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辺境惑星で旧文明AIを起動したら、銀河インフラが再起動しはじめた 〜廃船修理のつもりが、星系管理者に登録されました〜  作者: 七森シオン
北東中継塔と灰色の庭

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第99話 届きそうで、まだ届かない

 外縁グリッドの部分リングは、二回目も成立した。


 通信塔、北東中継塔、旧管制施設、地下幹線、灰色の庭外周。五つの点が低出力でつながり、十秒弱の輪を作る。完全な輪ではない。ところどころ欠けている。だが、一度だけの偶然ではなかった。


 レンは制御盤の前で、二回分のログを並べた。片方は昨日の初回。もう片方は今朝の再現試験。保持時間は少し伸びている。粉塵の逆流はない。灰色の庭の奥に出た大型構造影も、短く再取得できた。


『部分リングの再現性を確認。次はCROSS観測語の再取得に移行できます』

「通信じゃない」

『はい。通信ではありません』

「先に言うな」

『先に確認します。レンが実行キーを見る時間が長くなっています』


 レンは右手を止めた。


 実行キーを見ていた自覚はある。観測語が出るなら、またMIOが出るかもしれない。前より長く残るかもしれない。そう思うと、指が勝手に近づく。


 ガタは後方で二重カバーをつけたまま、ライトを細くしていた。


『今日は、MIOが出る日ですか』

「分からない」

『出たら、わたしは黙ります』

「珍しいな」

『大事そうなので』


 レンは短く息を吐いた。


[CROSS OBSERVATION TEST]

――――――――――

OUTER GRID:PARTIAL RING

MODE:READ ONLY

SEND:LOCKED

TARGET:OBSERVATION WORD

LINK:NOT ESTABLISHED

――――――――――


「送信ロック」

『維持しています。観測語を読むだけです』

「分かってる」

『分かっていても、確認します』


 ノアの声は硬い。けれど、止めるための硬さではない。線を折らないための硬さだった。


 レンは遮断レバーに左手を置き、右手で読み取りを開始した。


 遠くの通信塔が低く鳴る。北東中継塔へ細い振動が流れ、南側旧管制施設のログ参照が開く。地下幹線が一度だけ揺れ、仮バイパス端末が青く脈を打った。最後に、灰色の庭外周が応答する。


 白い粉塵が区画ごとに沈む。今回は大きく沈めない。表層誘導路だけを開き、深部ログ入口へ読み取り信号を通す。


『部分リング、成立。保持開始』


 表示の中で、星の地図が開いた。黒い空白に細かい点が浮かび、塔の地図がその上に重なる。通信塔、北東中継塔、旧管制施設、地下幹線、灰色の庭。線はまだずれる。だが、前より戻りが早い。


 ノイズが走る。


 レンの喉が動いた。


[CROSS OBSERVATION]

――――――――――

MIO:STABLE

DURATION:06.9 SEC

LINK:NOT ESTABLISHED

SEND:LOCKED

――――――――――


 MIO。


 文字は、前より太かった。


 白い線がノイズに削られながらも、中央に残っている。三・八秒の時より長い。今度は、すぐ消えない。六秒以上、そこにいる。


「ミオ」


 小さく出た声が、ヘルメットの内側でこもった。


 レンの右手が、端末へ伸びた。送信ロックがかかっている。分かっている。それでも、何かを入力する場所を探した。文字を押し込める隙間を探した。


『送信路はありません』


 ノアが言った。


 レンの指が止まる。


『今ここで送ろうとすると、観測語ではなく外縁グリッドへ無効信号が流れます。通信塔側と灰色の庭側の同期が落ちます』

「言うな」

『言います』

「分かってる」

『では、次に必要な条件を出します』


 ノアの補助表示が、MIOの横に小さく重なった。


[COMMUNICATION REQUIREMENT]

