に工具を探して終わっていた。


 今は違う。


「ノア。ガタの整備手順を出してくれ」

『表示します』

「あと、だいぶマシ室の名前はそのうち変える」

『ログに記録しました』

「忘れるなよ」

『あなたが忘れた場合、こちらで保持します』

「助かるけど腹立つな」

『評価が割れています』

「俺の中でな」


 レンは工具を取った。


 作業台の光が、手元の金属を照らす。部品保管室の棚には、使える基板と端子が並んでいる。管理室の床には、まだ少し砂と汚れが残っているが、足の置き場はある。


 拠点は、きれいになったわけではない。


 ただ、作業できる場所になった。


 だいぶマシ室。


 名前は最悪だった。


 けれど、レンは少しだけ口元を緩めた。


 遠くへつながるために、まず手元を整える。


 次は、ガタだ。

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