――――――――――

RING:STABLE 30 SEC

UNDERGROUND TRUNK:LOAD BALANCE

GRAY GARDEN:INNER LOG ACCESS

TARGET SIDE:UNCONFIRMED

――――――――――


『通信へ進むには、外縁リングを最低三十秒保持する必要があります。地下幹線の負荷平衡、灰色の庭の深部ログ、相手側観測点の安定が必要です』

「三十秒」

『はい』

「今は六・九秒」

『はい。ですが、三・八秒から六・九秒へ伸びています』


 MIOの文字が揺れた。


 レンは端末から手を離した。手を離すのに、少し力が要った。指先が固まっている。レバーではなく、通信できない端末を握ろうとしていた。


 ガタが、約束通り黙っている。


 MIOの下に、欠けた座標が出た。未登録塔候補。灰色の庭奥の大型構造影と、どこか別の観測点が重なる時だけ出る薄い線。ノアが読み取りを続ける。


『未登録施設地図、再取得。塔候補の輪郭が前回より明瞭です』

「ミオ側か」

『断定不可。ただし、MIO観測語と同時出現。相関は強くなっています』


 表示がまた揺れる。MIOの文字の端が欠ける。


『保持限界まで二秒』

「まだ読め」

『読んでいます』


 二秒。


 レンは呼ばなかった。


 かわりに、レバーを握った。今ここで無理に伸ばせば、次が落ちる。そう分かっている。分かっているのに、胸の奥が詰まる。


『保持限界。落とします』


 MIOが一度、強く白くなった。


「またな」


 声は、送信されない。ただの声だ。


『出力を落とします』


 星の地図が消え、塔の地図が通常表示に戻る。灰色の庭外周の青い区画線が順に暗くなる。仮バイパス端末が低く鳴り、白い粉塵が地表を覆い直した。


 MIOの文字が消えた。


 レンはその跡を見ていた。表示にはもう何もない。だが、ログには残っている。


『読み取り終了。外縁リング保持、七・一秒。観測語安定、六・九秒』

『センサー汚染なし』


 ガタが小さく言った。


 レンは少しだけ笑った。


「言ったな」

『小さくです』

「大事だもんな」

『はい。でも、MIOも大事です』


 レンは端末の保存キーを押した。


「ログを残せ。観測語と地図、別々に」

『保存します。三重化します』

「今日は三重でいい」

『よい日です』

「ガタ基準では?」

『悪くない普通の日です』


 ノアが次の地図を開いた。部分リングの保持時間、地下幹線の負荷、灰色の庭の深部ログ、大型構造影の断片。線は多い。条件も多い。だが、散ってはいない。


『次は外縁リングの安定化です。三十秒保持を目標にします。そのために、地下幹線の負荷平衡と灰色の庭深部ログへの追加アクセスが必要です』

「届く場所を作る」

『はい。送るのではなく、送れる場所を作ります』


 レンはその言葉を、少しの間だけ黙って受けた。


 届くかもしれないと思った。今すぐ呼べると思った。けれど、まだ違う。ここで叫んでも、線は折れる。声ではなく、場所がいる。


「分かった。叫ぶのは後だ」

『推奨します』

『叫ぶ予定があるのですか』

「ある」

『では、わたしは遠くで聞きます』

「近くで聞け」

『嫌です』


 レンは端末を閉じなかった。MIOのログをもう一度だけ見た。


 MIO:STABLE。

 DURATION:06.9 SEC。

 LINK:NOT ESTABLISHED。


 届いていない。


 だが、前より長く消えなかった。


 灰色の庭は白い粉に戻っている。外縁グリッドの輪も消えている。遠くの通信塔も静かだ。


 それでも、レンにはさっきの線が見えている気がした。星の地図と塔の地図が重なった、あの数秒の白い線。


「次は三十秒だ」

『準備します』


 ガタが二重カバーの奥でライトを点けた。


『三十秒は長いです』

「ああ」

『でも、六・九秒より長くMIOがいるなら、意味があります』

「そうだな」


 レンは灰色の庭を見た。


 白い粉の下に、輪がある。輪の奥に、大きな影がある。影の先に、まだ届かない名前がある。


 今は、そこへ行く場所を作る。

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